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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
第一部 一.蝮
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蝮ー⑬:運命に抗えぬ女――運命を共にした者との出会い

淡い想いと破天荒な殿――

 1度目、2度目の輿入れは、訳も分からぬまま父の命に従って嫁いだようなものであった。まだ恋も知らぬ、年端もいかぬ頃のことである。いや、3度目とて父の言うがままに輿入れすることとなったことには違いないが、この頃の私には、ひとりだけ——認めている、というか、憧れていた殿方がいた。


 母の甥にあたる、明智彦太郎様。幼名は桃丸様と言った。私より三つ年上で、私にとっては従兄にあたる。この方は才知に長け、文武両道、しかも見目もそこらの女子よりはるかに美しかった。男であるにもかかわらず、私の数倍は麗しい出で立ち。まさに、明智の血を受け継ぐお方であった。——まあ、そこにも憧れのような感情を抱いていたのかもしれぬ。


 「どうせ三度(みたび)嫁ぐなら、1度くらい彦太郎様のもとにやってくれれば良かったのに」などと、少しばかり思ったこともある。されど父はきっと、彦太郎様が秀でておられることを察していた。だからこそ、恐れていたのかもしれぬ。もし私が彦太郎様のもとへ嫁げば、もはや父の言うことなど聞かなくなると。——けれど、それは彦太郎様に限ったことではない。もし優れた男性のもとへ嫁いだならば、私はその男にこの人生を……いや、命さえも預けたいと願っていたのだ。


 そうそう、確かこの頃には、彦太郎様もとっくに元服され、名を「光秀」と改められていたはずだ。光り輝くようなお方に、なんとぴったりの名だろう。……なんて、少しは乙女らしいことも思っていたものだ。


 本当に、世が世ならという時代だった。今なら、女でも立身出世が望めるのに。来世に生まれ変わったなら、自らの力で運命を切り拓いてみたい——つくづくそう思う。


とはいえ、あの3度目の結婚は、決して悪くはなかった。殿は私の意見をよく聞いてくれたし、「一緒に天下を取ろう」と言ってくれた。願わくは、殿ともう1度、天下取りをしたいものだ。あの方は、本当に最高のパートナーであった。


 だが、当時の私はまだ、尾張の()()()のもとへ向かう前に、せめて一目でも光秀様にお会いできぬものかと、日々願っていた。まさか、その光秀様が後にあのようなことをなさるとは……この時の私は露ほども思い至らなかった。ってか、想像できるはずもないわ。否、あの出来事のあった朝でさえ、そんな事は思いもよらなかったのだ。


 天正10年(1582年)6月2日——あの変事を、一体誰が予測などできただろうか。あれは、殿にとっても青天の霹靂であったことに間違いない。でも誰が来たのかを聞いた時、殿は一瞬、笑みを浮かべられた。私にはあの時の殿のお顔は怒りより、面白がっていたかのように思えた。殿は予想も出来ないことが本当に好きだったのだ。


 だが、殿はやり過ぎたのだ……人の心は、簡単に折れたり壊れたりするということに、殿はもっと早くに気づくべきであった。人心とは、移ろいやすく、もろいものである。けれど、不器用で野心家で、時には自らの心さえ踏みにじっても前へ進もうとしていた殿には、もはや前しか見えていなかったのだ。

人の心を図る術は持っていたが、顧みるという発想が念頭にはなかった。そこに積もりゆく闇が、いかに深いかに気づかなかったこと——それこそが、殿の慢心であったのだろう。


 それでも、私にとって殿は同志そのものであった。あの方と共に生きた三十余年は、私の数ある人生の中で、最も輝いていた時であった。


……殿は、もう成仏されたのかしら。それとも、私のように生まれ変わりながら、この世を彷徨っておられるのだろうか。


 願わくは、もう1度——お会いしたいものだ。


お読みいただきありがとうございます。

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