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ロイドの好み

「ちょっと、エイダ!あの態度は何!私に恥をかかせるつもり!」

 アリスが指定された部屋にエイダを突き飛ばすように押し込むなり激怒して言った。

「・・・・・・・・・」

 エイダは姉とは口論しない。口が達者なアリスに敵わないからだ。言い争うだけ無駄な体力を使うし最悪の気分になるのだ。

「ちょっと!何か言いなさいよ!また、だんまり?あんたなんかにロイド様は興味なんかないのだからね!勘違いしないでよ!分かっているの!エイダ!」

 アリスは何を勘違いしているのか・・・あのいけ好かない男に興味は全く無い。

「あの方は私が目を付けているのよ!後から来て色目使わないでよ!」

 エイダは大きな溜息をついた。

「あのね・・・姉さん。私が何をしたって言うの?あんな男、雇い主でなければ顎の骨を砕いてやっているわ。威張り腐って自分が上等だと思っている奴なんか大嫌い」

「本当?本当に本当?余計な手出ししないでよ。あなたは役に立って私の株を上げてくれたら良いんだからね。だいたいこんな上等な部屋を貰って羨ましいったら」

 癇癪はそれかとエイダは思った。待遇が良いと思ったのだろう。


(私は全然思わないけど・・・)


「ねえ、姉さん、コリーの所にちょっと行ってくれない?帰るって連絡していたから待っていると思うのよ。だから暫く行けないって」

「冗談じゃないわ。あんな辛気臭い所に行くなんて嫌よ。変な病気でも移ったら嫌だもの」

「姉さん!弟でしょう?一度くらい会ってくれたって」

 アリスが可愛らしい顔を醜く歪めた。

「弟?疫病神の間違いじゃない?あの子のせいで母さんは死んで父さんもそのせいで死んだようなものじゃない。お蔭で私は早々と働きに出なければならなかった。私の幼馴染達は親の保護の元で綺麗な服を着て恋人探しに夢中よ。本当にあんな子、生まれて来なければ良かったのよ!」

「姉さん!」

「早く、コリーに会いたければロイド様の言う通りに出来ることね。そうしたらちょっと会い行ける時間ぐらい貰えるでしょうよ」

 アリスはその後も棘のある言葉ばかりを残して部屋を出て行った。

「・・・ごめん。コリー・・・」

 エイダは可哀想な弟のことを思うと鼻の頭がツンとなる。涙が出そうになるのだ。ぐっと我慢しても今日は何だか駄目だった。久し振りにアリスとコリーの事を話したせいだろう。足の力も抜けてペタリと床に座り込むと目頭が熱くなり涙が溢れてきた。その時、ふいにアリスの出て行った扉が開いた。彼女がまた戻って来たのだろうか?へたり込んだまま振向いたエイダの目に入って来たのは、この屋敷の主ロイドだった。

 ロイドはもう一つ申し渡すのを忘れていたのを思い出してやって来た。すると何やら言い争う声がしてアリスが口汚く悪態を付き凄い形相で飛び出して行くのを見かけた。いつも楚々とした可愛らしいアリスの彼女のらしからぬ態度。


(まあ・・・そんなものでしょうね・・・実際)


 早々自分好みはいないと実感したロイドだったが部屋の中が余りにも静かなので思わず、そっと扉を開けてしまった。するとあの威勢の良いエイダが床に力なく座り込んでいた。そして彼女が振向くと―――涙を浮かべていた。その涙が、すっと頬を滑り落ちた。

 二人は一瞬無言で見詰め合ってしまった。

 エイダは、ぐいっと乱暴に涙を拭くと勢い良く立ち上がった。

「何?何か用事!」

 ロイドは我に返った。


(どうしたと言うんだ?何を呆けて・・・)


「アリスは?」

 さっき出て行ったのを見ているのにそう聞いてしまった。

「姉さんならさっき出て行った」

「そう・・・」

 答えたのに一向に出て行こうとしないロイドにエイダは苛立った。それに泣き顔を見られたのが恥ずかしかった。

「まだ何か用?」

 ロイドは涙の残るエイダの顔が気になって仕方が無かったが用件を切り出した。

「―――その服装を改めるように注意しに来ました」

 エイダは、カッと頭に血が上った。これは動きやすく丈夫なので結構好きな格好だった。

「これのどこが悪いのさ!」

「裸同然でしょう?女性ならもっと慎ましやかにするべきです」

「裸だって?王様の後宮の女達の方がもっと露出が高いって聞いているよ!」

「どこの王の後宮の話ですか?この国の王は後宮で女達を囲っていません。随分古い話のようですね」

 エイダは否定され続け完全に頭に血が上った。こんなに怒ることは滅多にない。だから自分でも驚く行動に出てしまった。いきなり自分のシャツに手をかけ勢い良く脱ぎ捨てた。もちろんそうすれば窮屈に納まっていた大きな胸が弾むように飛び出し揺れた。

「これが裸だろう?さっきと同じと言わせないよ!」

 そう叫んだエイダは更にスカートに手をかけた。唖然として声を無くしていたロイドは流石に慌ててその手を止めた。

「止めなさい!」

「離せ!裸とさっきの格好が同じかどうか比べて見ろよ!」

「分かった、分かったから!止めなさい!」

 二人は揉み合っている間にとうとうエイダを下にして倒れ込んでしまった。


(ん?柔らかい??)


 ロイドは、ぎょっとしてしまった。自分の顔がエイダの豊満な胸に埋まったのだ。慌てて起き上がろうとした手がその胸を掴んでしまった。

「うわっ!」

 何とも言えない感触に動揺してしまう。好みとしては青い果実のような成熟していない胸だ。それは硬くて決して手で掴めるようなものではないし手に余るものでもない。

「申し訳無い。失礼した」

 動揺を隠して謝罪の言葉を述べたが声は裏返っていた。それでも常識あるロイドらしく自分の上着を脱ぐと視線を外しながらエイダの肩にそれを掛けた。そして彼女の顔を見れば頬を紅潮させ瞳は燃えるよう揺れて激昂していた。

「そ、その・・・」

 いつも次から次へと頭に閃き止めどなくスラスラ出る言葉が出て来ない。

「出て行って!あんたの言う通りちゃんとすれば文句は無いだろう!」

 エイダは自分では吼えるように言ったつもりだが可愛らしい声では迫力は無かった。子犬がキャンキャン吼える程度だろう。それでもロイドを追い出すのに問題は無かったようだった。

「本当にいけ好かない奴!絶対に見返してやる!」

 とロイドが出て行った扉に向って宣言したエイダはその後、老婆か修道女のような服装をした。生地の色は灰色で肌の露出が少なく身体の線は出ない、ゆったりとしたものだ。それは品があっても若々しさは無くエイダの魅力を大幅に半減してしまうものだった。それでもエイダは満足していた。その格好でロイドに最初会った時に彼は嫌な顔を一瞬したが文句は言わなかったからだ。


(当然!言われた通りにしているんだ!)


 エイダはちょっと勝った気分になった。しかしそれからはかなり負けそうな気分だ。次から次へと押し込まれる課題で気が変になりそうだった。それでも負けず嫌いのエイダは努力を惜しまなかった。

「はぁ――っ、ちょっとだけ休ませて」

 エイダは教本をパタンと閉じて机に上半身を投げ出した。すると付きっ切りでエイダの教育係りの手配と調整をしているジュードが笑った。

「エイダさん、本当に良く頑張りますね。感心します」

「だって今日が試験最終日だろう?頑張らないといけないからね。そうじゃないとあの嫌味虫から追い出されてしまうし」

「嫌味虫?ぷっぷぷ、ロイド卿のことですね?」

「それ以外いないだろう?」

 ジュードは本格的に笑い出した。

「はははっ、でも本当に珍しいことなんですよ」

「何が?」

「嫌味の応酬が、ですよ。仕事絡みでは全く出しません。仕事で関係した方々に聞かれると分かりますが誰もがロイド卿には好印象しか無い筈です」

「はぁ?あれで?」

「はい。大事な取引相手に卿は完璧な好人物を演じますからね」

 エイダは大事な、と言う部分が引っかかった。

「私がそれじゃ無いからだろう?」

「いいえ、滅相も無い!私は通訳出来る人材を国中探しても見付からなかったのですからエイダさんと巡り合えたのは奇跡ですよ」

「えっ?でもいつでも追い出すような感じで言っていただろう?」

 エイダの疑問は最も、だ。ジュードは喋りすぎたと思った。

「いや・・・あの・・・だから珍しいなぁ~と思って・・・」

 取り繕うつもりがまた余計な事を言ってしまった。しかも最後まで納得いく答えを貰うまでエイダは引かないだろう。この二日間彼女を見ていてそんな性格だと感じた。何でも只丸呑みで覚えるのでは無くて分からないことは納得するまで問い詰めていた。初め彼女を馬鹿にして真剣みの無かった教師達も段々と力を入れて教え始めたぐらいだ。

「期日が迫る中で貴女しか望みが無いのです。それなら貴女の機嫌を損ねるのは得策では無い筈です。ロイド卿なら貴女を怒らせることなくこの難関を突破出来ると思います。それがあれでしたから驚いたのですよ。貴女が卿好みならまだ話しは分かりますが・・・」

 先日もロイド本人から趣味では無いとか言われた。

「あいつの好み?それってどんな?」

「あ~いやぁ~その・・・」

「何?」

 エイダは追求を止めない。

「そ、その・・・卿は可愛らしいものがお好きでして・・・」

「可愛い?―――それって人?それとも物?」

「どれという観念は無いようです」

「じゃあ・・・人ならアリスみたいな感じ?」

「えっ、ええ・・・まぁ、そんな感じでしょうか」

「ふ~ん」

「あっ、でも気に入られない方が良いのですよ!卿は気に入ったものに困った顔をさせるのがお好きでして、それこそ嫌味はもちろんですし意地悪されます!」

「―――変な奴」

「そ、そうでしょう?」

 エイダとジュードは何だか可笑しくなって笑った。

「二人で何笑っているのですか?そんな愉快な時間を過ごす暇は無い筈でしょう?」

 噂をすればロイドが急に現れた。嫌味な態度は健在だ。ジュードの話しからすると気に入られる要素の無いエイダにこの態度は不可解なものだった。


(よっぽど私が嫌いなんだろうね)


 好みの正反対は嫌いと言う訳だ。考えなくても単純明快な答えだろう。

「今晩の食事の前に試験を行います。もちろん食事の仕方も試験のうちです」

 チラリと視線を流しただけで冷たく言うロイドに反感を感じるエイダだったが憤りを抑えて静かに立ち上がった。そして返事の代わりに頭を少し下げた。


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