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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
十二.武田家の滅亡
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武田家の滅亡ー③:家康の策謀――武田崩しの始まり

滝川一益・丹羽長秀・勝頼の孤立・梅雪の葛藤

 その場でまず称えられたのは、先導役を務めた滝川一益であった。北陸を預かる重臣にふさわしく、整然とした行列を導いた働きは見事であった。武勇のみならず軍制を律する力を兼ね備えていたからこそ、信長に重用されたのだ。あの厳めしい顔をして、実は和歌を嗜む風流人でもあるのだから、人は見かけによらぬ。


 続いて、片付けを終え駆けつけた光秀の姿を見やり、信長は笑みを浮かべて声を掛けた。


「今日の我が行列を見たら、誰一人として逆らう気など起こすまい。そちもそう思うであろう?」


当たり前のように問われ、逆らえる者などおらぬ。光秀もまた膝を折り、



「さようにございます。上様に刃向かう者など、もはやおりませぬ」


と答えたが私には、光秀の内心はそうではなかったろうと思えた。普通に考えれば分かること。いかに力を誇示されようと、背く者が皆無であるはずがない。あのようなものを見せつけられて、「いい気になっておる」と思う者がいても、決して不思議ではないのだ。


 あの夜、信長が真に何を思うていたか、私にも分からぬ。この頃には私と信長の語らいはすっかり減っていたからだ。だが光秀の胸中に、苛立ちと怯えとが渦巻いていたことだけは、確かに感じ取れた。


 その頃、徳川家康は武田勝頼と対峙していた。勝頼は信玄には及ばぬと評されながらも、なお猛将であった。長篠で宿将を失ったとはいえ、甲斐・信濃・駿河・西上野を領し、なお二万を超える兵を抱えていた。信長に敗れて逃げ帰ったとはいえ、容易に侮れる相手ではなかった。


 されど、信玄亡き後の武田家は親類衆と譜代の対立に揺れ、勝頼は孤立しがちであった。木曾義昌、小山田信茂といった有力家臣が、密かに心を離しつつあることは、人々の噂に上っていた。家中の動揺は、すでに後の悲劇を準備していたのだ。


 天正9年3月、家康は武田の拠点・高天神城をついに落とした。武田方の将・岡部元信は降伏を許されず、兵と共に討ち死にした。その潔さは人々を打ったが、同時に「武田はここまで追い詰められた」と知らしめることとなった。


 だがなお勝頼の領地は広く、家康の勢力は半分にも届かぬ。ゆえに狙いを定めたのが駿河であった。もし駿河を手に入れれば、勝頼に対抗できると家康は考えたのであろう。そこで目を付けたのが穴山梅雪である。


 梅雪は信玄の姉の子で、妻は信玄の娘。勝頼にとって従兄弟にして義兄弟。武田一門でも特に重きをなす存在であった。その梅雪に家康は密書を送り、和議を申し入れた。


〈穴山梅雪 殿

 武田勝頼、かの若き君も、今や日々の兵火に憔悴の極みにあらせられると聞く。殿は、御一門の中にて、深き智と謀を以て知らるるお方。もはや、沈みゆく舟にて共に溺るるは、忠義にあらず。


 今こそ勝頼を見限り、我らに味方されるが得策。さすれば、そなたの所領と身命は保証いたす所存なり。これまでの領地はそのまま安堵しよう。さらには、武田旧領の一部を与えることも検討いたす。


 武田が滅んだのちは、そなたは徳川あるいは織田の家臣として厚遇されましょう。家名の存続も保証され、万一、勝頼に捕えられた際も、我らが助力いたすゆえ、心配無用にて候。殿の才、必ずや新しき世にて重きを成すと存ず。


徳川家康 拝〉


梅雪の胸中は大いに揺れたであろう。従兄弟としての情、義兄弟としての誼を思えば、勝頼を裏切るは辛い。だが梅雪は政治感覚に優れ、勝頼の失策を冷静に見抜いていた。梅雪の心を動かしたのは、家康の巧みな策と、信長の後ろ盾であった。

お読みいただきありがとうございます。

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