第8話:歪む境界
アキトとレオの前に立ちはだかる“影”。
その姿はヴォイドハウルの黒い靄とは異なり、明確に人の形をしていた。
「使者……ね。」
アキトが双竜を構えたまま、影を見据える。
「ただの使者がここまで来るとはな。」
「そういうことだ。」
レオの声は低く、警戒の色が濃い。
ゼロがアキトの肩で鋭く唸った。
「アキト、こいつ……普通じゃねぇ。」
「分かってるさ。」
影は静かに一歩踏み出す。
「“龍を纏う者”……その力、興味深い。」
影の声はどこか空虚で、感情が読み取れない。
「俺の力を知ってるのか?」
「知っているとも。」
影は口元を歪めて笑う。
「だが、まだ未完成だ。」
その言葉に、アキトの眉がわずかに動く。
「ふざけんな。これ以上、俺の力をどうこう言われる筋合いはないよ。」
アキトが双竜を握り直し、影へと踏み込む。
──ギィィィンッ!
一閃。双竜が黒い閃光となり、影を切り裂いた。
だが──影はゆらりと歪むだけで、傷一つ負っていない。
「効かないか。」
アキトがボソリと呟く。
「違う。」
レオが影を見据えたまま、冷静に呟く。
「効いている。」
──その瞬間、影の肩口がゆっくりと崩れ落ちた。
「……ほぉ。」
影が再び形を戻すが、今度は僅かに表情を曇らせていた。
「“龍”の力……確かに興味深い。」
レオが静かに前へ出る。
「遊びは終わりだ。」
「おっと、そう焦るな。」
影は軽く手を上げ、周囲の空気がざわりと揺れる。
次の瞬間、地面から無数の黒い靄が立ち昇った。
「数が増えたぞ……。」
アキトが双竜を構え直す。
ゼロが苛立たしげに声を上げた。
「ちっ、またコイツらかよ!」
レオは冷静に剣を構えると、隣のアキトを一瞥する。
「アキト。」
「分かってる。」
アキトは双竜を握り直し、静かに目を閉じた。
「──纏え。」
黒い龍の紋様が再びアキトの腕に走り、双竜が一体化する。
その姿に、影は微かに目を細めた。
「なるほど、力を使いこなしているようだな。」
「ま、さっきよりはね。」
アキトが僅かに笑う。
レオはその様子を確認し、前へと進み出た。
「アキト。」
「ん?」
「後は任せろ。」
アキトが目を見開く。
「おいおい、冗談だろ?一人でやるつもりか?」
「お前はその力を温存しろ。」
レオは静かに剣を構え、影へと一気に距離を詰める。
──シュバッ!
レオの剣が影を断ち切るが、再生する靄がレオを包み込もうとした。
「レオ!」
アキトが叫ぶが、レオは冷静なままだった。
「遅い。」
その言葉と共に、レオの剣が輝きを放つ。
瞬間、影が真っ二つに裂け、靄が霧散していった。
「……やるじゃねぇか。」
ゼロが驚いたように呟く。
「まだ終わっていない。」
レオが剣を構え直し、先ほどの影を見つめる。
そこには、先ほどとは違う異様な空気が漂っていた。
「お前たち……なかなかやるな。」
影は薄く笑い、闇の中へと消えていった。
「逃がしたか。」
レオが剣を納める。
アキトはゼロを撫でながら肩をすくめた。
「まぁいいさ。こっちもタダじゃ済まなかったしな。」
レオはアキトを一瞥し、静かに告げた。
「セリカに報告する。」
「はいはい。またですか。」
ゼロが呆れたように息を吐いた。
「セリカ、しつこいからな。」
アキトは軽く笑いながら、再び夜空を見上げた。
「……ま、次は逃がさないさ。」