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学園祭の盛り上がりを尻目に

「落ち着いたことですし、戻りますか」

 言われて、あの猛烈な旋風が止んでいることに気付いた。

「風間さん、結局いったいなんだったですか」

 僕にしてみれば、なっちゃんさんへのアプローチを目撃し、台風被害施設へ同行を求められ、通う大学の案内を催促され、しかも最終局面では爬虫類とイタチの空中戦ともなれば、自然災害保険の算定に来たのではないことは火を見るよりも明らかである。それになにより、なっちゃんさんを探さないといけないのに。

 来た時のジョギングが嘘のように軽快な速度で構内を進んでいく風間さんに何度となくつっついてもどこ吹く風でかわされ続け、もういい加減に

「風間さん!」

 アッパーカットの勢いで問い詰めようとしたら、

「ごめん」

 なっちゃんさんが前方から走って来ていた。

「おっかえりー」

 風間さんにはなっちゃんさんが何処に行っていたのかを気にかける気遣いがまるでなく、

「お疲れー。後で振り込んでおくねー」

 僕らの前まで来て立ち止まったなっちゃんさんは息が上がっていた。僕らからはぐれて、却って僕らを探していたのだろうか。僕も構内を迷わなくなったのは入学してしばらく経ってからだ。初めて来た人にとってはそれこそ迷路だろう。いや、僕の思考の方が迷路だった。風間さんが案内人だから人生の迷路だけは勘弁なのだが。

「清水君、購買ってどこにある?」

「この廊下をまっすぐ行って食堂の手前ですけど」

「じゃ、二人ともゆっくり歩いてて」

 そそくさと行ってしまった風間さんをしり目に、なっちゃんさんをちらりと見た。なっちゃんさんもちらりとこちらをうかがっていた。呼吸がどこか落ち着いてなかった。息せき切るのを必死に抑えているようにも見えた。

「心配かけたかもしれない」

 目を逸らして小声で言うものだから、どこに行っていたのかなどと訊くわけにもいかなくなった。

「スマホ、使えばよかったですね」

 むしろ自分の要領の悪さが嘆かわしい。それもこれも胡散臭い保険外交員のせいだ。腹立たしく思った矢先、

「一息入れようよ」

 風間さんがペットボトルを差し出してきた。高揚している状態で、冷たいお茶を出してきたところ、風間さんにしては気が利いている。社会に出て空気を読むことを学んだのか、あるいはビジネスマナー講座にでも参加したのだろうか。それならば、事情説明を事前にしておく段取りをいち早く学ぶべきである。

「じゃあ、僕はもう行くので」

 一人で勝手に帰る気だろうが、僕とて今日は研究もなければ自学自習もないのである。ましてやなっちゃんさんは風間さんの要件に首を突っ込まされて……、大学で迷子になっただけ……か。まさに踏んだり蹴ったり。

「あ、風間さん……」

 風間さんから受け取ったペットボトルを半分ほど一気にのどへ流したなっちゃんさんは慌てて蓋をして追いかけだした。また走らせる気か、あのインチキ霊能力者。

 教職員出入り口脇に来客用の駐車場がある。そこに置いておいた風間さんの自動車。その後ろに風間さんが立っていた。近づくと力なく立ちすくんでいると見えた。

「あのさー」

 風間さんがこちらを見ていた。困った顔をしていた。引きつった表情なんて初めて見た。内心、いい気味だと思ったことをここに吐露しておこう。

 自動車後方の荷台のドアのガラスが壊れていた。

「その……」

 なっちゃんさんが落ち着きなく視線を泳がせていた。

「まあ、しょうがないか。じゃ」

 頭を掻きながら、自分に言い聞かせるようにそんなことを言って乗車しようとする。

「ちょっと風間さん。僕もなっちゃんさんも帰りたいんですけど」

「あー、そっか。うん……」

 どこか迷っているように言葉を濁しながら、一瞬風間さんはガラスの壊れた荷台の方に目を向けた。

「じゃ、乗っちゃって。その方がいいかも。あ、なっちゃんは後ろの席ね」

 座席指定されるまでのことなんだろうか。来るときは三列シートの真ん中になっちゃんさん、一番後ろに僕がいたのだが。

「分かった」

 なっちゃんさんが力強く納得しているので、今度は僕が真ん中の列のシートに座ることに。誰が好き好んで助手席に座るもんか。

 ドアを閉める時、荷台の箱が一度ガタンと動いた気がしたが、三人分のドアを閉める振動のせいかもしれなかった。


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