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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
第二章 戦乱の中で 三.君主・信長

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君主・信長ー⑥:毒蝮とウツケ――正徳寺会見

大仰な行列

 かくして政秀が自刃して三月が過ぎた卯月の初め、父・斉藤道三より信長との会見の申し入れがあった。道三は婿である信長を一目見たいと願っていたのである。信長にまつわる噂といえば、世に名高き「ウツケ」ぶりばかり。されど娘・胡蝶(私)から届く書状に記されている様子はそうでもない。


 ――「信長という人物、稀に秀でた男にございます。私は満足しておりまする」と。


 万人がいかにウツケと評そうとも、娘がそうでないと言うならば、それが真実であろう。娘の目は確かである、と父様は誰よりも私に信頼を置いてくれていた。ゆえにこそ、信長という男は……恐るべき存在であるやも知れぬ。どうしてもこの目で確かめたい、父様はそう思うておったのだ。


 道三からの書状には、「婿殿に会い、親子の情を温めたく候」としたためられていた。私はその文を見て、つい口元が緩んだ。


(そのような事、微塵も思うておりますまいに…)


「誠に腹黒い親父様にございますな」


そう申せば、信長も頷いて、


「そちも、そう思うか?」

「思いますとも。あの父様のことゆえ、隙あらばあなた様の首を討ち取り、たちまち尾張へ攻め入ることでしょう。尾張は父様にとって喉から手が出るほど欲しき地にございますゆえ」

「で、あろうな。そちはどちらに勝ってほしい? 父か、それとも夫か?」

「どちらでも。私は強き者が好きにございます。負ける者は弱き者、所詮それまでのお方」

「そちならそう言うと思うた」

「勝ち目はございますか?」

「そうさのう……」


 信長はかつて、私にのみ語ってくれたことがあった。「自らの理想とするのは、そちの祖父上と父上のやり方だ」と。道三とその父は、古き権威に胡坐をかく者どもを、じわじわと、されど確実に追い落としていった。それは信長にとって、まこと見本とすべき戦法であったという。信長が以前より、父様をそのように見てくれていた事を私は嬉しく感じた。


「だからこそ、会うてみたい御仁よ。なにより、お前のような女の父上だからな」

「毒蝮にございますよ」

「もしかして、わしが殺られるのではと心配しておるのか?」

「まさか」

「案ずるな。わしはむざむざと殺られはせぬ。それより、義父上(ちちうえ)様にわしという男を認めて欲しいのじゃ。蝮殿は、わしにとって師匠のようなものゆえな」

「殿……」


 信長と父・道三の会見は、天文22年(1553年)4月18日と定まった。場所は富田の正徳寺にて。稲葉山城より南へ四里、那古野城より北へ六里にあたる地である。


 その朝、私は信長を見送りに出て、少しばかり面食らった。身なりはいつも通りながら、供の者たちが、ただの会見とは思えぬような出で立ちであった。父様も、さぞや目を丸くすることであろうと、思わず笑みがこぼれた。あるいは信長、父上の首を手土産に戻るつもりか……いや、今の信長の本心は、きっと違う。彼は心から、私の父に会うことを楽しみにしておったのだ。


 道三は、信長よりはるか早く正徳寺に着き、家中の者七、八百人を正装させ、堂の縁にずらりと並ばせて信長を迎えようと待ち構えた。信長といえば、父親の葬儀でさえ正装せず、山猿のような格好で家来の前に現れたと噂されておる。それを見越して道三は、信長を笑いものにする腹積もりであったのだ。そうした時の信長の反応を見るのが楽しみであったのに、と後に私は父からの文で知った。


しかしながら信長はこうした父様の目論見を見抜いておられたのではないかと思っておる。


 手筈を整えた道三は、町はずれの小屋に忍んで、密かに信長の到来を見ようと構えていた。傍らの忍びの頭、木曽川留右衛門(きそがわとめえもん)が、そっと囁く。


「お館様、信長殿は、いつもの身なりにて馬に跨っておられるようにございます」

「ほう、あの評判に聞くウツケの姿か」

「さように」


見れば、信長は五、六十人の若武者を先駆けに、例の異様な装束にて馬に横着に跨り、悠々と現れた。


(あれが信長か。聞きしに勝るとはこのことじゃ。ふむ、この男のどこが秀でておるというのか……さては娘、夫を庇っておるのか)


と、道三が訝しんだのも束の間、その後に続く者どもを目にして、肝を潰すこととなる。


 信長の後ろには、七、八百人もの兵がずらりと連なり、その中には三間柄の槍隊五百、同数の弓隊、さらには鉄砲隊までもが控えておったのである。婿殿はこちらに戦でもしかける気か、と本気で思うたらしい。この時の父様の顔が見てみたかったものだ。


「なんとしたことよ……」

道三が思わずつぶやくと留右衛門も

「弓に鉄砲衆まで…」

と、目を丸くして呻いた。

                           

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