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計算外の微笑み

 エイダはあれからロイドと全く口を利かなかった。いつもの無口なエイダとなっていたのだ。度々様子を窺いにやってくるロイドはそれが腹立たしく感じていた。元々無口なのは声を気にしていると言っていたがジュードとは気楽に話しているのを度々見かけた。それなのにロイドには貝のように口を閉ざして喋らないのだ。


(今も楽しそうに笑っていたと言うのに!)


 何故こうも苛々してしまうのだろうか?とロイドは自分で自分を分析した。


(声が・・・声が好みだから聞きたいのだろう・・・そうだ。それしか考えられない)


 という答えに到着したようだった。ならば喋るように仕向ければ良い事だ。

「でも・・・そうですね。試験の前の試験をしてみましょう。夜まで待つ必要があるのかどうか確かめましょう」

 ロイドは意地悪く微笑んで言った。

 もちろんエイダは受けて立つ。キッと彼を睨んで向かい合った。

 文句を言うと思ったロイドだったがエイダが怒っている様子でも一言も喋らないので拍子抜けしてしまった。だからもっと困らせてあの時のような泣き顔が見たくなった。

「それでは・・・若くして亡くなった薄幸の詩人。ルルーの詩を暗唱して貰いましょう」

「ロイド卿、それは今回の課題には含めておりません。それに今回は詩の暗唱などは省いております」

 ジュードが慌てて口を挟んできた。

「詩を課題に入れていない?それは手落ちですね。もしサイルドの王子が詩をお好みだったらどうするのですか?」

「し、しかし、彼女は通訳であってそこまでする必要は無いと思いますが?それにルルーはそんなに有名な詩人では無いですし・・・」

「ルルーは素晴らしい詩人です。それに詩の朗読は貴人の嗜みです。どんな状況にも対応出来なければなりません」

 ジュードは困ってしまった。ロイドの理想が高すぎるのだ。エイダの仕事はあくまでも通訳だ。それを取り持つ相手がサイルドの王子に此方では王や重臣達だからある程度の作法や貴族の常識は必要だろう。しかしそれ以上を彼女に要求するのは無謀としか思えなかった。


(彼女が一人で接待するわけじゃないだろう?それなのに?)


 もちろんジュードは幅広い知識を要求される仕事柄ルルーは知っているし詩も暗唱までは出来ないが聞いた事もある。しかも誰もが知っていると言うような有名なものでは無いのだ。


(ロイド卿は確か好きだったよな・・・)


 これが普通だったら気に入ったものへの意地悪なのだろうと呆れて無視出来るものなのだが・・・彼女にその要素は見付からない。

 そしてもちろん出来ないのを承知で言ったロイドだったが自分の耳を疑ってしまった。エイダがルルーの詩を暗唱し始めたのだ。しかもロイドが一番好きだが一般的に有名では無い詩―――

 エイダの声で綴られる詩はその情景を可愛らしく愛らしく彩った。ロイドは驚くしか無かった。そしてそれに聞き入ってしまったのだ。だから暗唱が終っても暫く言葉が出なかった。

「・・・この詩人を知っていたのですか?」

 エイダは、むっとした顔をした。


(知っていたのか、だって?やっぱり意地悪で言ったんだ・・・)


 エイダもこのルルーの詩が好きで殆ど暗記している。だから一番好きな詩を暗唱したのだ。だがそれをロイドに教える必要も無い。だからエイダは返答しなかった。

「聞こえなかったのですか?知っていたのか、と聞いているのですよ」

 ロイドの再度の問いにもエイダは無視をした。ロイドは何時に無く苛々として来た。

「ジュード、貴方は何を見ていたのですか?教師達は何を教えていたのです?話しかけている相手を無視するような行儀の悪さ。このような受け答えの基本も出来ないような教え方ですか?」

「ジュードさんは悪く無い!何で関係の無い彼を怒るのさ!あんた、本当に意地悪だな!」

 エイダはロイドとは二度と口を利かないと誓っていたが堪らず声を発した。反抗的な態度の揚句に悪態を付いたのだからロイドが怒るだろうとエイダは思った。ところが・・・彼は微笑んだのだ。


(えっ?なんで?)


 ロイドの極上の笑みがエイダの毒気を抜いてしまった。ジュードも驚いて珍しいものを見るように上司の顔を見入ってしまったぐらいだ。ロイドは何枚もの仮面を使い分け決して本心を見せることがない。もちろん微笑みぐらい何百回と見た。と言うか・・・殆ど微笑んでいるような感じだ。柔和な物腰で笑みを絶やさないのがロイドの一般的な顔だ。それでも間近にいるジュードは知っている。それも全て計算された表情なのだと・・・その場に応じてどんな顔も出来るのだ。泣いていても次の瞬間は微笑んで見せる。怒っていても直ぐに優しく微笑む。掴みどころのない人物がこのロイドだ。それが・・・多分、偽りでは無く本当に微笑んでいるのかもしれないと思ったのだ。どこか違う・・・どことは言えないが・・・

「な、なに?何でそこで微笑むのさ!」

「微笑む?私が?」

 ロイドは自分自身驚いてしまった。微笑んだつもりは無かったのだ。本当に無意識だったようだが・・・それこそ無意識になるなど有り得ない事だ。

「貴女の見間違いでしょう。私が微笑む理由などありませんから」

「はあ~何言っている訳?私が見間違ったって?そんな馬鹿なことあるもんか!あんたは今、嬉しそうに笑った。ジュードさんも見ただろう?」

「え、ええ。確かに微笑まれました」

「ほらっ、やっぱり!」

 エイダはジュードの同意を得て嬉しそうにロイドを見ると・・・また微笑んでいた。こんな些細なことで無邪気に喜ぶ彼女に思わず微笑んでしまったのだろう。エイダは直ぐにロイドを勢い良く指差した。

「あっ、ほらっ、また!」

 今度ばかりはロイドも意識したようだ。笑みを引っ込め決まり悪そうな顔をすると指差すエイダの手を下すように自分の手を重ねた。咄嗟の事で避けることの出来なかったエイダは、どきりとしてしまった。軟弱だと思っていたロイドの手が意外にも大きく男らしかったからだ。

「人を指差すのは礼儀に反します。お止めなさい」

「じ、じゃあ、その手を離せ!」

 えっ?と思ったロイドは彼女の手を握っているのに気が付いた。またもや無意識の行為のようだ。自分でもらしくない諸々に混乱してしまう。


(私はいったい何をやっているのか・・・)


 エイダの手はロイド好みの可愛らしい小さなものでは無いが指が長く意外に華奢だった。その指と指の間に自分の指を滑らせて組めば細さを実感出来る。心地の良い刺激だ。

「な、ななな!何するんだ!」

 エイダはロイドから手を離して貰えるどころか更に指を絡められて仰天してしまった。

 エイダに何をすると言われてロイドは困ってしまった。


(本当に何をしたいのでしょうか・・・)


 困惑しつつも名残惜しんでその手を離した。そして咳払いを一つして口を開いた。

「―――何れにしても夕刻には二日間の成果を見させて貰いますからそのつもりで」

 ロイドはそう言い残してさっさと部屋から出て行ったのだった。

「何さ!あいつ・・・」

 エイダは絡みつかれたロイドの指の名残を払うように自分の両手を組み合わせた。しかしその指の感覚は消えなかった。指を絡められ握りしめられた時、今まで感じたことのない快感が背筋を走ったような気がした。たったそれだけなのに・・・

 それから不合格になる筈の無い試験に臨んだエイダは無事に合格した。気味が悪いくらいロイドは大人しかった。エイダは意気込んでいたが余りあっさり進むので気が抜けてしまった。だからその日の夜、二日ぶりにまともな時間に寝床に入ったものの寝付け無かった。夜になればある程度涼しくなるのだが今日は風も無く温度が下がらない寝苦しい夜だった。それよりも何故か腹が立って眠れなかったのだ。


「あ――っもぅ!何であいつの顔ばっかり浮ぶのさ!言いたい事があれば言えばいいのに黙ったままで頭にくるったらっ!」


 エイダは薄暗い天井に向って怒鳴ると勢い良く飛び起きた。

「ひと泳ぎして来よう」

 エイダは裸足のまま窓から続くバルコニーに出た。部屋は二階だがエイダなら飛び降りる事が出来る高さだ。長い廊下を歩いて外に出るよりずっと早い。エイダは躊躇せず、ヒラリと柵を越え下に降り立った。目指すは海岸と言いたいところだが流石に距離がある。取りあえず誰も使っていない無駄な庭園のプールへと向った。

「本当に金持ちや貴族は誰も使わないこんな無駄なものを造るのが好きなんだから。庶民には理解できないな。はぁ~あ、嫌だ、嫌だ。でも今日は感謝かな?」

 エイダは誰もいない真夜中だからと安心して夜着や下着を脱いで真っ裸になった。そしてたっぷりと水を張ったプールに飛び込んだ。冷たい水が全身を包み気持ち良く生き返るようだった。そして仰向けに浮んで夜空を見上げた。月は少し欠けているが明るく周りの星が霞んでいるようだった。それでも瞬く星が輝いていた。気分が良くなりだしたエイダは大好きなルルーの詩に勝手に曲を付けたものを口ずさみだした。


 ロイドは明け方近くまで仕事をする。睡眠時間はかなり短い。やる事が多すぎて寝ている時間が勿体無いのだ。だから最低限身体に必要な時間しか寝ない。それに何もかもが寝静まった真夜中は誰にも邪魔されず仕事が一番はかどるのだ。しかし今晩は違っていた。静かな筈の夜に水音が微かに聞こえて来た。水鳥でもいるのかと思ったが夜に鳥は活動しない。気になって仕方がなくなったが家人を呼ぶのも面倒で自分から確かめに行った。途中から聞こえるのは歌声だった。しかも好きなルルーの詩だ。

「この声は・・・エイダ?」

 そしてロイドは水面から身体を半分出しているエイダを見つけた。しかも彼女は裸だ。キラキラと雫が彼女を輝かせていた。楽しそうに歌うその声は同じく煌いているようだった。まるで船乗りを惑わす海の精霊のようだ。美しい声と姿で彼らを魅了し死の淵へと引き込むと云われる美しい死の使い―――

 ロイドは初めて全く趣味では無いものに魅入ってしまった。船乗りがそうであるようにフラフラと吸い寄せられるように近寄った。

「誰!」

 人の気配を感じたエイダが直ぐに反応し振向いた。

「ロイド卿!な、何しているのさ!」

 ロイドは、はっと我に返った。

「貴女こそ真夜中に何をしているのです。しかも裸で?」

 エイダは、ぎょっとして首まで水に浸かった。先日は腹が立って自分で裸になったが今日は恥ずかしかった。冷えた身体が再び、カッと熱くなるようだった。

「あ、暑かったから泳ぎに来たんだ!あんたは?」

「私はこの時間は仕事中です。外で不審な音がしたから見に来ただけです」

「だったら用は済んだだろう?早くあっちに行って!」

「貴女に命令される覚えはありません。貴女こそ帰るべきです。こんな真夜中に屋敷内をうろうろしていると疑われるでしょう?色々と・・・」

 ロイドは意地悪な顔をしていた。にこやかに見えてそうでは無いものだ。疑う色々とは・・・

「私が泥棒でもするって言いたいの?」

「そこまで言って無いでしょう?色々と言っただけで」

「同じじゃないかっ!私は――」

「静かに。皆が起きてしまいます」

 エイダは腹が立って仕方が無かったが我慢した。ロイドの挑発に乗っては苛々が増すばかりだ。意地悪をされたら無視するのが一番だ。

「・・・・・・部屋に帰ればいいんだろう。上がるからあっちを向いて!」

「ああ、どうぞ。私は構いませんから」

 あんたは構わないだろうが私が構うと怒鳴りたかったが、ぐっと我慢した。


(どうせ私なんか趣味じゃないんだから何とも無い訳ね。馬鹿!)


 エイダはムカムカとしながらロイドを無視して水の中から出て来た。ロイドは興味の無い振りをして内心ではかなり高揚していた。エイダの怒った顔が可愛く見えるのは仕事疲れのせいだと思った。丸い曲線を描く身体が綺麗だと思うのも同じく疲れのせいだと思うのだが・・・

「きゃっ!」

 あっという間だった。エイダが不覚にも足を滑らせ後ろに転んでしまったのだ。

「エイダ!」

 ロイドは慌てて助け起こしたが頭を打ったようでエイダは意識を無くしていた。

「エイダ、エイダ」

 名前を呼んで揺すってみたが意識が戻って来る様子が無かった。疲れが溜まっているせいもあるのだろう。呼吸は規則正しく心配は無いようだが・・・

「全く人騒がせな・・・」

 ロイドは育ちすぎているエイダを抱き上げついでに脱ぎ捨ててあった夜着と下着を拾って屋敷へ帰って行った。そしてエイダの部屋へと着いたのだが内側から鍵が掛かっていて入れなかった。拾った夜着に鍵は見当たらず、もちろん裸のエイダが持っている訳でもない―――

「まさかバルコニーから飛び降りたのか?」

 家人を起こして合鍵を用意させたとしても尋常じゃないこの様子は騒ぎになるだろう。そう思ったロイドは仕方なく自室へと向ったのだった。

「本当に困った娘だ」

 困ったと言いながらロイドの顔は微笑んでいた。


ラッキースケベ連発のロイドです(笑)エイダが彼のお気に入りになるまでまだ少しかかりますが、なったらなったで執着されそうで怖い感じです。

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