第1話:黒い龍
――深夜の繁華街。ネオンが濡れたアスファルトを照らしている。
酔客たちが雑踏の中で笑い声を上げる裏側で、その「存在」は確かに息づいていた。
廃ビルの屋上、風に乗って聞こえてくる喧騒を背に、葛城アキトは一人、空を見上げる。
「つまんないな……。」
低くつぶやく。肩にかけた黒いフードが、微かに揺れた。
「何がつまんねぇんだよ。なぁ、アキト。」
突然、耳元で囁く声。視線を動かせば、目の前に黒い龍が宙に浮かんでいた。
「ゼロか。」
「なんだよ、そのテンション。せっかく出てきてやったのによ。」
龍――ゼロはアキトと正反対の性格を持っている。
生意気で馴れ馴れしいくせに、どこか憎めない。
「なんで出てきた?」
「は?冷たいなぁ、お前が呼んだんじゃねぇの?」
「呼んでない。」
「でも出た。」ゼロはにやついた。
アキトはため息をつく。ゼロは時折、勝手に現れる。だが、それを止められないのはアキト自身の「能力」のせいだ。
――命を生み出す力。
「なぁ、アキト。」
「……なんだい?」
「そろそろ本気出さねぇと、食われちまうぜ。」
ゼロの金色の目がビルの下を見下ろしている。アキトもその視線を追った。
「……やっぱりか。」
ビルの影に、異形が潜んでいた。漆黒の塊が蠢き、人の形に変わろうとしている。
「ヴォイドハウルか。」
「うん、でっかいのが来てる。」
街に現れることは滅多にないが、珍しくこの場所を狙ったらしい。
「さて、どうするよ?戦うんだろ?」
「わかってる。」
アキトはフードを下ろし、ジャケットを脱ぎ捨てる。黒いタトゥーのような紋様が腕に浮かび上がった。
ゼロがくるりと宙を舞い、アキトの背後に回る。
「行くよ。」
「いつでも。」
アキトの体に黒い龍が纏わりつく。ゼロは瞬く間に霧のように溶け、アキトの体に吸い込まれた。
アキトの目が赤く染まる。
次の瞬間、アキトは地上へと飛び降りた。
***
ヴォイドハウルは既に人の形を成し、大通りへと歩み出していた。人々が逃げ惑う中、その存在は何もないかのように街を彷徨っている。
「おいおい、派手にやってくれるね。」
アキトは龍を纏ったまま、ヴォイドハウルの前に立ちはだかる。
ヴォイドハウルが口を開いた。異形の叫びが響き渡る。
「力を寄越せ……力を……。」
「お断りだ。」
アキトは拳を握りしめた。龍の紋様が赤く光る。
「一撃で終わらせる。」
空中でアキトの背後に龍のシルエットが浮かび上がる。ゼロの姿ではない。
龍が彼の意識の中で暴れ回る。
「……行け。」
その言葉と同時に、巨大な龍が街路を駆け抜けた。
ヴォイドハウルの断末魔が響き、街の一角は静寂に包まれる。
アキトは龍を収め、息を整える。
「……お前が本気出すのって、いつもギリギリだよな。」
再びゼロが現れ、肩の上に乗る。
「うるさい。」
アキトは背を向け、夜の街へと消えていった。
その背中を、ひとりの女性が見つめていた。
――綾峰セリカ。
「ふふ……アキト。やっぱり、君には特別な力があるわ。」
セリカは杖をつきながら、夜の街を歩き出した。