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なっちゃんさん、寝込む2

 しばらく経って、黄桃を入れたガラス容器を乗せたトレイを持ってなっちゃんさんの部屋に入った。なっちゃんさんは顔をゆらりと持ち上げてこちらを見た。うつらうつらしていた。熱のせいでぼんやりしていたのか、寝ては目を覚ましたりを繰り返していたのかしれない。どっちにしても、起こしてしまったのが申し訳ない。

「ありがとう、食べやすく切ってくれた」

 上半身を起こし、容器を持つ。おぼつかない感謝をしてくれてから、静かに静かに咀嚼を始めた。

「もっと冷たいほうがよかった」

 非難ではない。愚痴かもしれないが、冷凍庫に入れていた時間は確かに短い。僕の失態である。甘んじて聞き入れなければならない。とはいえ、なっちゃんさんは今のことを覚えているとは言い難い。それほどぼんやりとしている。

 僕はなっちゃんさんの布団の横に座って、その様子を眺めていた。なっちゃんさんは一個分の黄桃を食べ終わると、スポーツ飲料を一口飲んで、再び横になった。僕はガラス容器を乗せ戻したトレイを持ち立ち上がろうとして、再び尋ねた。

「なっちゃんさん、他に食べたいものありますか?」

「冷やし中華」

「シーズンではないので、たぶんないと思いますよ」

「冷やし中華がいいのぉ」

 これは駄々をこねるという様子なのだろう。平素では決して見ることのできないなっちゃんさんの一面。まるでご相伴に預かったような気分だ。

「コンビニにあるかもしれませんけど、ちょっと時間かかりますよ」

「なら、いい」

「御粥とか煮込みうどんはどうですか?」

「要らない。かき氷」

「それもないと思いますっていうか、さすがに作れませんけど」

「冷蔵庫に氷あったぁ。あれゴシュゴシュすればいいのぉ」

 冷蔵庫はなく冷凍庫と訂正しようと思ったけれども、弱り目に祟り目にしてはいけない。それに、

「シロップないので、氷を削っても味しないですよ」

「んん~」

 なっちゃんさんが身を捩って、それから小さな咳をした。こんななっちゃんさんの姿はそれまで見たことがなかった。なんというか、かわいらしい。ちょっとちょっかいを出したくなったが自制した。

「それならアイスでも買って来ますね」

 半立ちから立ち上がった。なっちゃんさんは、その単語に反応して、

「アイスならバニラとチョコレートがハーフになってるカップのがいい」

 本当に子どものようなまなざしだった。それこそかき氷とか「ガリガリ君」とか「氷」とかをねだって来るかと思えば、シンプルな要望だった。

「分りました。ちょっと買い物に行って来るんで、寝ててくださいね」

 なっちゃんさんは小さく頷いて、目を閉じた。

 僕は音をたてないようにして戸を閉めた。頬がなんだかやんわりと緩んだ。


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