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好きな気持ちは無自覚

「大丈夫です。全て私に任せてあなたは通訳だけに徹しなさい」

「じゃあ、部屋に行かなくてもいいか?」

「!そんな事まで言われていたのですか!」

 エイダは嫌そうにコクリと頷いた。

「国から持ってきた珍しいものを見せるから見に来いってしつこくてさ。それってやっぱりそれだけじゃ無いだろう?でも・・・大事なお客さんだから強く断れないし・・・」

「あの腐れ王子!」

 ロイドの聞きなれない悪言にエイダもジュードも驚いた。悪態や嫌味は山ほど聞くがその何れも上品な物言いで語気を荒げる事が無かったのだ。さっきからまるで人が変わったかのようなロイドに二人は驚くばかりだ。

「ロ、ロイド卿、お、落ち着いて下さい」

「ジュード!私は十分冷静です!全く!あの腐れ王子は何しに来たんだか!偵察に来たのか、女漁りに来たのか真面目に相手をする此方が馬鹿をみる!」

 それを聞いたエイダが手を叩いて愉快そうに笑い出した。

「きゃ~はははっ!だろう?あんたもそう思うだろう?何しに来たって言いたいだろう?こんな遠くまで来てさ、私みたいなのに一々構わなくても自分の国では選び放題だろうにさ!馬鹿な奴!」

 可愛らしい小鳥のさえずりのように笑うエイダにロイドはまたまた、ドキリとしてしまった。〝ごめんなさい〟も〝ありがとう〟も良いが彼女が楽しそうに笑うのが一番心騒いだ。しかも自分に向けられたものだと格別だった。ロイド好みとしては泣き顔や困り顔が一番好きで笑顔はどうでも良い筈だ。それなのに?ロイドが自分のこの感覚の検証に入ろうとした時邪魔が入ってしまった。


「楽しそうだな?」

 グレンの登場だ。

「陛下、どうなさいました?このような場所にお越しになられて」

「これからの作戦会議だ。通訳の彼女とも打ち合わせしないといけないだろうと思ってな。お前もそうだろう?ロイド?」

「ええ、そうです。今、していたところです」

 さらっと答えたロイドにエイダは呆れてしまった。打ち合わせも何もしていないし王子に近寄るなと言われただけだ。しかもそれは作戦でも何でも無い。それどころか下手をすれば王子の機嫌を損ねかねないような指示だ。

「エイダ、通訳ご苦労。君の力無しではこう上手く事が運ばなかっただろう。改めて感謝する」

「い、いえ・・・私は報酬を頂いて仕事をしているだけです。陛下から礼を言われるなんて勿体無いです」

 謙虚に答えるエイダだったがロイドは王の前で素直な彼女が気に入らなかった。

「そうです。陛下、彼女には十分過ぎる報酬を約束しております。礼には及びません」

 今度はエイダがそのロイドの金に換算する言い方が気に入らなかった。

「ああそうだよ!だけど仕事以外のことをされるなら割に合わないよ!」

「割に合わない?では割り増しすればあのような事をされても良いと言うのですか!」

「そんなこと言って無いだろう!私は身体を売る商売女じゃない!金を積まれたってそんな事はしない!」

 王の前だと言うのを二人は忘れたかのように言い合いを始めてしまった。グレンはロイドらしくない態度に驚きジュードへ事情を尋ねた―――そして愉快そうに微笑んだ。


(これは面白い・・・)


 流石に先に我に返ったのはロイドだった。愉快そうに口元を上げるグレンが目に入ったようだ。

「・・・失礼致しました、陛下」

「いや。珍しいものを見せて貰った。それで大体の話は分かったがサリム殿が彼女に好意を寄せているのなら使わない手は無いだろう?」

「それは――」

 グレンが手を上げてロイドの言葉を遮った。

「お前の得意とするものは何だ?」

「・・・交渉相手の懐柔です・・・しかし!」

「男を懐柔するのなら今も昔も手っ取り早いのは女だろう?それは十分分かっている筈だ。そうだろう?外務卿アシュリー・ロイド?彼女への交渉もお前の仕事だ」

「なっ!」

 エイダは好感を持っていた王からそんな命令が出されるとは思わなかった。こうなったら王様だろうが何だろうが抗議しようと息を吸い込んだ時だった。

「陛下、お断りします。彼女に通訳以外の仕事をさせるつもりはございません」


(え?)


 エイダは驚いてロイドを見た。その視線をロイドは受け微笑んだ。

「エイダ、言ったでしょう?王子に不埒な行為はさせないから私に任せなさいと。分かったならジュードと一緒に昼食をしに行きなさい」

 エイダは驚いたままジュードに連れられて部屋から出ようとした。一度は外へ出掛かったが扉から半分顔を覗かせると口を開いた。

「・・・あの、ロイド卿。ありがとうございました・・・」

 二人の視線が合ってしまい何故かお互い頬を染めてしまった。それからエイダが去って行く足音を聞いていたロイドだったのだが・・・

「ロイド、趣味が変わったのか?」

「何のことでしょうか?」

「さて?お前の心中は私でも読み難いからな・・・無自覚なのか?隠しているのか?隠すならもっと上手いから無自覚だな」

「何のお話か分かりません」

「はははっ、無自覚決定だ!」

「ですから何のお話ですか?」

 グレンは愉快そうに笑っている。

「エイダの話に決まっているだろう?お前、彼女が気になる・・・もうその段階以上だな。好きだろう?」

「私が?誰を好きだと?」

「エイダを」

 ロイドは一瞬思考が止まってしまった。

「は・・・馬鹿な・・・彼女は私の好みではございません。正確に言えば真逆ですよ。どうしたらそのようなお考えが出るのですか?」

「私は経験したから言えるが恋とは素直になれないものだ。しかし素直なお前を見るのは怖い気もするが・・・愉快だ」

「陛下らしくございませんね。検討外れもいいところです」

「そうかな?では命令だ。エイダを餌にしろ」

「それはお断りした筈です」

 ロイドは見た限り平然と答えていた。

「理由は?私が納得する理由を言え」

「彼女と交わした契約に含まれておりません」

「・・・陳腐な言い訳だな。小娘と交わしたそんな紙切れは幾らでもお前なら破棄して再契約出来るだろう?」

「・・・そう簡単に出来るような娘ではございません」

「出来ない?お前が?これは傑作だ!では私が交渉しよう。彼女も上手くいけば王子の愛妾になれて良い筈だ」


「陛下!」


 グレンの言葉に平静を保っていたロイドの澄ました顔が一瞬で青ざめた。グレンはロイドと同等・・・もしくはそれ以上の交渉上手だ。エイダならあっさりとその術中にはまるだろう。しかしロイドは自分こそグレンの罠にはまりかけていたのに気が付いた。再び平静に戻ったロイドにグレンは肩を竦めた。

「もう少しだったのに・・・つまらない」

「陛下、私で遊ぶのは止めて頂きませんか」

「遊んでいるつもりじゃない。からかっただけだ」

「同じことです」

 ロイドはにっこりと微笑んでいるが何を考えているのか分からない。

「それで?エイダに特別手当をやるからサリム王子に身体まで与えろと言えば良いのですね?」

「お前は本当に――」

 グレンが素直じゃ無いと言おうとした時に出ていった筈のエイダが勢い良く扉を開けた。

「エイダ?何か忘れ物ですか?」

「・・・耳飾り落としたから見に来た。でも無いみたいだ」

 それだけ言うとエイダは直ぐに出て行ってしまった。

「聞かれたな・・・」

「え?何か言われましたか?」

 ぽつりと言ったグレンの言葉をロイドが聞き返した。

「お前がついさっき言ったことを彼女は聞いただろうと言ったんだ」

 ついさっきと言えばロイドを困らせようとグレンが言っていたエイダの身売りの件を承知したように言ったものだ。承知して逆にグレンを困らせようとしたのだが?まともに聞けばエイダが怒る内容だ。

「聞こえていないでしょう。聞こえていたなら彼女は暴れ馬のように怒る筈ですからね」

 ロイドはのん気に想像して笑った。

「本当にそう思うのか?私はそう思わなかったが・・・まあ、いいだろう。この件はお前に任せたのだから好きにしたらいい。彼女を人身御供にするのもしないのもお前次第だ」

「ですからその冗談はお止め下さいと申し上げているでしょう?ニーナ様に陛下は女性の敵だと言い付けますよ」

「勝手にニーナの名を呼ぶな!」

「失礼致しました。王妃様の名はお可愛らしいのでついですね」

 グレンは何だかんだとロイドに誤魔化されたような気分だった。


(面白くなりそうだと思ったのに・・・流石に手強い)


 グレンはいつも澄まし顔のロイドが恋におたつく姿を早く見たいものだと、一人微笑んだのだった―――



「エイダさん、どうしたのですか?」

「何が?」

「何がって・・・」

 ジュードは探し物から帰って来たエイダが、ポロポロと涙を落としているので聞いてみたのだが・・・自分では泣いているつもりは無いらしい。

「エイダさん・・・涙が・・・泣いているのでしょう?」

「何?私は泣いてなんかいないよ!塵が目にでも入ったのよ!」

「そ、そうですか?」

 とてもそう見えなかったが本人が認めたく無いのならそっとしておこうと思った。


(それにしても気が強そうな美人が涙する姿は、ぐっとくるなぁ~)


 可愛さと正反対なだけに、こんな脆い様子を見れば可愛く見えてしまうから不思議だ。この場にロイドが居なくて良かったとジュードは思ってしまった。


(ロイド卿の好みとかけ離れていると思っていたけれど・・・意外と・・・)


 エイダの今後の為にもロイドに気付かせては大変だと思った。ロイドに気に入られるとは悪魔に魅入られたのと同じだとジュードは思うのだ。

「ちょっと顔を洗ってくる!」

「そ、そうですね。それがいいですよ」

 今、彼女をロイドが見たら大事だと思っていたジュードだったから急いでエイダを送り出した。しかし広い王宮で何処に行ったら良いのか迷ってしまったエイダはサリム王子の一行に与えられた居住空間に迷い込んでいたのに気付かなかった。

「迷った?はぁ~ついてないな・・・此処どこだろう?」

 エイダは何だか疲れてしまって庭園に繋がる回廊の柱を背にして座り込んだ。

「あいつ怒るだろうな・・・」

 エイダはロイドの顔を思い浮かべると止まっていた涙がまたジワジワと滲んで来た。王とロイドの会話を聞いたからだ。今度会ったらサリム王子の慰み者になれと言われるのだ。一度は庇ってくれたロイドから裏切られ悲しくて仕方が無かった。

「私は金をやったら言うことを聞くような女だと思っているんだ・・・」

 エイダはそう思われることが悔しいのかもしれないと思った。雇い主からどう思われようと気にしたこと無かったのに今回は何故か嫌だった。ポロポロ落ちる涙が止まらなくなってしまった。


『お譲さん、どうしましたか?』

 サイルド語で話しかけられたエイダは、はっとして振り向いた。近くに立っていたのはサリム王子の傍らに居た側近だ。王子と雰囲気が似ているから親戚筋かもしれないと思っていた。確か・・・名前はアーマイル。

『涙?泣いていらっしゃるのですか』

『いいえ、何でもないです』

 エイダはこの男も苦手だと思っていた。サリムはベタベタして嫌だったがこのアーマイルは、じっとエイダを見ていたからだ。その視線が鋭くまるで裸にでもされたような気分だった。この場から立ち去ろうと、さっと立ち上がったエイダの手をアーマイルが捉えた。


『何するの!』


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