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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
十三.本能寺の変
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本能寺の変ー⑦:翻る桔梗の紋――「敵は本能寺にあり!」

夜を裂く鬨の声

掌にのせられたのは、小さな護符。彼が常に懐に忍ばせていたものだ。


「いつもお主が持っていたものではないか?」

「はい。けれど、今宵はお方様に持っていただきたく」

「まだ前にお前から貰った護符を所持しておるぞ」

「さようでございましたか。それはありがたき事でございます。されど、身を守る護符はいくつあっても差し障りありませぬゆえ……何やら静かすぎて落ち着きませぬ」


若い声が震えていた。私はその手を包み、微笑んだ。


「お主が生きている限り、これほど強き守りはない。……だが、預かっておこう」


蘭丸の頬が赤く染まり、深く頭を下げた。あの夜の光景はいまも目に焼きついて離れぬ。やがて夜の深さが増していった頃、外から轟音が響いた。夜を引き裂くような銃声。


「何事!?」


続いて、(とき)の声があがる。信長が飛び起き、目を見開いた。


「なんだ、喧嘩か!?」


続けざまに鳴る鉄砲の音。外はすでに混乱の渦中にあった。


「謀反か!?」


私もそう思った。しかし、誰が?秀吉か、家康か、それとも――心当たりが多すぎて絞れぬ。信長は刀を手に取る。私も槍を手にした。そこに蘭丸が血相を変えて駆け込んできた。


「お館様!」

「誰が来た!?」

「敵の松明に照らされし旗を確認いたしましたところ…」

「早う申せ!」

「桔梗の紋……明智光秀かと!」

「なにっ……!?」


光秀――やはり。鬨の声を聞いた時に、一瞬、光秀の顔が浮かんだ。しかし私はそれをすぐに打ち消した。だが……。


「奴は高松へ向かったはずでは……!」


私の言葉に返事をする間もなく、信長の間者が続いて飛び込んできた。


「殿、光秀が亀山にて兵を集め、こちらに迫っております『敵は本能寺にあり!』との声が上がっておりまする!その数、1万を超えるとか!」

「はっ……?」


その報せを聞いた途端、信長は口元を歪め、次いで豪快に笑い出した。


「奴にしては、小気味よい台詞を吐きよったわ!」


廊下の障子越しに、遠くで鬨の声が何度も響く。京の夜がざわめき、かすかに火の匂いが混じっていた。


「お館様、すぐに退路を!信忠様もすぐにこちらへ向かわれるはず、合流を!」

「無理じゃ。信忠はもう来られぬ。光秀なら既に手を打っておろう。あ奴がこのような策を講じたからには、準備も万端のはず。抜かりなど、あるまい」


その言葉は、まるで自らの運命を悟った者の口調だった。実際、信忠は本能寺の火を見た村井貞勝と共に、すぐさまこちらに向かうべく動いたのだが光秀の軍に阻まれ二条新御所に籠城し、敵軍に囲まれておった。信忠に同行していた家臣の中には蘭丸の弟、坊丸と力丸もいる。


「ここも囲まれてしまた、逃げ惑うは恥、迎え撃とうぞ」


信忠ならきっとそう申していたであろう。もはや、ここに馳せ参じるは無理だと信長も悟ったのだ。あっと言う間に、門が破られ、炎が走り、刀がぶつかる音と共に叫びが夜を裂く。戦の修羅が、ついに本能寺を呑み込んだ。


「胡蝶、逃げろ!そち一人なら逃げ延びられるやもしれぬ!」


信長の怒号が響く。私も廊下に飛び出し、槍で攻防しながら声を張り上げた。


「ふざけたことを申すでない!ここでおめおめと逃げられましょうか!最期まで、共に戦いまする!」

「契りを交わしておらぬわしはそちの真の夫ではない」

「この期に及んで、何をふざけた事を申されるか!私以外の誰があなたの妻だと名乗れましょうぞ」

「そちは明智の縁者。降りれば命までは取らぬだろう。光秀はわしと違い、女子供を手にはかけぬ」

「私に光秀の手に落ちよと申されまするか!」

「それが戦国の女の宿命よ!わしに付き合う必要はない、ここを去って生き延びよ!」

「どうしようと、私の勝手でございます。あなたの命令は、今宵ばかりは聞きませぬ!」


敵の足音が増えて近づく。槍を握る手に力が入って私は唇を噛んだ。


(おのれ、光秀……!)

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