第2話:双竜
夜の街が静けさを取り戻してから数時間後――。
アキトは誰もいない公園のベンチに腰掛け、ゼロを肩に乗せたまま缶コーヒーを飲んでいた。
「夜中に戦うのも悪くないね。」
「お前、結構楽しんでるよな。」ゼロがくすりと笑う。「ヴォイドハウル、最近多いぜ。」
「さすがに目立ちすぎたかな。フロントコードが動き出すかもね。」
「それ、誰かさんのせいじゃね?」
「……うるさい。」
アキトが缶を置き、立ち上がる。
「帰るか。」
その時だった。
公園の入り口に、黒い影が立っていた。
月明かりに照らされ、影が徐々に姿を現す。
「……何の用かな。」
アキトの声に反応するように、影の男が一歩踏み出す。
黒いロングコートを羽織り、短く刈り込まれた髪。冷たい目をした青年。
その佇まいから、只者ではない雰囲気が漂っていた。
「フロントコードのレオだ。」
「……やっぱり来たか。」
アキトは笑顔で返答する。
「へぇ、お前がレオか。フロントコードのトップクラスの。」
ゼロがアキトの肩から飛び立ち、くるくるとレオの周囲を回る。
「用件は?」
レオはゼロを一瞥しただけで、視線をアキトに戻した。
「君を迎えに来た。」
「迎え?」
「綾峰博士が君に興味を持っている。」
その名前を聞いた瞬間、アキトの中にかすかな警戒が生まれる。
セリカ――アキトの過去を知る、あの変わった博士。
「フロントコードに入れってことかな?」
「今はそう言っておく。」レオの口調は冷静そのものだった。「断るなら、それでもいい。」
「じゃあ断る。」
アキトは終日笑顔で即答し、背を向けて歩き出す。
「……だが、その前に力を見せてもらう。」
レオの声が響いた瞬間、冷たい風が走った。
アキトの背後に強烈な殺気が流れる。
「やる気か?」アキトが振り返る。
レオは構えもせず、ただアキトを見据えているだけだった。
「力のない者は、この場に立つ資格がない。」
「強引だなー。」
アキトは静かに息を吐く。右腕に再び黒い紋様が浮かび上がった。
「ゼロ。」
「わかってるって。」
ゼロは宙に消えた。
代わりに、アキトの足元に黒い影が二つ現れる。
「……出ろ。」
影は龍の形となり、やがて日本刀の姿へと変わった。
双竜――アキトの二刀龍。
「久々に試すか。」アキトは双竜を手にし、構える。
レオは目を細めた。
「いい刀だ。」
「見せるだけじゃつまらないね。少しだけ遊ぶかい?」
レオは無言で懐から小太刀を取り出した。
「少しだけな。」
その瞬間、二人の間の空気が切り裂かれるようにぶつかり合った。
***
双竜はアキトの意思に呼応し、レオの斬撃を正確に捉える。
火花が散る。
「速いな。」
アキトは双竜をクロスさせ、レオの小太刀を受け止めた。
「君もな。」
僅かな時間で何度も打ち合いが繰り返される。だが、どちらも決定打を与えないまま数歩引いた。
「……これくらいでいい。」
レオは刀を納めた。
「どうした、もう終わりかい?」アキトが肩をすくめる。
「君の力は見せてもらった。」レオが静かに言う。「今度、正式に迎えが来る。覚悟しておけ。」
「僕は自由にやるだけだ。」
アキトがそう返すと、レオは背を向け、公園を去っていった。
「……面白い奴だったな。」ゼロが再びアキトの肩に戻る。
「確かにね。面白くなりそうだ。」
アキトは双竜を霧のように消し、夜の街を歩き出した。