輿入れー①：嫁入りの道――新たな波乱
波乱万丈の幕開け
二．輿入れ
その後、光秀様に会うこともないまま、挙式前日の天文18年2月23日（1549年3月22日）、数百荷の嫁入り道具を連ねて、鷺山城の表門を出た。母、小見の方の兄・明智光安が媒酌人。付き従うは堀口道空ら重臣に兵300余人、大層な行列である。
56歳の父・道三と、36歳の母・小見の方が櫓の上から見送ってくれていたそうだ。母は後に寄越した文で、私があんなウツケのもとへ嫁ぐのが不憫でたまらず、涙が止まらなかったと書いてきた。まあ、そりゃそうよ。愛しい姫が三度も嫁ぎ、今度の相手は“噂に聞く大ウツケ（あほう）”なのだから。
でも、当の私はといえば、尾張へ通じる道に咲き乱れる梅の花に、ちょっとウキウキしていた。もちろん、物見遊山ではないと言う事は十分に承知している。いわば人身御供なのだから。とはいえ、今までの夫たちは、どこにでもいるような凡人ばかり。嫁ぐ前から面白き噂など何ひとつなかった。父に組み敷かれる未来しか見えない、才の片鱗すら伺えない男たち。
それに比べて「大ウツケ」などという評判は異色。父すら「計り知れぬ男」と言ったくらいなのだ。そんなふうに言われたら、心浮きたつのも致し方ないというもの。むしろ期待してワクワクするのも無理からぬこと。……つい先日までは、光秀様に会えぬことを惜しんでいたはずなのに、御輿の揺れに任せてたら、そんな気持ちもどこ吹く風だ。
何が起こるかわからぬ尾張への道、胸が高鳴ってしまう。昨夜、眠りに落ちる瞬間なんか、まるで遠足前の子供みたいな気分であった。なんと言っても、当時まだ15歳の私。今で言えば中三。好奇心のかたまりの年頃である。テレビもスマホも、アイドルも推しもいない時代。戦に駆り出される事すらない女子にとって、結婚は人生最大のイベント。
しかも私には、そんな人生イベントが3回も来てる、どれだけ波乱万丈。――なんて、この時は結構お気楽に浮かれてた。でも私の人生の波乱は、このあとから始まった。正に波乱万丈の人生の幕開けである。
尾張に向かう道すがら、心の中で「さてさて、大ウツケとやら、どのような男よ。しっかりと見極めてやろうぞ」と呟いてた。……正直なところ、4度目の嫁入りなんてご免被りたい。でも父は、もしかしたらそれを期待してたのかもしれないが。尾張を制して、次はどこにしようか、などと目論んでいたいたやもしれぬ。
で、尾張の城内へ差しかかるころ、どこやらか若者たちのはしゃぐ声が聞こえてきた。賑やかなその声に惹かれて、駕籠の御簾の隙間からそっと覗いてみた。
もっと幼い子たちかと思いきや、見れば私とそう歳の変わらなそうな童たちが、川沿いで大騒ぎ。着物は小汚い布切れみたいで、丈も太ももまでしかない。腰には藁を巻いて、水遊びに興じている。なんともまあ、活気があると言うか、ハチャメチャというか、美濃ではついぞ見たことない光景。まるでお祭り騒ぎ。
（尾張って……なんか面白そう）
そう思って見ていたら、その中の1人が、勢い余って行列の前に飛び出してきた。一瞬にして先頭の兵がピリつく。
「無礼者！ 行列を遮るとは何たる不埒！ この小童、成敗してくれる！」
と、刀に手をかけた。そこにいた周りの民は固まるも、童たちはまるで動じていないどころか、むしろニヤニヤしてる始末。
（へぇ……肝が据わってる？それとも…）
尾張の民は阿呆なのか、怖いもの知らずなのか。百姓の子が大名の行列を遮るとか、もはや度胸とかじゃなくて、無知の極み。
すると、木の上にいた童の一人が、するりと飛び降りてきて、行列の真正面に今度は仁王立ちした。
「面白れぇ。切れるもんなら切ってみろ！」
まげは上天茶筅（上を向いた引っつめの髪に括りあげたもの）に結い上げ、胸元ははだけたまま。袴の代わりに縄帯を締め、火打袋を下げ、四尺ばかりの太刀を地に構えて立っている。見るからに百姓の小僧風情なのに、その出で立ちに似つかわしくない長い太刀が妙にサマになってる。尾張ではこのように百姓の倅も太刀を持つのかと少し驚いた。
（なんて面白い！）
と、まあ小童のセリフじゃないが私は心の中では叫んでた。だって、大名の行列に喧嘩売ってくる百姓の子なんて、なかなかお目にかかれない。
「こしゃくな！」
先頭の者がついに切りかかろうとしたその瞬間、少年は太刀を構えた。侍相手に戦う気満々の様子。……見ていて私の心は完全に躍り出した。
（いや、ほんに……面白すぎる！）
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