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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
十三.本能寺の変
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本能寺の変ー⑧:信長と胡蝶――地獄の果てまでも

狂喜乱舞-散り行く舞

光秀は繊細な男であった。礼を重んじ、詩を愛し、だがその裏に強烈な自尊心を秘めていた。信長の激しい言葉が、どれほど彼の誇りを傷つけていたことか。だが、謀反を企てるとは、思いもしなかった。それほどまでに、信長への恨みを募らせていたというのか。


 ……私が、もう少し気づいていれば。その悔いが胸を掠めた瞬間、矢が天井を貫いた。近習たちは懸命に応戦していたが、火矢と鉄砲玉の雨に倒れていく。多勢に無勢、この場はまさに地獄であった。一万の敵に、我らは総勢百にも満たぬ。いかに“第六天魔王”と称された男でも、この夜ばかりは天に背かれた。


「お館様、奥へ!」

「うるさい!ちょうど血に飢えていたところよ。皆、この刀の餌食にしてくれようぞ!」


その手に握られていたのは、宗三左文字、名刀中の名刀。幾度も主の勝利を見届け、数多の血を吸ってきた刃である。京の灯を映し、妖しく輝くその刀身に、私は息を呑んだ。


「宗三も、今宵で見納めか……」


と信長は低く呟いた。あの刀が泣いていた。主と共に散ることを、誇りとしているかのように。その光景は、もはや戦ではなかった。炎の中で、主従が一体となり、運命と刃を重ね合わせる瞬間であった。血飛沫が舞い、信長は咆哮した。


 その姿――返り血に染まり、狂気と誇りの狭間で嗤う男。その背には誇り高き武士の姿が見えた。炎の中で狂喜乱舞する男の姿を美しい、とさえ思った。人の形をした修羅。だが、あの人の心は、いつも孤独の炎に焼かれていたのだ。なのに、今はあんなにも楽しげに笑いながら舞っておる。その時、蘭丸が駆け寄ってきた。


「お方様!」


私を守るように立ちはだかる美しい若武者。


「お前は……逃げよ、蘭丸。まだ若い身ではないか」

「いいえ。殿とお方様を残して、生きることなどできませぬ」


その目は、燃え盛る炎よりも熱く、真っ直ぐだった。忠義とは、かくも清らかなものか。


「必ずや、地獄の果てまでお供いたしまする」


思えば、信長という男は、愛する者にも、忠臣にも。ある時は、わざと怒りを買うような命を出し、ある時は、残酷な言葉で揺さぶり、反応を見ていた。


「人の心は、追い詰めてこそ、真が見える」、そう申していた。私も幾度となく、彼の“試し”を受けた。それでも、私はこの人のそばにいた。誰よりも危うく、誰よりも強く、美しい炎のような人だったから。

命など、もとより儚い。


 ならば、どう散るかこそが武家の誉れ。そう教えられたあの時から、私の道は決まっていたのかもしれぬ。炎が天へと昇り、梁が崩れ落ちる音がした。


(ああ……このような最期を迎えられるとは……)


胸の奥から、熱く澄んだ何かが湧き上がった。恐怖ではない。歓喜だ。やはり私は、信長と同じ(さが)のものなのだ。信長と共に戦に舞い、共に果てる。それこそが、私にとっての生の証だった。全身の血が逆流して、ぞくぞくするような思いが沸き上がる。


「胡蝶、ぬかるな!」

「はい!」


炎の渦の中、信長の瞳は水を得た魚のごとく輝いていた。剣を振るうその姿が、何と輝いて見えたことか。このお方は、本当に“戦うために生まれた人”、そう思わずにいられなかった。


「お館様! お方様! こちらへ!」


蘭丸が叫び、敵を斬り払いながら奥の間へと導く。だが、その刹那。


「ぐっ……!」


信長の肩に一本の矢が突き立った。白い衣は瞬く間に紅に染まる。信長は、私の肩に手を置き、荒い息を吐きながらも進む。


「信長はどこだ! 奴の首を取れ!」


怒号が響き、炎が迫る。

お読みいただきありがとうございます。

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