第4話:セリカの目
薄暗い部屋の中、アキトは壁にもたれかかりながら窓の外を眺めていた。
ビルの外には沈みゆく夕日が広がり、遠くで街の雑踏が響いている。
「ずいぶんと静かじゃない。」
後ろから声がした。
「……セリカ。」
アキトが振り返ると、セリカが白衣を翻しながらこちらに歩いてきた。
その姿は若く美しいが、どこか人間離れした雰囲気を纏っている。
「フロントコードの本部へようこそ。」
セリカは微笑み、部屋の中央に置かれた椅子に腰掛ける。
「……招待された覚えはないよ。」
「レオが連れてきたんじゃない。」
セリカは脳が描かれた杖をトントンと床に叩く。
「あなたが呼んだんでしょ。」
「まぁ、ね。」
セリカが不適な笑みで答えるとゼロがいきなりで出てきた。
「この美人がセリカ博士かい?」
少しニヤケ顔でゼロが口走る。
「あなたがゼロ?初めましてね。」
アキトはゼロを軽くつつくと、話を戻した。
「フロントコードは一体何なんだい。」
セリカは目を細め、指先で杖を回しながら答える。
「フロントコードは、能力者たちが集まる組織。国には属さず、世界の裏側でヴォイドハウルの脅威と戦っている。」
「ヴォイドハウル……。」
「君も知ってるでしょう?」
セリカが少し目を光らせる。
「夜の街に現れる、形のない黒い影。誰かの負の感情や、恐怖から生まれた存在。」
「知ってるさ。こいつらは何度も切り裂いてきた。」
アキトは無造作に座り直し、窓の外に目を戻した。
「でもおかしいよね。」
「何が?」
「奴らは僕を襲わない。いつもこっちを見ているだけだ。」
その言葉にセリカは微かに反応する。
「……興味深いわ。」
「何か知ってるんじゃないのか?」
アキトの声に、セリカは軽く肩をすくめた。
「さぁ、どうかしら。」
ゼロがニヤリと笑う。
「なあ博士。お前はこいつのことを試してるんだろ。」
セリカはゼロをじっと見つめた。
「すごいわね、ゼロ。君の勘は鋭い。」
アキトは笑顔だが、少し眉を動かした。
「試すってどういうことかな?」
「アキト、君の能力は普通じゃない。」
セリカは立ち上がり、ゆっくりとアキトの前に立つ。
「龍を生み出せる。命そのものを。」
アキトの目が細まった。
「僕の能力は……」
「隠さなくてもいいのよ。」
セリカの目が深くアキトを見つめてくる。
「君の龍は、他のアビリティパーソンズとは違う。ゼロは……ただの龍じゃない。」
ゼロが肩をすくめるように浮かび上がる。
「まぁ、確かにね。」
「ヴォイドハウルは生まれる。負の感情からね。だけど君の龍は違う。正反対の存在。」
「だから奴らは、 僕を喰わない。」
セリカは静かに頷いた。
「私も知りたいの、アキト。君の力が何を生み出すのか。」
アキトは黙っていたが、その目には警戒の色があった。
「別に……教えたくはないね。」
セリカは微笑むだけだった。
「それでも構わない。でも覚えておいて。」
「ヴォイドハウルは、君に惹かれている。」
「……。」
セリカは踵を返し、部屋を出て行こうとした。
「アキト。」
その背中に声が投げかけられる。
「もし君が力を使う気になったら、フロントコードはいつでも歓迎するわ。」
ドアが静かに閉まる。
アキトは窓の外を見つめながら、ゼロに目を向けた。
「セリカって人は何考えてるかわからないね。」
「だな。」ゼロがククッと笑う。
「だけど……少し気になるよ。」
アキトの目には、まだ隠し続ける決意が宿っていた。