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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
十二.武田家の滅亡
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武田家の滅亡ー④:梅雪の決断と勝頼の苦悩――駿河を巡る策略

武田を追い込む信長と家康

 今で例えれば大企業が内紛で揺れる時、敏腕の経営者が有力株主を取り込み、内部から崩壊を促す……まるで企業買収劇のようなものに映る。時代は違えど、人の欲と打算は少しも変わらぬ。


 梅雪自身も、信玄公亡き後の武田家は統率を欠き、もはや脆弱であると見ておった。不利な情勢では、勝頼ひとりでは家中を押さえきれぬことは明白。織田と徳川が攻め込めば、どこまで持ちこたえられるかは分からぬ。敗れれば、一族郎党すべてが討たれる可能性もある。否、あの信長が、打ち破った者を生かしておくはずもない。梅雪がそう思うたとしても、無理はなかろう。


 勝頼は、父・信玄が偉大すぎたのだ。誰もが「信玄公には及ばぬ」と思っており、統率は乱れがちであった。加えて、かつて無理な侵攻を行い、桶狭間の戦で多くの家臣を失ったことも、家中の不満を残しておった。


 さらに、家中では木曾義昌や小山田信茂のような裏切り者の動きが出始めておった。義昌は木曽谷を治める立場ながら、心は武田にあらず。小山田信茂もまた、勝頼の命令に従いつつも、内心では自己保身を図っておる。


 梅雪は、こうした者たちの影を見極めつつ、自らの決断を固めねばならぬと知っておった。勝頼自身も、夜な夜な苦悩しておった。嫡子・信勝や臣下を前に議論を重ねるも、意見はまとまらず、統率力のなさを露呈することもしばしば。私の耳に聞こえてくる勝頼の姿は、父の影を背負いすぎて自信を失った若き将のように感じられた。


 梅雪は、勝頼の優れた武勇も父の影に隠れ、輝きが薄いように映ったであろう。さらに、梅雪は勝頼の嫡子・信勝よりも、自らの子・勝千代の方が、武田の血を色濃く受け継ぐと考えておった。勝頼の先妻は織田家の養女、現妻は北条氏政の妹。一方、梅雪の妻は信玄公の娘、梅雪自身も信玄公の姉の血を引く。


 ならば、我が子こそ真の武田血筋の後継者。正当性は我が方にあると信じるのも無理はなかろう。武田はもはや持ちこたえられぬ。その現実を悟ったのだ。親族の情と冷徹な判断の間で揺れながら、梅雪はついに決断した。こうして梅雪は家康に返書を送った。それがやがて武田家滅亡の端緒となった。


〈三河守 徳川殿 御前

穴山信君 拝


 このたびは、御懇情ある御状、まことに畏み入り候。


 武田家におきましては、一門として誠心誠意仕えてまいりましたが、近年の政道、当主・勝頼殿の振る舞い、家中の乱れを見るにつけ、もはや家の存続は難しう存じ候。


 御屋形様(信長公)の御威勢、ならびに貴殿のご誠実なる御処置、まことに国を救う道理と心得、この梅雪、微力ながらお力添え仕りたく候。


 なお国許の者どもには内密に存じ候間、今後の沙汰につきましては、しかるべくお取り計らいのほど、何卒よろしくお願い申し上げ候。


 まずは、御書中の御趣意、よくよく承り候こと、謹んで御返報仕る次第に候

      不宣 〉


 要するに、武田を裏切り、信長側に着くという返事である。家康はこの返書に驚きを隠せぬ様子であったそうな。無論、味方につける目論見はあったが、武田の柱とも言うべき男から、これほど迅速に返答をもらえるとは思わなんだのである。


 こうなれば、家康は駿河をどうしても手に入れたい。梅雪の心変わりを利用し、信長が勝頼を破ってくれれば、行きがかり上、その手はずを整えた家康に駿河領を譲ってもらえる。いかにも狸のような策略であった。信長の周りには、猿と言い狸と言い、狡猾な者が多いことよ。

 

 家康は密書を作成する際、机の前で何度も筆を置き、書状の文面を練り直しておった。私には、まるで計算高き狸が黒板の前で算段を練るかのように思えた。


 信長もまた、各方面に手を伸ばしながら、武田家への対策を怠ることはなかった。信玄公が亡くなり、武田は恐るべき存在ではなくなったが、放置も出来ぬ。いずれ滅ぼすべき相手であり、信長は木曾義昌にも接触し、武田家中の離反を促す策を練っておった。


 勝頼の孤立、梅雪の葛藤、家康の駿河戦略、そして信長の周囲に潜む狡猾な家臣たち、全てが、この時点で渦巻いておったのだ。

お読みいただきありがとうございます。

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