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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
四.義龍・謀反
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義龍・謀反―③:弟たちの死――崩れゆく美濃の絆

裏切りと斬殺の夜――義龍の刃が向けたもの

 兄・義龍の謀反は、私にとってまさしく青天の霹靂であった。確かに、父と義龍兄様とが馬の合わぬ親子であったことは、誰の目にも明らかであったが、それでも義龍兄様は根は穏やかにして礼を重んじるお方。まさかこのような挙に出ようとは、努々(ゆめゆめ)思わぬことであった。


 しかも、弟の孫四郎、喜平次を「病篤く臥しているゆえ、見舞いに来てほしい」と偽りて屋敷へ誘い出し、別々の部屋に通して一人ずつ騙し討ちにしたと聞いた。その話を耳にしたとき、我が足元の地面がぐらぐらと揺れる思いがした。


 父を討つ前に、まずその前に立ちはだかるであろう剣豪の弟二人を亡き者とせねばと考えたのであろう。孫四郎も喜平次も、兄様に劣らぬ手練れにて、二人が力を合わせれば義龍兄様とて容易には勝てぬ。


 されど、いかにそうであったとしても――やり口があまりに卑劣。これが父・道三への恨みゆえか。己が実子にあらぬことが事実であったとしても、その怒りを抱いていたとても、これまで育ててもらった恩ある人に対して、ここまでの所業ができるものか。幾度思い返しても憤怒が治まらぬ出来事である。


 母は違えど、幼き頃より「姉様、姉様」と慕ってくれた、愛しき弟たちであった。それを――尋常なる勝負ならいざ知らず、騙し討ちとは、武士の風上にも置けぬ振る舞い。


 義龍兄様は、城下に控える日根野(ひねの)備中守(びっちゅうのかみ)とその弟・和泉守に対し、父上討伐の決意と、まずは弟二人を暗殺せんとの意向を伝えた。備中守らは突然の申し出に驚いたが、もとより道三を討たんとする思いを秘めておったため、断るという道はなかった。


 その日、義龍兄様が病と聞き、見舞いに駆けつけた孫四郎と喜平次に、「兄が1人ずつ話したきことがある」と備中守が言って引き離した。弟たちは兄様がそれほど悪いのかと心配した。何か遺言でも残すつもりなのかと顔を見合わせたほどである。まず孫四郎が居間に通されたが、そこに部屋に人の気配はなし。


(部屋を違えたか……?)


 と、孫四郎が首を傾げた刹那、襖が勢いよく開き、十数人の武士が一斉に斬りかかってきた。油断していたうえ、屋敷に上がる際に太刀を預けていたため、手元にあるのは心もとない脇差一本。懸命に応戦するも、多勢に無勢――。


「はかりおったか……!」


 そう叫んだ時には、すでに備中守が眼前に躍り出、己が刀で孫四郎の身を貫いていた。


「ぐっ……な、なぜじゃ……兄者殿……」


 剣も抜けぬまま、抗うことも叶わぬまま、弟は無念の最期を遂げた。


 同じ頃、別室にいた喜平次の耳にも、兄の叫び声と刀の打ち合う音が届いた。咄嗟に廊下へ出ると、すでに十数人の武士が太刀を構え、取り囲んでいた。その中には和泉守の姿もあった。喜平次はすぐさま悟った――これは義龍兄様の謀反であると。つい先日まで笑みを交わしていた兄が、いったい何を思ってこのような所業を……考える暇もなく、武士たちは一斉に斬りかかってきた。


 後に聞けば、二人の亡骸は無残なほどに斬り刻まれていたという。無念――どれほどに無念であったか。


 この一件は即座に父・道三の耳にも届いたが、父様もまた、にわかには信じ難きことであったろう。義龍兄様を我が子として育ててきたのだ。世の噂がいかに囁こうとも、それに動じるような父ではなかった。しかし、このような事態に至っては、やはり「疑わしきは早くに断つべきであった」と、己の甘さを悔いたであろう。


 この乱世、実子であれど敵と化すは常。ましてや、討った者の子かもしれぬという疑いがあるならば、いずれ牙を剥くと考えるべきであったのだ。頼りとなる息子二人を、非道な謀略にて奪われてしまった、返す返すも悔やまれてならない。悔しさはいかばかりか。


 されど、時は待ってはくれぬ。父様は急ぎ鷺山城に戻り、義龍兄様を討つべく、美濃国中に動員をかけた。義龍兄様もまた兵を集めたため、美濃の地には緊張が走った。鷺山の道三、稲葉山の義龍――その両者に兵が集まり始めたとあっては、もはや親子の戦いが避けられぬことは誰の目にも明らかであった。


 だが、兵力においては一歩早かった義龍兄様の方に分があった。父様は動き出しが遅れ、兵の数でも劣る形となってしまった。

 

 この頃、明智郷・長山城におられた叔父・光安と従弟・光秀の元にも、道三・義龍双方から出陣の要請が届いていた。光秀は父様に恩義を感じており、心情としては道三方に付きたき思いであった。


 我が母・小見の方は光安の妹にして、光安もまた道三様には礼を受けていた。ゆえに光秀は当然、光安も同じ思いであろうと思ったのだが、光安はこう言った。


「わしの妹は山城守殿の正室にて、山城守殿もこれまで義兄として我を重んじてくださった。ゆえに我は山城守殿に味方するが、戦には出ぬ」

「は……」


 光秀は、戦わずに済むならばと内心ほっとしたであろう。だが、次の光安の言葉が想像とは違っていた。


「されど、そちは明智の正統にて、土岐の血を継ぐ者。義龍殿が『土岐家の仇討ち』と称して山城守に兵を挙げた以上、そちは義龍殿に従うが筋道よ」


(なんじゃそれ……)


 と、私なら即座に言っていたところである。光安はどちらに転んでも良いよう、計略を張ったのかもしれぬ。しかしこう言われれば光秀とてその理屈に抗えず、結果として、二百騎を率いて義龍兄様の元へと馳せ参じる事となった。

お読みいただきありがとうございます。

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