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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
十二.武田家の滅亡
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武田家の滅亡―⑤:相次ぐ離反――勝頼の孤立

裏切りの連鎖

 木曽義昌は信玄の娘、真理姫(桂林院)を妻に迎え、武田の譜代衆の一角を占めておった。されど、信玄亡き後は勝頼に仕えながらも、日頃より鬱積する不満を抱えていた。勝頼は父ほどの器量を見せず、領内に強き支配を及ぼそうとしたが、それが返って義昌の反発を招いたのだ。


 己が領土に干渉されれば、誇り高き国衆は面白くはない。義昌はついに勝頼では未来なしと見切りをつけ、密かに信長に出陣を要請してきた。要するに――寝返りである。


 これに信長は機を得たとばかりに、嫡男・信忠を先鋒に差し向けた。


「木曽義昌がこちらに兵を要請してきたぞ!つまりは勝頼の敵に回ったわけだ。これで勝機は確実!」


知らせを受けた家康も、さぞや小躍りしたであろう。家康の願いは、信長に武田を討たせ、自らも功を立てることであった。そこへ信長自ら「信忠に与力し、駿河より攻め入れ」と命を下してきたのだ。


 家康は信長の機嫌を損なわないように何とか勝頼討伐の力を借りるための良い方便はないかと算段していた。それを信長の方から言ってきたのだから、まさに渡りに船。家康の腹の内は、さぞ計算高く笑みを噛み殺しておったに違いない。


 天正9年(1581年)に、武田の要であった高天神城が井伊・徳川連合に落とされると、もはや武田は四面楚歌。翌天正10年、信長は総力を挙げて侵攻した。信忠の軍は義昌の案内で木曽を越え、仁科盛信の高遠城を二日で陥す。その後も諏訪・伊那の地はあっという間に制圧され、武田方は次々と降伏した。


 信玄公の五男、仁科盛信。彼は信濃・高遠に拠り、その地を守っておった。若きながら勇敢な将で、信玄公も殊のほか目をかけていたと聞く。武田の血筋を絶やすまいと、自ら望んで最後の防波堤となった男であった。


天正10年3月、織田軍の大軍が木曽谷を北上し、ついに高遠城を包囲した。兵数は盛信の手勢の10以上。援軍の望みも絶たれた中で、盛信は籠城を選んだ。


「もはや、ここが我らの死に場所よ」


そう言い切った盛信の声は、城中に響き渡ったという。女子供までもが覚悟を決めた。武士の家に生まれた女子も、乳飲み子を抱いたまま、城と運命を共にすると心に決める。


 攻め寄せたのは織田信忠の軍。義昌が道案内をし、先陣を務めた。数日の攻防の末、城は炎に包まれた。火煙の中で盛信は奮戦し、潔く討死したと聞く。信玄の血を引く者らしい最期であったそうな。享年26歳。若すぎる死である。


 凄まじいのは、その後である。城内に残った女子供が、ことごとく自害したと伝わる。わずかに助命された者もあったが、それは極めて少数。城郭に満ちる血と煙、そして泣き叫ぶ声は、まさしく地獄絵図であったに違いない。


 仁科盛信という若武者の潔さを思うと同時に、犠牲となった無辜の女子供を思わずにはいられぬ。勝頼と共に散った武田家の悲劇を象徴する。彼がもし別の世に生まれていたら、武田再興の柱となったかもしれぬのに。


 やがて信長勢は東美濃に到着した。その時、勝頼は甲斐・天目山の麓で最後の抵抗を試みていた。多数いた旗本や寄騎は離反し、信玄が育てた精鋭すら次々と散り、勝頼の周囲に残ったのは、数十名に過ぎぬという有様であった。合戦とも呼べぬ、逃避の連続、(これまでか)と覚悟するに足る情勢であったことは想像に難くない。


 そしてこの頃、もう一人の裏切り者がいた。小山田信茂である。信玄の従弟であり、甲斐国衆の名門であったが、勝頼の窮地に際し、最後に見限った。いや、正しくは「助ける」と見せかけて裏切ったのだ。その裏切りは義昌と並び、武田瓦解の決定打となった。裏切りとは連鎖するもの。ひとつの離反が他の家臣をも揺るがし、雪崩を呼ぶ。梅雪が勝頼を見限る決断の陰にも、かかる前例があったに違いないであろう。

お読みいただきありがとうございます。

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