運命の作り方。好奇心をベースに気まぐれ風。自己紹介をそえて。
大きなビルに囲まれて、水の流れるオブジェの前に1人佇む人がいた。
誰かを待っているのだろう。横目に見ながら通り過ぎる。
相手は誰?愛しい人かしら。どこかさみしげな様子に、待ち人が来て笑顔になるところが見てみたいと思った。
「嘘でしょう?」
もうあの人は10日連続でそこに佇んでいる。
誰も待っていないのかもしれない。私が仕事を終えて帰る7時頃には立っている。
「ふうん」
好奇心と行動力がそこそこある私はスタスタとその人の近くへと行き、同じように立ってみた。
仕事を終えて帰る人が多く、待ち合わせをしているらしい人もちらほら。
その人を視界の隅に入れて、しばらく様子を伺う。
30分経っても誰もその人のところにやってこない。
「私、何やってるんだろ」
ふと我に返って帰ることにした。
翌日、また佇むその人を見て、今度はじっくり付き合うことにしようと思いつく。
『好奇心は猫をも殺す』
そんな言葉がふと脳裏をよぎるけれど、好奇心を抑えるのはかなりの無理が必要になるので、制御するのはとっくにやめた。
現実的な計画を立てる。
その人が何時まで待つかわからないので、翌日休みの金曜日に決行。
その人のことを見ていられて、その人からは気づかれない場所は・・近くのカフェとファーストフード店、美容室、オブジェの後ろ側、オブジェを見下ろせる位置にあるビルの三階の廊下。
行ったことない美容室だけど予約をして、美容室のあとはファーストフード店でギリギリまで粘り、人気が少なくなったらオブジェの後ろ側に移動しよう。
なんでこんなことまでして見張りたいのかさっぱりわからないけれど、いつも通りの日常を少し変えてみたい。
「まあ、途中で飽きたら帰ろうっと」
ゆるゆると変更できる計画をたてて探偵気分。
心でその人に謝っておく。ごめんなさい、1度だけだからあなたのことを観察させてね。
「観察させてって・・・単なるストーカーで犯罪行為かも」
そんな風に思っても、やっぱり好奇心は抑えられない。
今日は金曜日、通勤途中にオブジェをチェックする。
朝に見かけたことはないし、今朝もいなかった。
仕事を終えて美容室へ向かう。オブジェの前を通ったけれど、その人はまだ来ていない。
いつも通っている美容室ではないので、カットはせずに時間がかかるタイプのトリートメントをしてもらう。全工程で2時間。何度かシャンプー台へと移動するときに確認したら、その人は来ていた。
つやつやになった髪を触りながら、今度は斜めから観察できる位置にあるファーストフード店の2階席に腰を据える。
すこしぐらいジロジロ見てもいいかしら。
スマホを触るフリをしながらじっくり見る。
座りもせずに2時間近くなんて、私なら無理だわ。
時々頭が動いているので、誰かを探しているのかもしれない。
誰を待っているのかしらないけれど、その誰かさん早く来なさいよね。
ファーストフード店で同じ場所で2時間も粘ると精神力が切れて、店を出た。
オブジェを挟んで背中合わせで待機する。まだ9時。待ち合わせをしているらしき人もいる。
結構飽きてきたから、もって1時間かしら。私の耐久力だか持久力だかの底が近い。
こちら側だと浅く座れる台があり、そこにお尻を乗せて楽な姿勢を取る。
30分で飽きた。
はー・・・なにやってんだろ、もう無理だわ。
無理ついでに、その人の隣に移動する。
しばらく佇んで、できる限りの客観的な判断で、犯罪に関わるようなことは・・・ないと・・思う、うん。と無理矢理結論づけた。
よし、話しかけてみよう。
「待ち人来ないなあ」
自分に言ってるような逃げ道は用意した。
ちらっと右側にいるその人を見ると、問い掛けるような顔をして私を見ている。
「誰かを待ってるんですか?」
そう声をかけた。
まるでナンパみたいだ。自分のやっていることに引く。
「ここにいて、話しかけてくる人の100人目に恋をしようと決めてたんです」
あ。
やばいやつだった。あはは。
「そう・・ですか。恋が実るといいですね」
「あなたが100人目です」
「ひっ」
お母さんごめんなさい。好奇心は私を殺すかもしれません。
「わ、私をカウントしないほうがいいですよ。だって私、あなたをストーキングしてたんです!」
鼻息荒くちょっと気持ち悪さを添えて言った。ほらほら、ドン引いて。
「へえ」
「う、嘘じゃないわ。あなたもう2週間ここにいるでしょ?毎晩見たもの。で、いったい誰を待ってるのか知りたくて今日はずっと見てたの。でも誰も来ないから話しかけちゃえって。えへ」
ほうら25歳にもなって自分で「えへ」とか言っちゃう気持ち悪さを差し上げるわ。
「つまり、僕のことが気になってしょうがないわけだね」
「うっ」
「運命だね」
「何かの宗教勧誘?」
「違う。無宗教だ」
「危ない仕事に関わらせようとしてる?」
「僕はそこのビルの4階の設計事務所で働いている」
「コンクリートに埋めようと?」
「埋めて欲しいなら協力するけど、固まる前に引っ張りあげて洗い流すからね」
「わかった!占い師かなんかに『あなたの運命の恋人は100人目に話しかけてくる人です』とか言われた?」
「占い師に見てもらったことはないし、自分の意志でやってるよ」
「100人目に来た人が男性だったらどうしたの?」
「男性は恋愛対象じゃないんだ」
「あらそう。じゃあ子供だったらどうするつもりだったの?」
「ここは場所的に子供があまり来ないし、万が一子供だったらカウントしない」
「それは好感度しかないわ・・」
「君はどうしてそんなに僕のことが気になったの?」
「さあ・・なんでかしら。初めてここに佇んでいるのを見たとき、なんか寂しそうだなって思ったの。寂しそうなんて思っちゃう時点で気になってる証拠よね」
「ほら、恋はもう始まってるじゃないか」
「よくもそんな真面目な顔でそんなロマンチックなことを言えるわね」
「運命の相手なんだからロマンチックが合うと思う」
「私は運命だなんて思ってないけどね」
「運命かどうかを見極めるために良かったらゆっくり話さないか?」
「いきなり私から話しかけておいて説得力ないだろうけど、初対面の人といきなりゆっくり話したいと思うような性格ではないの」
「そうか。じゃあ明日話そう」
「んあ?」
「明日なら初対面じゃない」
「ゴリゴリ押すのね」
「運命だからね」
「ちょっと待ってね。今、自分の安全性を中心に前向きに検討してみるわ」
「まずは連絡先の交換ってどう?」
「運命がいきなりチャラくなったわ」
「今の時代、安全な連絡先の交換もできるからな」
「確かに。いくつかあるわね」
「だろう?そんなに慎重にならなくても大丈夫だよ、僕だけにはね」
「いえ、やっぱりダメだわ。あなたに興味はあるけれど、今ここで連絡先を交わすのは私のチャラい指数が爆上がりする気がして無理」
「なるほど。うん、運命の人は真面目でガードがかたい」
「嬉しそうにしないで」
「じゃあ、また月曜日にここで待ってるよ」
「・・それでいいの?」
「うん」
「来ないかもよ?」
「今日ストーキングするほど気になってたのに?」
「そうね。たぶん好奇心が勝つわね」
「もう遅いけど送っていこうか?」
「あなたに送ってもらうほうが不安だから」
「じゃあ送らない」
「ついてこないでね」
「約束する」
その人に背中を向けて歩き出す。やばそうな人なのに、なんとなく信頼してしまう自分が怖くて、何度も振り返ってついてきていないか確認する。
振り返るたびに手を振るので、その場にずっといることは確認できた。
□ □
やっと。やっと話しかけてくれた。
彼女は全く覚えていなかったが、実は何度も出会っている。
最初はコンビニ。違うところに置かれていたパンを元通りの棚に戻しているのを見て、律儀だなと思った。
ふわふわした短めの髪に優しい顔立ち、好みだとも思った。
2度目もコンビニ。前の人が落とした小銭を拾ってあげていた。コロコロと転がっていく十円玉を、足で踏みつけて止める彼女に、笑いが込み上げた。少し乱暴だけどむしろ好感がもてる。だって拾った十円玉を服で擦ってから渡してた。
「踏んづけちゃってごめんなさい」とすまなそうに笑いながら。
その時に恋に落ちたんだと思う。
だけど全然お近づきになれない。仕事で接点もないし、コンビニで見かける程度で会話もできない。
いくら僕の気が長いとはいえ、恋だと意識してから3ヶ月も悶々としていると焦りが出てきた。
あんなに可愛いのだから彼氏がいるのかもしれない。今いなくても、誰かに告白されて付き合ってしまうかもしれない。
そうなったらまた待たなきゃならないじゃないか。
彼女がどこで働いているのか、帰りは何時頃かを調べる。
ストーカーまがいのことをした罪悪感もあり、彼女から話しかけてくれる方法をいくつも考えた。
本当に100人目に恋をすることに決めた。
だいぶ厨ニ感あるなとは思った。でも彼女に嘘をつくのは嫌だ。
だから多少調整したのは許容範囲。たくさん話しかけられる日はイヤホンをして無視をした。彼女が帰ったのを見届けたら僕もすぐに帰る。2週間も立っていたら、話しかけられそうな気配を察知できるようになったから、避けるのも上手だ。
1度彼女が僕の近くに来た。一瞬ドキッとして思わず見てしまうそうになる。彼女も待ち合わせだろうか。そう思ったのに、誰も来ない内に帰っていった。
・・もしかして?
少しの期待に胸が痛いほど膨らむ。期待しちゃだめだと思うのに、期待の妄想が止まらない。
彼女が行動力と好奇心の人だというのはなんとなくわかっていた。
もし。もし本当に僕に興味を持ってくれたなら、彼女は必ず行動を起こす。
そう思って今日もオブジェの前に行ったら、彼女が美容室にいるのを見つけた。
その次はファーストフード店。
何をするわけでもなく、こちらを観察している。
その日最初に声をかけてきた人で88人目だった。
そこからポツポツと声をかけられる。
彼女が何かするならきっと今日だ。
僕の後ろ側に来たとき、96人目に話しかけられた。あとはもう賭だ。
足元に鳩がやってくる。いざとなったらこの鳩をカウントしよう。
食べ物くれって話しかけてるじゃないか、クルックー。
そして彼女が僕の隣にやってきたとき、99人目に話しかけられた後だった。
よし、話しかけられなければあの日の子供はカウントから除外しよう。それでも無理なら勧誘の声掛けを分類して除外しよう。
なんと言われてもいい。恋はわがままなものだろう?
うまく行かなかったときは色んな言い訳を考えて、また頑張ったり諦めたりするんだ。
「誰かを待っているんですか?」
彼女が100人目だ。
気分転換に。気が向いたら続編書くかもです。