蝮―①：美しからぬ私の嫁いだ先――二度目まではまだ序章
運命に翻弄される縁談
一．蝮
「お前の輿入れ先が決まった」
「は？」
天文18年（1549年）、正月が明けた早々、父様は私にそう言った。当年とって15歳の私はすでに2度も父の命で嫁いでいる。さすがに当分ないと思っておった。先夫は2人とも死んでしまった。いわゆる私は未亡人である。少しは夫を亡くした娘を労われ――などと思わなくもないが、実のところ、それほど悲しんでもいなかったのも事実。2人共名ばかりの夫であったから。
でも2人の夫があの世に逝ったのはどちらも父のせいではないか、と私は思っておる。とはいえ、これもこの世の運命と言われれば致し方ないのかもしれぬ。私が1人目の夫に嫁いだのは天文13年（1544年9月）、9歳の時だった。夫はこれといった特徴のない男であったが、見目はそれほど悪くなかった。だが、私の方はと言えば、とても見目麗しいという女子ではなかった。
私に比べ、兄妹達はまあまあの出で立ち、よく醜女と言って揶揄われた。今でいうブスというやつだ。後世で私の役を美人で有名な女優が演じたおかげで、私のことを美人だと思っている者も多いようだが――残念ながらそうではない。そこは悲しいかな、自他ともに認めるところだ。ただ、「醜女」と言うと、物凄く醜い女のように聞こえるかも知れぬが、そこまででもないと私は思っている。当時は美人以外はみんな「しこめ」と言われたものだ。
私の兄弟姉妹が正確に何人いたかは分からぬ。全員と面識があるかと言えば、そうではないからだ。父の子は、私を含めて息子が9人、娘が5人という話を聞いた事があるが、それも定かではない、後節でも色々言われているし、私がその何番目かも知らない。なんせ父には沢山の側女がいたのだ。兄妹達全員に会った記憶があるかと問われれば、至極曖昧である。多分、それはこの人生の私にとってあまり重要でなかったからであろう。
ただ、正室である小見の方の子供は私と弟の利治だけである。その他に覚えているのは下剋上で有名な長兄の義龍兄様と弟の孫四郎。母が違えば、兄妹達に似ていなくても仕方あるまい。それに嫡子である義龍は父の子ではないかもしれないという噂もある。父の子でなければ、もはや兄弟でも何でもないのだが、それもまあ、この時代には珍しくもない話だ。
それにしても私の記憶にある父ときたら、全く優男ではなはなかった。若いときはいい男だったという説もあるようだが、私には想像もつかぬ。
義龍兄様の母・深芳野様は、もともと父の主君・土岐頼芸の愛妾。権力絡みと言うか、父が強引に“引き取った”女性だ。背も高く、今ならモデルばりの美しい方であった。その心が元の旦那様に残っていても、まあ……いた仕方ない。深芳野様にとっては、得体の知れない男のもとへ“払い下げ”られたようなものだっただろう。憤懣やるかたなかったのかもしれない。
私の1人目の夫はその土岐一門の1人で、土岐八郎頼香なる人物。この時代によくある人質結婚である。父は私を差し出す事で土岐に忠誠心を誓っているように見せかけたのだが、戦いのどさくさに紛れて頼香に刺客を差し向け、自刃に追い込んだとも、父が自分の刀で首を撥ねたとも言われている。どちらが真実かは、私にもわからぬ。
とは言ってもこの時の私はまだ父がそんな酷い事をしたなどと知らなんだ。ただ頼香は私が気に入らなかった。多分私が美しくなかったからだろう。嫁である事を知られたくなかったのか、私をほとんど奥座敷に入れたまま人目に触れさせないようとせなんだ。いわば私は籠の鳥だった。一説には頼香の方が幽閉状態で逃げ出したという説もあるようだが、あの人はただ引き籠っていただけだ。夫が死んだと聞いた時、私はまるで悲しくもなかった。
（ああ…いなくなったのね）
と、そう思っただけだ。嫁いだ後もろくに会話らしい会話を交わすことも無く終わった、儚い縁だ。
むしろ、やっとこの駕籠の鳥生活から解放されるとちょっとウキウキした、と言ってもいいくらいである。夫婦の機微など知る由もないまだ10歳の女の子だったのだからしょうがない。私はすぐに父のもとに返された。だが父はそんな私をまたも嫁に行かせた。2度目の夫も土岐家の人間であった。
お読みいただきありがとうございます。
いいね！感想コメントなど頂けましたら大変うれしいです。
今後ともよろしくお願いします。
