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サイルド国王子の到着

「それで陛下、火急な用件とは何でございましょうか?」

「火急と言うものでは無いが・・・それにしてもあの娘・・・」

「エイダが何か?」

 ロイドが冷やかに直ぐ切り替えして来た。先ほどからのロイドらしくない態度にグレンは気がついていた。その理由までは分からない。ロイドの嗜好は知っているから謎だった。若い娘からのああいった視線を受けるのは慣れているグレンだ。その視線を良しとしない者はその娘に好意を寄せている場合だろう。


(ロイドがあの娘を?・・・有り得ないな・・・)


 サイルド人特有の真っ直ぐな漆黒の髪は特に意思が強そうに顔を縁取っていた。たぶん見かけ通りに男に頼って生きるタイプでは無いだろう。グレンの最愛の妻ニーナとは正反対だ。そして気に入らない事にそのニーナはロイド好みだ。ニーナは可憐でか弱い。少しの風でそよぐ小さな白い花のようだ。それでも声だけはニーナよりもずっと可愛らしいのだが・・・

「あの声・・・見かけと随分違うな」

「そうですね。それが何か問題がありますか?」

「いや別に。声よりもあの服装が問題だろう?」

「お気に召しませんでしたか?」

「あれではまるで世捨て人のようではないか。せっかくの美人が台無しだ」

 ロイドは再び不快な気分になりつつあった。先ほども王がエイダの黒髪を美しいと言い、今は美人だと褒めている。それが妙に気に入らなかった。

「そうでしょうか。通訳が目立っては困ります」

「相手はサイルド王子だ。男なら同じ通訳でも美しく若い娘の方が嬉しいだろう。あの娘、磨けば宝石のように輝きそうだ」

 グレンが愉快そうに言ったがロイドは更に冷やかになった。

「陛下は王妃様一筋と思っておりましたが違ったのですね?ニーナ様にご注進申し上げないといけませんね」

 ロイドの嫌味にグレンは笑っただけだった。

「命令だ、ロイド。彼女の衣服は改めよ。あれでは王宮で娘が恥をかくだけだ。分かったな」

「・・・承知致しました。それでご用は?」

「海神からの知らせだ。そのサイルド王子一行は既に間近の海域に迫っているそうだ。明日にでも到着するだろう」

「さようですか・・・予定より三日ほど早いですね。コールが言うように油断ならないお方のようですね。承知致しました。至急歓迎の用意を整えます」

「ああ、そうしてくれ」


 それからロイドは恐ろしい数の指示を出し、三日でする用意を半日で仕上げたのだった。

 サイルド国の王子サリムは予定より早く到着してシーウェル王国内を密かに見て廻るつもりだったのだろう。しかし海域には国の守護魔神ジャラが結界を張り見張っている。その力の偉大さを知らない王子一行は港に着岸して驚いた。居る筈の無い出迎えが華々しく待機していたのだ。

『シーウェルへ、ようこそお越し下さいました、サリム殿下。私は外務卿を拝命しておりますアシュリー・ロイドと申します。我が国王カーティス・グレン・エイドリアンが王宮にてお待ちしております。私が案内を申し付かっておりますのでどうぞ宜しくお願い致します』

 ロイドは流暢なサイルド語で挨拶をした。驚いていた王子だったが直ぐに気持ちを切り替えたようだった。

『出迎えご苦労。この地で我が母国語を話せる者がいるとは思わなかった。コールから話せる者は殆ど居ないと聞いていたからな』

 直ぐ返って来ると思ったロイドの返事が無く、その彼の後ろで耳打ちしている女がサリムの目に入った。


(サイルド人?いや・・・違う・・・髪の色はサイルド系だが肌の色が同じ褐色系でも彼女は蜜色だからシーウェル系だろう。それよりも素晴らしい美女だ)


 王子がエイダに目を奪われている様子にロイドは直ぐ気がついた。だいたい王の命令とは言えエイダの衣服を改めさせたのが間違いだったと朝から思っていたところだ。ロイドが手配する暇が無いので適当な王室御用達の店に叩き込んだ結果があれだった。最新流行のものかも知れないが何もかも出過ぎていた。大きく開いた胸に無駄な肉の無い手足はもちろん見てくれと言わんばかりに出ている。それでも嫌らしさは無く上品に見えるのは上質な生地のお蔭だろう。そして彼女の堂々とした態度は何処の王女様かと思ってしまうぐらいだ。いつも一緒にいたジュードでさえも唖然とエイダを見たぐらいだった。

 しかしロイドは気に入らなかった。今日は緊張しているのか大人しく後ろから付いて来るエイダに男達の視線が集中しているのが分かるのだ。だがロイドはそれが面白く無い原因だと思ってもいなかった。

 エイダがサリム王子の言っている言葉を通訳してくれていた。後ろから聞こえる彼女の声にぞくぞくしてしまい、今は仕事中だ!と自分を戒めなければならない感じだった。ロイドは頷き、シーウェル語で答えた。

「申し訳ございません。私は挨拶のみしか喋れません。ですからこの者が通訳させて頂きますことをお許し下さいませ」

「?」

 サリムはロイドの言葉が分からなかったが、気になっていた女を指し示していた。そしてその女が前に進み出ると優雅にお辞儀をしたのだ。

『ロイド卿は挨拶だけしか話せませんので私が通訳をさせて頂きます。エイダと申します、どうぞ宜しくお願い致します』

『通訳・・・成程。綺麗なサイルド語だ。では不自由しないという訳だな。しかもこんなに美しい女性なら大変喜ばしい。礼を言う』

 エイダは美しいと褒められて頬が赤くなるようだった。朝から聞きなれない褒め言葉ばかり聞いていたが一気に恥ずかしくなった気分だ。


「王子は何と言ったのですか?エイダ」

 ロイドの声にエイダは、はっとした。しかし自分が褒められた言葉を通訳するつもりはないし言うのも恥ずかしい。

「別に何も」

「何も無いこと無いでしょう?何か話していたではありませんか?貴女は通訳ですよ。仕事をして下さい」

「サイルド語が綺麗だって。不自由しないからいいって――そして」

 エイダは、キッとロイドを睨むと誰にも聞こえないように彼の耳に唇を近づけた。

「そして私が綺麗で嬉しいってお礼を言っていたんだ!」

 エイダの顔はもう真っ赤だった。ロイドの耳に直接響く彼女の声に背中がゾクゾクするぐらいでは治まりそうに無かった。しかしその内容にその気分は吹き飛んでしまった。グレンが言った通りの展開になりそうなのだ。本来なら喜ぶべきものだろう。外交は相手の気分を良くすることから始まるのだ。取り込もうと思う相手なら尚更であり、エイダは通訳という以外にも役に立っているのだから喜ぶところの筈だった。

「エイダ」

 サリム王子が彼女を呼んだ。恥ずかしそうな顔のままエイダは返事をして寄って行ってしまった。二人が何を話しているのか分からない分、ロイドは苛々が増すようだった。サリム王子は背が高く肩幅も広い。見るからに鍛え上げた強靭な体躯の持ち主だ。エイダが華奢に見えてしまう程だった。

 ロイドは自分の目が可笑しくなったのだろうかと思ったぐらいだ。エイダが可愛く見えるなんて・・・しかしそんな事を考えている場合では無かった。


「エイダ、話し込まずに通訳しなさい」

「分かっているよ。でも・・・」

 エイダはまた言い難そうだった。また?

「・・・口説かれている訳ですか?本気にしないことです。そんなものは上手にあしらって仕事をして下さい」

「もちろん言われなくても分かっているよ!」

「分かっているのなら一言一句洩らさず通訳なさい」

「かしこまりました。ロイド卿」

 エイダは腹立たしい感情を抑えて答えたが挑戦的な目でロイドを見上げた。彼女の瞳はロイドが好む大きく潤むような瞳では無いし、ロイドを見る時はいつも怒っているか睨んでいるかのどちらかだ。でもその瞳から涙が落ちるのを見たり、楽しそうに笑っているのも見たりした。もちろんそれは見かけただけで自分に向けられたものでは無かったが印象的なものだった。心騒ぎ落ち着かなくなったものだ。ロイドは今、大事な外交中だと言うのにエイダを自分の手で泣かせてみたいし微笑ませてみたいと思ってしまった。


(私は今何を・・・)


 ロイドは直ぐに自分を取り戻し微笑みの仮面を付けた。

「エイダ、王子に城へ向いますと伝えて下さい」


(あっ、またあの顔・・・嫌いだな・・・)


 エイダはロイドの作った微笑みが嫌いだった。何だか馬鹿にされているように感じてしまうのだ。適当にあしらわれているような気分だ。あんな顔をしたら思いっきり頬をつまんでやりたくなってしまう。今に本気でしそうだから怖い。


(駄目、駄目!一応雇い主なんだから!我慢、我慢!)


 今まででも蹴り上げたいような雇い主はいたが評判が落ちるのでそんなことはしたことは無い。そんなやつらとロイドは種類が違うのだがムカついてしまう・・・


(何で?だろう??)


 エイダは仕事初めから気が重くなってしまったのだった。


「もう嫌だ!やっていられないよ!」

 王宮での謁見が終って昼食も和やかに済んだ後、部屋で休息をとる王子からやっと解放されたエイダは与えられた控え室でジュード相手に癇癪を起こしていた。

「まあ、まあ、エイダさん落ち着いて」

「私は通訳をするって聞いていたんだよ!それが何?あのスケベ王子!口説きまくるしアイツは何しに来たんだ!」

 エイダは足を踏み鳴らしながら宥めるジュードに食って掛かっていた。すると、

「外まで聞こえていますよ。声を落としなさい」

「ロイド卿、お疲れ様でございます」

 ジュードが直ぐに振り向き挨拶するとロイドが軽く頷き部屋に入って来た。


 エイダは直ぐにそっぽを向いた。やっていられない原因のもう一つがロイドだからだ。始終エイダにだけ向けられた不快な視線はもちろん、誰にも聞かれない小声で嫌味もたっぷり言われ続けたのだ。そしてまだそれは続いていたようだった。

「それはあなたに問題があるのでしょう?」

「私に問題があるだって!」

「いかにも誘ってくれと言う顔をして隙だらけだったでしょう?」

「はぁ?何それ!私がいつ誘って欲しいって顔をしたって言うのさ!」

「嬉しそうに、にこにこしてたではありませんか」

「相手が大事なお客さんだって言うから手握られても尻を撫でられても我慢していたのに!何だよ!その言い方!!」

「手?手を握られてその上・・・しり?」

「ああ、そうさ!みんなの目盗んではベタベタと触ってきて嫌らしいったら!次は大っぴらに胸触って来そうで、ぞっとした!私は通訳だろう?商売女じゃないんだよ!」


 エイダは一気に何もかも吐き出すように言った。そして目の前のロイドに、ぎょっとしてしまった。側にいたジュードも同じく驚いている。ロイドが見ていて分かるくらいに激昂していたのだ。もちろんとても珍しいことだ。

「エイダ!これから私の側から離れないようにしなさい!もうそのような事は一切させません!良いですか!絶対に王子に近づいてはいけませんよ!」

「あ、ああ・・・分かったけど・・・そんなことして大丈夫・・なの?」

 強気のエイダでもロイドのその返答に戸惑い少し不安気に言った。エイダは不満を爆発させていたが大事な客だから文句は言っても我慢するつもりだった。ロイドもそれくらい我慢しろと言うと思っていたのだ。

 しかしそのロイドもずっと我慢し続けていた。サリム王子がまるで自分のもののようにエイダを呼ぶ度に、ムカムカと気分が悪くなっていたのだ。しかも彼女に不埒な行為を働いていたと聞いた時に頭の血管がブツリと切れた音がしたような気がした。だから今はとてつもなく頭に血が上っていくのを感じていた。そして大丈夫なのかと不安そうに聞くエイダの声がこれまた絶品だった。お気に入りならここで更に不安に陥れ泣かせてやりたいところだが今はそんな気がしなかった。エイダが好みで無いせいだろうと勝手に理由を付けるロイドだったのだが・・・


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