第5話:影に蠢く者
アキトはフロントコードの施設を出て、夜の街を歩いていた。冷たい風が吹き抜け、夜空には雲が広がっている。
「セリカの言うことはやっぱり信用できねぇな。」
肩の上に乗るゼロが、相変わらずの生意気な顔で欠伸をする。
「お前がフロントコードに入るってことは、四六時中セリカに監視されるってことだからな。」
「それはゴメンだな。」
アキトは気だるそうに肩をすくめた。
しかし、心の奥ではセリカの言葉が引っかかっていた。
“ヴォイドハウルは、君に惹かれている。”
──奴らが俺を喰わない理由。
「龍の力のせいなのか。」
無意識に手が腰にある双竜の柄に触れた。
その時だった。
バチンッ!
街灯が一斉に消える。
「ん?」
アキトは立ち止まり、辺りを見回した。
「おいおい、まさか……」
ゼロがアキトの肩から飛び降り、空中をふわふわと漂う。
「……来たな。」
次の瞬間、暗闇の中から黒い靄が渦を巻きながら現れる。
「ヴォイドハウルか。」
アキトは双竜を抜き、構える。
黒い靄はゆらりと形を変え、人型の影を作り出した。歪んだ顔が不気味に笑っているように見える。
「ずいぶんとご執心らしいな。」
ゼロがニヤリと笑いながら、影を見上げた。
ヴォイドハウルは言葉を持たない。ただ、喉の奥でうめくような声を発するだけだ。
「……面倒だな。」
アキトは一歩踏み出し、双竜を構え直した。
「斬るか。」
双竜が淡い光を放ち始める。アキトの体に黒い龍のオーラが纏わりつくように広がる。
──その時。
「そこまでにしておけ。」
冷たい声が響いた。
暗闇から一人の男が現れる。
「レオ。」
「夜に刀を振り回すのは迷惑だ。」
レオは淡々とした口調で歩み寄る。
「.....見張ってたのか。」
「セリカの命令だ。」
レオはアキトとヴォイドハウルの間に立つと、静かに構えを取る。
「……おいおい、割り込むのかよ。」ゼロが苦笑する。
レオの背後から青白い光が溢れ出した。
「任せろ。」
次の瞬間、レオの体から透明な刃がいくつも生み出され、空中に漂う。
「消し飛ばす。」
──レオの能力は『幻影の刃』。
物理的な刃ではなく、精神と感覚を切り裂く無形の剣。相手の思考や感覚を狂わせ、戦闘力を奪う力だ。
「それじゃあ、お任せしようかな。」
アキトは双竜を納め、後ろに下がる。
レオの刃が一斉にヴォイドハウルへと突き刺さる。
ヴォイドハウルは苦しげにのたうち回り、やがて影が霧散していった。
「見事なもんだな。」
アキトが肩をすくめると、レオは剣を消して振り返る。
「お前が相手にする必要はない。」
「言ってくれるなぁ。」
ゼロが呆れたように肩をすくめた。
「セリカが呼んでいる。」
レオはそれだけ言い残し、再び歩き出す。
「やれやれ、監視されてる気分だぜ。」
アキトはため息をつきながらレオの後を追った。
──闇に消えたヴォイドハウルの欠片は、路地裏の奥で静かに蠢き続けていた。