蝮ー⑪:狐と狸の化かし合い――父と頼芸の策略の舞台裏
我が父・道三、主君を欺き正室を得るまで――
深芳野様を貰い受けて十月が経たぬ前、大永2年(1527年)7月8日、深芳野様は男子をお産みなされた。これが後の斎藤義龍である。時を満たさず生まれ出でたゆえ、誰もがその子は頼芸の御子にてあろうと囁いたが、父上は一言も発せず、豊太丸と名づけて深く慈しまれた。
されど父は、殿より深芳野様を奪うほどに想いを寄せておられたにもかかわらず、正室には据えず、側室のままに留め置かれた。男の身勝手とはかくの如し。父上には正室にはこの姫をと、すでに心に決めた女子がおられたのだ。人から無理やり奪うまでして、正室は他の女性だなんて、それはあまりにも勝手というもの。
「それはないわー」と今の私ならば、そう言うところである。
美濃にて力をつけた父は、明智家にも攻め入り、その折の合戦にて明智光綱(明智光秀の父)は討死を遂げた。これにより明智家は父に従い、幼き姫を人質として差し出した。この姫は幼き頃より見目麗しく、父上は初めて見た時から将来はさぞ美しき姫君に育つ事だろうと思った。そしてすでにその姫は良き年頃に育たれているのである。
とはいえ、主君より愛妾を奪っておいて、すぐさま他の女子を正室に迎えるのは、さすがに気が引ける。頼芸も面白からぬ思いを抱くに違いない。
ゆえに父は、頼芸には
「一生正室は迎えぬ所存でござる」
と心にもない事をいけしゃあしゃあと申し上げた。深芳野様を正室にせぬ理由も、
「殿の愛妾を正室にいただくなど、恐れ多きこと」
などと尤もらしい言い訳を弄していたようだが、頼芸はそれに得心した様子であった。まことに組しやすきお方である。かような口先三寸にまんまと乗せられるとは。まあ、頼芸公としても、父上は手放したくない家臣であったゆえ、見え透いた言い訳と知りつつも、納得した振りをしておられたのかもしれぬ。狐と狸の化かし合いとでもいうのだろうか。頼芸公は絵の才能には秀でたお人ではあったが、正に画竜点睛を欠くという人物であったの事は相違ないだろう。
この頃の頼芸は、父さえおれば守護職の座は確実と信じており、いや、父なくしてはその地位には就けぬと思い定めていた。ゆえに、如何なる手を使っても、父を傍に留めたい、その為にはもっと恩を売っておいた方がいいだろう、と考えていた。そこで頼芸が思いついた策こそ、「父に良き正室を迎えさせる」ことであった――とはあるだが、実のところそれを頼芸の耳元で囁いた人物がいる、他でもない重臣の一人であった。
「愛妾を譲り、さらに正室の世話までしてさしあげる主君に、長井(父)殿はさぞ感謝されましょう」
と、その者は進言したのである。頼芸もそれを聞いて、「なるほど」と頷いた。「これでさらに恩を売っておけば、自分を高みへと押し上げてくれるに違いない」と。実に他力本願も甚だしきことよ。そしてどこぞに良き女子はおらぬかと考えた頼芸に、重臣は再び囁いた。
「長井(父)殿のもとには、明智の姫が人質としておられます。あれは誠に美しき女子にて、正室として申し分ありませぬ。お薦めされてみては」と。
頼芸もかつてその姫の姿を垣間見たことがあり、確かに美しき女子に成長していたと記憶していた。あの姫なら家柄も確かであるし父もきっと喜ぶだろうと、頼芸は大きく頷き父に縁談の話を持ち掛けた。
「そこもとの深芳野は側室にてあろう……そろそろ正室を迎えるというのは如何かの」
「正室でございますか?されど、私めは……殿のご愛妾を頂戴した身、そのようなこと、面目が立ちませぬ」
「堅きことを申すな。一城の主たる者、いつまでも正室なきでは見栄えもせぬ。良き姫がおるのじゃ」
「はて、かような姫がおりましょうか」
「ほれ、灯台下暗しとはよく申す。そなたのもとには、明智光継の姫がおるであろう。似合いと思い、すでに話を進めておる」
「お館様がそのように仰せくださるならば、私めに否やなどござりませぬ。喜んでお受け仕ります。よろしきよう、お取り計らい下さりますよう、伏してお願い申し上げます」
と、父は恭しく頭を垂れつつも、内心では舌を出していたのだ。まさに、それこそ父が望んでいたことなのであるから。実のところ、頼芸にこのように申させるよう仕向けたのは、他ならぬ父である。頼芸はまたしても父の掌の上にて踊らされていたのだ。
父は、日に日に美しく育つ明智の姫こそ、家柄、器量ともに我が妻に相応しき者と考えていた。されど自ら望むとは言い難く、重臣に囁かせ、そのお膳立てを頼芸自らの手で整えさせたのである。やはり正室は“お下がり”より“新品”ということか……男とは、なんとも身勝手な生き物よ。戦国の世ならばこそ許されたことであろうが、現代においては大顰蹙を買うのは間違いない。
――さて、ここまでが、私が生まれるまでの父と祖父の国盗りの一幕になる。この後、頼芸も結局のところ追い払われる運命となるのだが、それはまた、追々話の流れの中に挟んでいくということで。父の逸話は語り出せばきりがなく、このまま続けると、さながら「斎藤道三物語」となってしまう。ゆえに、この辺りで私の話に戻ることにいたしましょう。
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