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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
五.桶狭間の戦い
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桶狭間の戦いー①:裏切りの裏切り――清州城の奪取

信長と結託した家臣たち

       五.桶狭間の戦い


 義龍が謀反を起こすよりも前から、織田家の内では同族による争いが絶えなかった。清洲織田家と、信長の父・信秀が率いる弾正忠家との対立が、それにあたる。格式においては弾正忠家の方が下であったものの、経済力と軍事力においては、すでに清洲家をしのいでおった。


 それでも清洲家の者どもは、何かと上から目線で物申してきたゆえ、信長はかねてより彼らを心底、疎ましく思っていた。ま、あの頃の信長は「大うつけ」と揶揄されておったゆえ、信長が家督を継ぐよりも、清洲家当主の織田信友の方が正当であると見る者も、決して少なくはなかった。


 実際、重臣であった林秀貞(通称:通政)と柴田勝家が信長に不満を抱き、信友側に近づいたことがある。信友はこれを好機と見て両名を取り込み、信長を廃し、より従順な信長の弟・信勝(信行)を擁立せんと画策しておった。このとき、信長の異母兄である織田信広もまた信友方についた。信長は庶民には好かれておったが、身内にはあまり良く思われていなかった、というところであろう。


 されど、この信友という男、所詮は人の上に立つ器ではなかった。何事も自分優先、傲慢で思慮に欠ける振る舞いが目立っておった。それを見て、秀貞も勝家も「これではいかん」と思い直したのであろう、今度は密かに信長と通じ、信友を欺いたのじゃ。何とも都合の良い事じゃ、と思わんでもない。


 記憶をたぐるに、勝家はなかなか実直な男であったが……こうして節を曲げるところを見ると、うむ、やはり武士というもの、忠義と打算は背中合わせよのう、とつくづく思われる。


 そういえば勝家は市殿に淡き想いを抱いていた。とはいえ親子ほども年が離れていたゆえ、決して無礼な態度を取ることはなかった。市殿の前では常に一線を引き、慎ましくしておった。たまにちらりと見ては頬を赤らめるようなこともあったが、それもまた愛嬌じゃ。もしかしたら、それゆえ私は彼を「実直」と評していたのかもしれぬな。一応、分を弁えておったから。秀吉と比べて――という話ではあるが。


 ともかく、勝家と秀貞の手引きにより、信長は清洲城にて信友を謀殺するに至った。そしてそのまま、城を掌握したのである。これにより清洲織田家は実質的に滅び、織田家内の主導権は信長の手に渡った。

 その後、信長は岩倉城主・織田信安とも対立した。あまりにも続く同族の謀反に、思わず私は口にしてしもうた。


「またでございますか……」


 けれども信長は笑って言うた。


「なるようになるだ。型に嵌まらぬ者は嫌われる。だからこそ、勝たねばならぬ。勝てば正義だ」


 ――道理なれども、世知辛いものよの。だがこれは戦国の世ばかりか、いずれの時代にも通ずることであろう。出る杭は打たれる。されど、その杭が打たれぬほどに伸びきってしまえば、もはや誰も届かぬ、ということだ。


「ならば、お勝ちなされ。勝って勝って、どこまでもお進みなされませ。私はその行く末、しかとこの目で見届けましょうぞ」

「そちが見てくれてたら、心強いわ」


このお人の野心は留まることを知らぬ。それゆえに信長自身をもいつか蝕んでんでしまうような気がした。なればこそ、私はこの人について行くしかない、そう改めて思いもしたのである。


 そんな折、台所頭・木下藤吉郎が慌ただしく駆け込んできた。


「殿、今川義元公が、昨日、駿河の館を発たれたとのことにございます」


それは軍を持ってこちらに向かったということを意味する。


「ほう……間違いないか?」

「はい、確かなる筋からの報せにございます」


藤吉郎は信長より二つ年下であったが、今やその才覚において、群を抜いておった。信長も一目置いておったようで、草履取りから取り立て、今では30貫文取りの台所頭にまで引き上げた。わずか2年にしてこれだけ出世する男など、まずおらぬ。


 目端が利き、人たらし。人の懐にいつの間にやら入り込んで、肝心な話を引き出してしまう術に長けておる。顔は――まあ、その、猿ですな。実際、信長も彼のことを「猿」と呼んでおったが、当の藤吉郎はその呼び名をむしろ喜んでいた節がある。信長と親しくなった気でいるのか、それともただ単に感覚が違うのか……。


 いずれにせよ、信長はこの男を大いに面白がっておった。好いているというよりも、「使える駒」として興味を持っていた、そんな風に私には見えた。


「義元は、いかほどの兵を率いておる?」

「25000からから30000と見られております。詳しく分かり次第、すぐにお耳に入れまする」


今川義元が京へ上り、足利将軍家を補佐して天下に号令せんという話は、もはや巷では常識のごとく語られていた。その上洛の道すがらに領地を構える諸侯たちは、皆、戦々恐々であった。戦えば敗れる、かといって拱手して服するもまた口惜しい。いずれにせよ、義元の軍がまっすぐ進んできたならば、まず最初に当たるのは、信長のいるこの尾張である。義元も今や目障りな信長をさらに大きくなる前に、ここで潰してしまおう、と考えている事は明白。


 そして信長に屈服の意志は、毛頭なし。されど義元の兵はおよそ30000、対する信長は、集めてもせいぜい4000。誰が見ても分の悪い戦い。けれど――この男は、やるつもりでおる。ほんに、どうかしておる。だがここで引く男ならそれまでの事。と思う私もおったのじゃ。人の心とはほんに複雑なものよ。

お読みいただきありがとうございます。

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