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大きいのに可愛い?

 それから夜が明ける数時間前―――エイダは身体中が痛くて目が覚めた。まるで安宿の狭くて硬い寝台で寝た朝の目覚めに似ていた。

「やっとお目覚めか?」

 エイダは間近に聞こえたロイドの声に、ぎょっとして完全に目覚めた。そして、がばっと起き上がった。

「つっ・・・」

 急に起き上がったせいか後頭部に痛みが走った。その場所に手を当てるとコブが出来ていた。そして思い出したが転んだ瞬間からの記憶が無い。はっと自分を見れば夜着も多分下着も着ている。夢かと思ったが目の前にロイドが見えるし見慣れない部屋だ。しかも自分が寝ていたのは長椅子だった。

「えっと・・・此処は?」

「私の部屋です」

「あんたのだって!」

 エイダの驚きの声は可愛らしい声が更に可愛く囀ったようだった。思わずロイドの口元がほころんでしまう。

「貴女は転んで気を失ってしまい部屋に運ぼうとしたら鍵が掛かっていました。まさか廊下に捨てる訳にはいけませんでしょう?仕方なく此処へ連れて来たのですよ。礼を言われても文句を言われるようなことはしていません」

 エイダは何処かに隠れたい気分だった。

「ご、ごめんなさい・・・」

 ロイドはまた、どきりとしてしまった。言葉使いの荒いエイダが謝る時は〝悪かった〟でも〝ごめんよ〟でも無く可愛らしく〝ごめんなさい〟と言う。その落差に胸の高鳴りを覚えるのだ。

「・・・私は今から寝るので皆が起き出す前に部屋に帰って下さい」

「今から寝るだって?もう直ぐ夜明けだよ」

 エイダは大きな机に山積にされた書類を見た。本当に今の今まで仕事をしていたのだろう。ロイドは昨晩、真夜中が仕事の時間と言っていたのを思い出した。

「まさか毎日こんな時間まで仕事をしているとか?」

「貴女には関係ないでしょう。それでなくても邪魔をされてはかどらなかったのですから」

「そ、それは・・・ごめんなさい。あっ、でも椅子に寝かせるって酷いんじゃない?あんたが寝ないのなら寝台に寝かせてくれたっていいじゃない」

「まさか冗談でしょう?濡れた髪や身体のままで?私の寝具を濡らせと?床に転がさなかっただけ有り難いと思って欲しいですね」

「うっ、そ、そうだ!医者に見せてくれたのか?頭は打ち所が悪くて死ぬ場合もあるんだし、これを着せてくれたのは医者か?」

 エイダは何だか悔しくてロイドに難癖を付けたかった。

「医者は呼んでいません」

「呼んでない?」

「私は医学の心得があるので必要ありません」

「じゃ、じゃあ、これを着せたのはあんた?」

 確認するまでも無くロイドしかいないだろう。エイダの顔が見る間に赤く染まって来た。そして驚いた事に平然としている風にしか見えないロイドの顔が赤かった。


 ロイドは部屋に戻ってからの事を思い出した。意識の無いエイダを一度は寝台まで運んだ。そして辺りを見渡したが適当なものが無かったので濡れた身体をシーツで拭った。それから寝たままの状態で下着をどうにか穿かせ、夜着を被らせたが寝たままでは難しく抱きかかえるように身体を浮かして着せ付けたのだ。いつもなら嫌悪する成熟した肢体が何故か嫌ではなかった。弾むような大きな胸がロイドの顔をかすめて揺れた時は、ドキリとしたぐらいだ。しかもロイドは自分の目が可笑しくなったのかと思った。自分の寝台に眠るエイダが可愛く見えるのだ。あんなに大きいのに何故かそう思ってしまう自分が可笑しいとしか思えなかった。多分、寝台が大きなせいだろうと思い、慌てて彼女を長椅子へと移したのだった。長い手足を小さく縮めて窮屈そうに眠るエイダを見て彼女の大きさを実感したロイドはやっぱり見間違いだったとやっと、ほっとしたのだ。しかしまた彼女の裸体を思い出してしまって・・・

「は、早く部屋から出て行って下さい!話しをしている間に私の睡眠時間が削られてしまう!」

「ごめんなさい、直ぐ出る!」

 エイダは慌てて出て行こうとしたが、ふと立ち止まって振向いた。

「迷惑かけてごめんなさい・・・あ、ありがとうございました・・・」

 消え入るような礼を言うと出て行った。

「・・・参った。〝ごめんなさい〟は反則だろうと思いましたが・・・〝ありがとう〟は凶器ですね・・・」

 許しを乞う言葉が何よりも好きなロイドは何度も〝ごめんなさい〟を言わせて上機嫌だったが、今度は珍しく〝ありがとう〟を言わせたくなった。仕事で言い慣れて聞き慣れた感謝の言葉に心が浮き立つ事が無いのに何故かそう思ってしまった。

「かなり困難でしょうけれどね・・・」

 確かにエイダに感謝されるような事は少ないだろう。それでもロイドは久し振りに心浮き立っていたのだった。



 数日後、エイダはいよいよ王宮へ登城した。遠くから眺めていた王城が目の前に広がっていた。その迫力に足が竦んでしまう。ジュードが同行してくれているからどうにか足が前に出ている感じだ。中に入れば更に眩く目が眩みそうだ。エイダはその中を迷う事無く進むジュードに付いて行くのがやっとだった。少し頼りないかもと思っていたジュードが頼もしく見えるのが不思議だ。二人は王城の一角にある外務省へと向っていた。そこで夜明け早々から出ているロイドと合流する予定だった。

 しかしその場所へ到着したかと思った途端、前を行くジュードが急に立ち止まりエイダは彼の背中にぶつかってしまった。

「ちょっと、ジュードさん!急に止まらないで!」

 ぶつかってしまったエイダが文句を言いながらジュードの背中を見ると彼が恭しく頭を垂れていた。何?と思って前を見たエイダは身なりの良い若い男と目が合ってしまった。

 黄金の髪に真っ青な瞳。整っている顔立ちなのに甘さは無く切れ味の良い刃物のようだった。何もかも見抜くかのような鋭い双眸が印象的でエイダは久し振りに戦慄を感じた。

「エイダさん、エイダさん」

 ジュードが頭を垂れたまま小声でエイダの名を嗜めるように呼んでいた。

「エイダさん、陛下です・・・国王陛下ですよ」

「え?」

 エイダは驚いて尚更見入ってしまった。王城とは言っても国王が一人でこんな場所にいるとは思わなかった。国王とは沢山の家臣に傅かれて城の真ん中で座っているのかと思っていた。しかもこんなに・・・どういう訳か頬が熱くなる感じだ。


 黙ったまま見合っていると国王が立っている目の前の扉が開いた。

「誰かいるのですか?陛下?如何なさいましたか?このような場所に?ご用がございましたら私が伺いますのに・・・おや?お前達も到着したのですね」

 扉から出て来たのはロイドだった。そのロイドに気付かずシーウェル王国国王カーティス・グレン・エイドリアンを、頬を染めて呆然と見つめているエイダにロイドは気が付いた。ジュードは立礼しているのにエイダは棒立ちのまま・・・礼をするのも忘れて不躾に見つめていたのだ。その様子がどういう理由か不快に思えた。

「エイダ!陛下の前です!作法を忘れたのですか!」

「あっ!ご、ごめんなさい。し、失礼致しました陛下」

 エイダが慌てて頭を下げた。

 グレンは彼女の大人びた見かけと幼女のような声の落差に少し驚いたが、余りにも微笑ましく可愛らしいその声に口元をほころばせた。それを目にしたロイドは面白く無かった。思わず、むっとしてしまったのだ。早くどちらかをこの場から去らせたい気分だった。どうしてそう思うのかは考えずに取りあえず彼女を紹介しなければならないだろう。

「―――陛下、この者がサイルド語を通訳するエイダです」

「ああやはりそうか。サイルド人特有の美しい黒髪だからそうじゃないかと思っていた。エイダ、大変だろうが宜しく頼む」

「は、はい!精一杯務めさせて頂きます!」

 エイダは頬を染めたまま顔を上げると丁寧な言葉使いで答えた。彼女の受け答えは間違っていないのにロイドは気に入らなかった。

「・・・・・・それで、陛下のご用は何でございますか?」

「何時に無く冷たいな、ロイド。何が気に入らない?」

「別に何もございません。陛下の気のせいでございましょう。至急のご用向きならば直ぐにお伺い致します。どうぞ中へ」

 ロイドは淡々と言ってグレンを中に招き入れて、ジュードには待つように言った。


 その扉が閉まった音でエイダはようやく息を吐き出した。

「エイダさん大丈夫ですか?」

「なんとかね。いきなり王様に会うなんて思って無かったから・・・でも、惚れ惚れするぐらい良い男だったしね。それが一番驚いたかも・・・」

 前の王様の時より暮らし易いのは認めてはいても毎日働き詰めでその日のことしか考えられないエイダは雲の上の人物像など考えたことが無かった。国を上げての婚礼の時も海の上だったし、今まで興味を抱いたことが無いのが本音だ。

「陛下は本当に素晴らしいお方ですよ。お子様がお生まれになって更にですね」

 世間に疎いエイダも王子誕生は知っている。それこそ国中がお祭り騒ぎになっていたからその余波が船上に及んでいた。これ幸いにと皆が船の上で飲んだくれて騒いでいたのを覚えている。

「それにしても、あいつ!頭にくる!」

 エイダがそう吼えるとジュードは苦笑いをして周りに誰もいないか確認をした。そして直ぐ近くの待合室のような小部屋へ誘った。

「まあまあ、エイダさん。落ち着いて下さい。私も驚きましたけどね。誰かの前で声を荒げて叱責なんてしませんから」

 エイダは国王への非礼を怒られた事を言ったつもりでは無かったのだが?

「しない?ジュードさんの前でだってガミガミ言っていたじゃない」

「私の場合は身内でしょう?他人の前では、ですよ。しかも陛下の前であのような態度を取ることありません」

「へぇ~やっぱり王様の前では良い子ちゃんぶっているんだ」

「良い子ちゃん?ぷっっぷぷぷっ・・・」

 意地悪虫だの良い子ちゃんぶるなどあのロイドをそういう風に言い表す彼女がとても愉快だった。ロイドを良く知る者達はそう思っても言えないものだし、言ったと分かったらどんな仕返しが来るかと思えば夜も眠れなくなるから言わない。

「ジュードさん、笑い過ぎ!それに私が怒っているのはあいつが私を睨んだ事だよ。こっちが謝ってちゃんと挨拶もしたのにもっと睨んでいたんだ!何が悪いのかって言いたい!理由も無く睨まれるなんて腹立つだろう!」

 ジュードはそう言えばそうだなと思い返した。エイダの非礼を嗜めた後の方が機嫌悪かったような感じだった。


(何でだろう??)


 ロイド本人も分からないのにジュードが分かる筈も無かった。それでもエイダを宥めて国王の用事が済むのを待ったのだった。


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