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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
五.桶狭間の戦い

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桶狭間の戦いー⑦:戦いの後――義元の首

あなどれない竹千代という少年

 桶狭間の戦の後、今川勢は皆、駿河に向けて散り散りに引き上げていった。されど、大高城に入った松平元康、鳴海城を守る岡部元信は、なお織田の攻撃を恐れてか、堅き備えを敷いておった。いずれも未だ三千ほどの兵を残していたゆえ、いざ攻め入るとなれば手強かろう。


 しかし、信長は両城に目もくれなかったようだ。勝敗は既に決した。放っておけば、いずれ己らの城へ帰るしかなかろうと見通しておられたのじゃ。まあ、はっきり申せば、残った将たちが、義元の仇などと称してこちらに攻め入ってくるとは到底思えぬ。


 それほど義元に義理立てする者もあらぬであろうと、信長は踏んでいたのだ。それは私とて同じ。だからそこを無理に攻め立てて、大切な兵を失うは愚の骨頂、まさに骨折り損のくたびれ儲けと申せましょう。

 案の定、元康は間もなく三河・岡崎へと引き揚げた。だが、岡部元信は、主君・義元の首を望んだ。首を引き渡すのであれば駿河へ退く、されど貰えぬならば、鳴海に籠って戦い続ける所存とのこと。少し意外であったが、信長はこれに同意した。


 信長様にとっては、義元の首を取ったという「事実」こそが肝要であって、首そのものに執着はなかった。今になって思えば、生首など貰っても詮無きこと。この頃の時代は首を取った、取られたが重要な事であった。現代の日本において、会社をクビになるという言葉も、この名残であろうがつまらぬことよ。

それに、主君の首を請い求める元信の忠義に、心打たれるものもあったのだろう。その心に免じて信長は、首を丁重に包ませ、元信に渡された。元信は礼を述べ、静かに駿河へと帰って行ったそうな。


 戦が一段落したある日、私はふと信長に問いかけた。松平元康――のちの徳川家康という男のことである。世間の噂では、その実像が掴めなかったゆえ。生まれも血筋も良い御仁ではあるが、武士としては腰抜けだとか、飄々として掴みどころがないとか、本当の姿を表に出さぬ食わせ物だとか、情報は様々でどれが本当の元康なのか分からなかった。でももし、その場で各々使い分けしているのだとしたら油断ならぬ相手、とも言えるだろう。果たして信長はどう思っているのか、というのも気になった。


「殿、元康殿とは面識がおありとか」

「うむ。あやつは、幼き頃に織田の家におったことがある。そちが嫁いでくる2年ほど前のことじゃった。確かまだ6歳だったな、あれからもう13年か……」


 元康がまだ竹千代と呼ばれておった頃のことである。織田の家に人質としておったという事ではあるが、もともと人質として織田に送られてきたわけではない。


 当時の松平家は三河の小国で、今川と織田の板挟みになっている立場であったのじゃ。そこで当時の当主であった松平弘忠(家康の父)は、今川に与する姿勢を強め、息子である竹千代を今川義元への人質として送る決断をしたのである。


 そして六歳の竹千代を駿府の今川へ送る途中に、信長の父である信秀によって尾張で拉致されたそうな。信秀殿は竹千代を今川への対抗材料として利用するために自らの人質としたとの事である。


 そののちに義元は竹千代を取り戻すために、信秀と交渉し、織田家に抑留されていた今川方の武将である瀬名氏俊の子との交換を条件に竹千代を取り戻したのである。そうして竹千代は駿府に送られ、今川家の庇護のもとで元服し、「元康」と名乗るようになったと聞き及んでいる。


「どのようなお方でございましたか?」

「そうさの……面白き奴であった」


おかしな答えである。


「まあ、幼かったというのあるであろうが、多くの家臣の前でも、他家の者の前でも臆病を隠さぬ。堂々と、怖いと申すのだ。常にビクビクしておった」

「まあ……」


 6歳と言えば確かにまだまだ幼き子供ではある。しかしながら戦国武将の子として生まれた者は物心つく前から己の使命を叩きこまれる。どんな時でも決して弱みを見せぬようにと。それはただ武士の誇りが足らぬだけでは、とつい首を傾げた私に、信長は静かに続けた。


「されど、臆病なくせに。わが身を盾にして家臣を守ろうとするところがある」


 ますますわからぬ。


「だが、子供であるのにどこか飄々としており、何を考えておるのか分からぬようなところもあった。あれが素か、仮面か、いまだに見抜けん。けれどな、なぜか目が離せぬ。放っておけぬ奴じゃ」


 幼き頃よりそれほど人心を惑わせるようなお人か。信長がそこまで言う相手ならば、大人となった今では一筋縄ではいかぬ者に違いあるまい。


「なるほど……それは、この乱れた世を生き抜く力を持っている、ということかもしれませぬな」

「うむ。そうかも知れぬ。じゃが、わしには真似できぬ」

「殿は殿にござりますゆえ」


 私がそう申せば、信長はふっと笑みを漏らした。どこか、嬉しげで――それでいて少しだけ寂しげな。しかしその口調は少し昔を、懐かしんでいるようにも思えた。それはとりもなおさず、元康という男を嫌ってはいないということなのであろう。


 であれば、敵にはなるまい、と思うても良いかもしれぬ。敵味方の見極めにおいて、信長ほど鋭き者はおるまい。そう思えば、私もいずれ元康殿に会う日が楽しみになるというものよ。

お読みいただきありがとうございます。

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