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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
二.輿入れ
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輿入れー④:成敗寸前――盗人と思いきやまさかの…

ウツケと槍

「ふざけたことをぬかすな!」


いくらウツケとはいえ、こんな小童(こわっぱ)が殿であるはずがない。どうせ盗みに入った小悪党か何かであろう。よりにもよって殿の名を騙るとは、不届き千万。私はそこにあった長槍を手に取り、すぐさま男の喉元へと斬りかかった。

 男は軽々と私の槍をかわす。想像よりはるかに身が軽い。この身のこなし、百姓などではあるまい。もしや忍びの者か。


「面白れぇ!」


男の声に、聞き覚えがあった。こちらへ来る道中で出会った、あの若い百姓——ただの百姓ではなかったのか、賊か。今風に言えば怪盗、というやつか。私はそのまま一太刀、二太刀と斬りかかるが、掠りもしない。なんという素早い動き。この私の太刀をこれほどにかわすとは。


「おのれ……!」


男は、自らの持つ四尺はあろうかという長太刀を振りかざす。だが、私は槍でそれをはねのけた。このような無頼漢にやられるほど、私は(やわ)な乙女ではない。今までどれほどに剣の腕を磨いてきたことか。槍も刀も、男に勝るとも劣らぬと自負しておる。


「この盗人め、成敗してくれよう!私の寝所に入ったのが運の尽き、覚悟せよ!」


そう叫び、私はさらに男へと迫った。数分……いや、もっと長い時間だったかもしれぬ。男は巧みに私の槍をかわし続けるが、負ける気など毛頭ない。そう思った、その瞬間——男の太刀が私の喉元へ、私の槍が男の頭上へと振り上げられた。あと一寸(ちょっと)、というところで、勢いよく部屋の襖が開いた。


何事(なにごと)でござりますか!」


飛び込んできたのは、平手政秀。後ろには、青い顔をした女中や家来たちが、物々しい様子で続いておる。どうやら物音に気づいて駆けつけたようだ。


曲者(くせもの)じゃ!」


と、私は咄嗟に叫び、そのまま槍に力を込めた。盗人など、この場で首をはねても構わぬだろう。しかし、その時——


「若様!」


と、叫ぶ政秀の声が耳に飛び込んできて、私は手を止めた。私の槍は男の額から一分(いちぶ)と離れぬところに。男の長太刀は、私の喉元に今にも触れんばかりにあった。襖を開けてそに立ち尽くしている政秀は、私達を見てブルブルと震えている。


「こ、これは……いかがな有様で……」

(えっ……今、若様って言った……?)

「おう、じぃ!今、帰ったぞ!」


男は目をひん剥いている政秀に向かって、にこやかにそう言った。ということは……この男が本当に、殿?つまり、尾張のウツケ、織田信長なのか?


「“今、帰った”じゃありませぬ!一体どこで何をされていたのですか!何日も城をあけられて、しかもこれは……何をしておられるのですか!」

「この者に、武芸の手ほどきをしてやっておった」

「はあ……?」

「“この者”とは、何を仰せですか! お方様ですぞ!」

「なかなかに豪傑、いや、傑作な女子じゃ。全く美しくはないが、気に入った!」


(この男……!)


男——いや、信長。いやいや、殿か。にしてもなんだその言い草は。武芸の手ほどきをしてやった? それはこっちのセリフじゃ。何が“美しくはないが気に入った”だと。……ん? 美しくはない……うん、まあ、それはその通りだから仕方あるまい。そこは十分自覚しておるし、悲しいかな、言われ慣れてもおる。家臣に陰で笑われるのは面白くないが、別に卑下もしておらぬ。でも、気に入った……? 気に入ったのか。そうか、それなら——まあ、暴言は許してやらんでもない。それにこのウツケ、想像以上に面白い男かもしれぬ。私もまあまあ、気に入らぬこともない。


「またしても、そのような成りで……ご自分の立場を何と心得ておられるのですか!」

「いつも言っておるだろ? これが一番動きやすい。着る物など、ただの上辺だ。それで人の中身が分かるわけでもあるまい。というより、そんな見かけに左右される輩が、この世には多すぎる」


なるほど、道理だ。この男——信長という男、やはりただのウツケではない。


「だからそなたも、見た目は麗しくなくとも、わしは全く気にしない。案ずるな!」


(ほう、それはそれは……)


って、私が喜ぶとでも思っているのか。前言撤回。この信長、やっぱりウツケだわ。言葉の意味を分かっておるのか。私は(ぬし)の嫁にあるぞ、少しは配慮せんか。


(いや、待てよ……)


さっき私の喉を本気で搔っ切る気ではなかったか?こやつは私を妻だと知っていたはず…いや、違う。この男から殺気は感じなかなんだ。ということは私は手加減された?それはそれで、さらに腹立たしいわ。


「それはお優しいお言葉、いたみ入ります。殿もまた、見た目通りのお人柄のようで……そのお着物が大層お似合いでございますこと」


と、にこやかに笑って答えはしたものの——きっと、私の眉間には青筋が立っていたであろう。頬がヒクヒクしている気がする。私の言葉に、信長はニヤッと笑う。


「ほう、そうか、似合っておるか!ではそなたにも進物(しんもつ)してやろう。今日はこれを着て、わしと外に出るぞ!」

「え?」


いやいや、まさか私に、あの半裸のような着物を着ろと申すか? そのまま信長を凝視していると、


「案ずるな。女子の着物は、一応、胸は隠れる」


と、信長は実に嬉しそうに言った。


(おーなるほど!)

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