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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
前置き
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前置き:彷徨える私――幾千年の記憶を抱いて

 此度は私が武家の妻として生きた一生涯をゆるりと語らせていただきます。

長くなりますがどうぞ最後まで読み続けて下さりませ。


 幾度の転生を経て 〜ある魂の回顧録〜

 世の移り変わりとは何とも早く、何ともあっという間なのだろう。

2024年となった今の世は私が生きていた頃とは考えられぬ世と様変わりした、と言っても私が最初に生きていたのははるか昔、紀元前にも遡る。名も残さない貧しき家の者だったこともあれば、後世に名を遺す人物であったこともある。

 

 ただ残念な事に生きていたときに前世の記憶はない。その時々、その時を生きていた1人の人物に過ぎない。でも死んだら生きていたときの人生の記憶が1部残っている。全ての人生を覚えているわけではないが、かなり鮮明に残っている人生がいくつかある。覚えている人生を全て語ると長くなりすぎるのでここでは語りきれない。1度死んだらそのまま成仏して2度と生まれ変わらない者もいるみたいだが私は何故か成仏する事もなく、死せる間はこの世を彷徨っているという次第だ。

 

 ずっと昔、中国の皇帝の妻だった事もある。皇帝に寵愛されて、栄耀栄華をむさぼった毒婦のように言われているが、とんでもない。皇帝が勝手に私に懸想(けそう)して、息子の妻である私を奪ったのである。今、考えればとんでもない男だ。あの男のせいで我が一族は滅ぼされてしまった。私など家臣であった者に首を吊れと迫られたのだから最悪極まりない。とは言ってもその後どうなったのか、とんと思い出せない。私はあの時に死んだのだろうか、はてさて…。

 

 日本の戦国時代の武将の妻だったこともある。あの時代を生きた者たちはほんの500年程の間に日本という国がこのように変化するとは夢にも思っていなかっただろう。

 でもあの激乱の世があったから、今の世があるのかもしれない。私があの戦乱の世を去ってからすでに400年以上の時が流れている。そのあと、私が生まれ変わったのは日本ではない。特に記憶に鮮明なのはあの華やかな宮中での生活。きらびやかなドレスを着て頭を高く結い、輝く宝石を身にまとって恋もした。結婚してすぐの頃は国民にも親しまれたものだ。


 皇帝の妻であった時も稀代の美女と言われたが、この時の私も誰もが褒める美貌を兼ね備えていた。だが、王妃だった私はあれよあれよと言う間に革命の渦に巻き込まれ、何と私はギロチンにかけられてしまったのだ。私の何が悪かったのか、と今更嘆いていても変わるわけでもない。

 

 何をしても歴史は変わらない、変えられないのだ。あの斬首刑から既に200年以上経っているのに私はいまだに成仏せず、この世の移り変わりに身を置いている。誰も喋る相手はいないし、誰も私に気づかないし…なんとつまらない事よ。たまに私が視えているのではと思う者にも出会うが大抵の者は目を逸らし、そそくさと気づかぬ振りをして行ってしまう。誰も取って食おうなどとは思っていないのに。

 

 今の私は戦国武将の妻だった時の姿をしている。残念な事に戦国武将の妻であった私は全く美しくはなかった。それに彷徨う姿は死んだときの姿のままなのだ。かなり鮮明に残っている人生の最期の姿を選べるみたいだが、私が選べるのは今のところ、たった二つだけみたいだ。戦国武将の妻と王妃の妻であった私だ、むろん王妃だった私の方が、はるかに美しいし死んだ歳も若い。武将の妻の私は77歳で死んだ。

 

 王妃の時はまだ37歳だった。婆様(ばあさま)の姿より若くて美しい姿でいる方が良いかと思われるが、死んだときの姿だから、王妃の姿になると、私の首と胴は離れているし、その胴から下は血塗れなのだ。あれはさすがに美しいとは言えない。それに首と胴が別々だと何かと不便で、胴体だけ置き去りにすることもある。


 あと、死体など見慣れている私でもあれはギョッとする。視える者からしたら、あの姿の私はさぞ怖かろうと思う。


 だから不本意でありながらもこの婆様の姿で彷徨っている。身分いやしきものではなかったから、それほど身なりは悪くないと思うのだが、今の世には合っていないかもしれない。


でも今の世でも日本には着物が残っているから珍しい姿ではないはず。


 あーでも私も世が世なら、ミニスカートという物も身に着けてみたかった気もする。私があのようななりで目の前に現れたら殿はどんな顔をされたであろう。

 

 新しいものが好きな人だったから喜んだかもしれない。

いやいや、「そなたには似合わぬわ」などと笑いよったかもしれぬ。

なれど王妃の人生の夫と比べると、武将の妻の夫は中々に自分勝手な奴ではあったが、暮らしは刺激的で楽しかった。

 

 王妃であった時の夫は、生まれながらの国王であったのにその資質は持ち合わせてはいなかった。優柔不断で私には頼りなく愚鈍にしか見えなかった。それに比べて殿は、天下を取るためにあらゆる才知を使った。楽しかったなあ、殿との会話は。

 

 とはいえ、どちらも私が望んで嫁に行ったわけではない。今の世なら何が悲しくて親の言うままの政略結婚など、と歯向かうところであるが、当時はそれが当たり前だと思っていたから不満にすら感じなかった。

 

 不満なのは殿の事は後世にまで深く深く伝えられてはいるが、その妻である私の事は多くは語られていない。正に男と女の差であろう。戦国の世、男だけが活躍したわけでもあるまいに。しかも私は夫が死んだ天正10年(1582年)6月2日に夫と一緒に47歳にて討ち死にしたとか、自刃したとか言われている説が多いようだが、それはとんでもない間違いだ。

 

 私がこの世を去ったのは通説の30年後、慶長17年(1612年)である。まあ殿に嫌われて早々に離縁され放逐されたという説もあるらしいが。

 

 なのでここはひとつ戦国武将の妻であった時の波乱に満ちた、されど最も楽しかった私の人生を皆様にお話しすることにしましょう。

 

 お時間のある方は耳を傾けて下さりませ。



 


お読みいただきありがとうございます。


物語は 次の章より始まります。

毎日の更新は難しく不定期更新となりますがお読みいただければ幸いです。


いいね・評価・ブックマーク&感想コメントなど頂けましたら大変嬉しいです。

今後ともよろしくお願いします。

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