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可憐な声

「そ、その声・・・」

「恥ずかしいからあんまり喋りたくなかっただけ」

 確かに本人からすれば恥ずかしいだろう。見かけと正反対の声をしているのだ。可愛らしい子供のような声だ。アリスなら分かるがとても彼女の口から出たとは思えない。ロイドとしては見かけさえ違っていれば背筋が、ぞくり、とするぐらい胸が騒ぐものだ。


(声は好みですがね・・・しかし声だけでは・・・残念・・・)


 しかしロイドは残念がっている場合では無かった。今は趣味よりも仕事が優先だ。能力について幾つか試した結果、予想より満足出来る結果だった。

「まだ数日の猶予があります。専門用語と作法はその間に覚えて貰いましょう」

「作法?どうして?」

「相手をして貰うのはサイルド国の王子ですから失礼があっては困ります。宮殿で仕事して貰いますから必要でしょう。それはそうと・・・サイルド語は丁寧な言葉でお願いします。出来ますか?」

 ロイドにしては珍しい言い方だった。初対面の相手・・・しかも大事にしなければならない貴重な人材なのだから丁寧に対応するのが普通だ。それなのに?もちろん気に入ったものにはロイドの趣味でこんな態度をとる。好む相手には意地悪したくなるのだ。しかし彼女にはロイドが好む要素は見付からないから不思議だった。しかも仕事が絡めば趣味は後回しするのに?

 ロイドはエイダが行儀悪いガサツな女だと決め付けていた。もちろんエイダはそれを感じるのだろう、ムッとした顔をしている。

「報酬は?金次第でしてやってもいい」

 可愛らしい声から聞きたく無いような俗世にまみれた言葉に、今度はロイドが珍しく不快な顔をした。エイダの声は無垢な感じかもしれないが紡ぐ言葉は悪夢のようなものだ。

「金、お・か・ね。たっぷりくれるって姉さんから聞いたから来たんだ。割に合いそうに無かったら船に戻る。良い話しがあるからね。どう?澄ましたお兄さん?」

 何が無口なのだとロイドはアリスに問いたかった。本当に無口ならこんなに次から次へと言葉が出て来るわけが無い。しかも棘だらけだ。

「もちろん報酬は満足出来る額だと思います。ただし、しっかり役目を果たしてくれたらの話しです。支払うものに見合うものを示してもらいたいですね。それなりに仕事をなさっている貴女なら当然ご理解して頂けると思いますが?」

 ロイドは柔和な笑みを浮かべて嫌味を言った。ジュードは珍しいものでも見るように上司を見た。


(どうしたのだろうか?ロイド卿らしくない)


 挑戦的な瞳をしていたエイダは提示された金額を見て舌打ちをした。ロイドが気に入らないから断ろうかと思っていたが報酬の大きさに断るのを諦めた。

「金額は気に入って頂けたようですね?商談成立で宜しいでしょうか?」

 ロイドの勝ち誇ったような声音に、むっとしたエイダはやはり蹴ってしまおうかと思い始めた。ロイドが嫌味な微笑みを浮かべて持つ紙に走り書かれた金額を見ればそれも出来ない。それは自分が一年間稼ぐ金額と同じ額だった。それが短期間で手に入る・・・


(これだけあれば病院の支払いも楽になるし仕事を少なくして一緒にいてやれる時間が増やせる・・・)


 エイダ達姉妹には生まれてからずっと病院暮らしの小さな弟が居た。母は病弱な弟を産んで直ぐに死んでしまった。元々面倒な事を嫌う父は足手まといにしかならない子供を疎ましく思い母を失った悲しみからか酒に溺れた。そして揚句の果てに泥酔して事故死してしまった。

残されたのは明日をも知れない病気の弟と自分のことしか考えない姉のアリスだけだった。アリスは、さっさと家を出て自活を始め、今では大きなお屋敷の住み込みの召使いに納まっていた。もちろん可哀想な弟コリーの事は頭の片隅にも無い感じで一度も病院へ足を運んだことは無かった。だから当然、お金を出すこともしない。そんなところは父親に良く似ている。自分勝手で自己中心。それでも誰からでも構われ好まれる容姿を武器に世間を渡り歩くのに長けている。不器用なエイダにはとても真似は出来ないものだ。その姉から珍しく会いに来たと思ったのだが・・・


(姉さんが私の得になる話を親切に持って来る筈がないとは思っていたけどね・・・)


 多分この新しい主を狙っているのだろう。困っている所を助けて心証を良くしたい考えだろうと思った。王宮の重臣のようで金持ちそうだ。それに容姿も問題ない。愛人にでも納まれば万々歳だろう。


(・・・こんな奴、私は嫌だけどね)


 弟の面倒を全て見ているエイダは高額な医療費を賄う為に危険な仕事をしている。その仕事の合間を縫ってコリーと会ってはいても殆ど一緒に居てやれる時間が無くいつも寂しい思いをさせていた。小さいのに寂しいと甘えない弟が可哀想で仕方が無かった。エイダは断りたい気持ちを抑えて頷いた。ロイドの嫌味よりも弟の喜ぶ姿が目に浮かんで断りきれなかった。

「やればいいんだろう!やれば!」

「やり直し。お受けさせて頂きます――と言いなさい」

 今までの嫌味でも柔らかな物言いをしていたロイドが、ガラリと言い方を変えて有無を言わさない命令調になった。

「なっ!」

「聞こえなかったのですか?時間が無いのだから直ぐにやりなさい。それとも辞めますか?」

 冷たく命令するロイドに反発したい気持ちをエイダは必死に抑えた。そして、キッとロイドを睨んでその反抗的な態度に似つかわしく無い声を出した。

「お、お受けさせて頂きます・・・」

「・・・・・・・・・」

 二人は無言で見つめあったが、ロイドが先に視線を外した。

「ジュード、直ぐに彼女に付ける教師を手配して来て下さい。貴族の常識一般と王宮関係の礼儀作法。もちろん食事にダンスにと全て網羅するように」

「す、全てでございますか?」

 ジュードは驚いて聞き返してしまった。

「もちろん。私の方針は知っていますでしょう?より完璧を目指す。それだけです」

 不服そうにしているエイダにロイドは意地悪く視線を流した。エイダは、ぷいっと顔を横に向けた。

「じゃあ、もう今日はいいだろう。帰らせてもらうよ」

「待ちなさい。誰が帰って良いと言いましたか?貴女の時間はもう私に買われたのです。自由などありません。もちろん貴女が何処に出ても恥ずかしく無い貴婦人のように完璧に出来ると言うのなら別ですが?」

「なっ!」

 勝ったと言うような顔をしているロイドの顎を蹴り上げたかった。エイダの武器は鋼鉄の靴だ。硬くて軽い鉱物を靴に仕込んだそれはエイダの繰り出す足蹴りで肉を裂き骨をも砕く強力なものだった。身軽で脚力の強い彼女だからこそ使いこなせるものだろう。組み手の師匠はいるがこの武器は彼女が努力して鍛錬したものだ。仲間内ではエイダを〝鋼の舞踏〟と呼び一目置いている。

 嫌味よりも自分を買ったと言われたことがエイダの勘に触った。まるで金で売り買いされる奴隷のような気分だ。人権を無視された彼らの扱いをエイダは良く知っている。人買いを生業にしている船にも何度か乗った事があるのだ。仕事とは言っても嫌な気分だった。自分も今、そんな感じだろう。


(金持ちは金を払えば何でも許されると思っている・・・コリー、会いに行けなくて、ごめん。ちょっとだけ待っていて・・・)


 エイダは、ギラリとロイドを睨み彼の鼻先に触れるか触れないかの距離で、ヒュンと足を宙で回した。澄ました顔が気に入らなかったから脅したかった。驚いて腰を抜かして尻餅でもつけば良いと思ったのだった。

「きゃ――っ、何をするの!エイダ!」

 アリスが叫び、ジュードは仰天したが、肝心のロイドは瞬き一つせずにエイダの繰り出した足を難なく掴んだ。

「は、放せ!」

 エイダは片足を掴まれてよろめきながら言った。しかも内心は動揺していた。エイダの必殺の蹴りを目視して止めた者は師匠以外今まで居なかったのだ。

「本当に行儀が悪いですね。通訳が上手く出来るかと言う心配より此方の方の心配をしなければならないとは・・・頭が痛いですね」

「放せったら、放せ!」

「もう二度としないと約束しないと放しません」

「約束なんか出来ないね!これが私の武器なんだからね!それともそうやって私の足を持って丸見えの下着を見る趣味?」

 ロイドは珍しく、ぎょっとして手を、ぱっと離した。何となく構っていた自分に驚いたのだ。しかも確かに妙齢の女性の足を開かせた状態を見下ろしていた。エイダの反発が何となく可愛く思えて・・・


(可愛い?馬鹿なことを)


 ふと浮んだ感情をロイドは否定した。いずれにしても彼女を躾けるのは骨が折れそうだ。しかし困難であればあるだけ意欲が増してくる。ロイドは咳払いをした。

「エイダ、二日だけ時間をやります。それまでに私が良いと思える線まで出来なければこの話は無かった事にします」

 彼女しか頼れないと思わせてしまえば甘えるだろう。期限を切って駄目なら切り捨てると言えば必至になるだろうとロイドは思った。通訳は絶対に必要なのだからエイダを首にすることは出来ない。それなのに心にも無い条件を言った。

「金はいつ貰える?」


(また金か・・・浅ましいものだ・・・)


「全部終ってからです」

「前金は貰えないのか?」

 病院の支払いが迫っている。昨日までの稼ぎを入れて次の仕事が終るまで少し待ってもらうつもりだった。だから出来れば欲しいのだが・・・

「それは呑めません。前金を貰って姿を消されたら困りますからね」

 エイダは、カッとなって目を剥いた。

「そんなことはしない!今までだってそんな不義理な仕事をしたことは一度も無い!」

「今までの雇い主との間には信頼関係はあるでしょうが、私は貴女と初めて取引をするのです。信用するまでの付き合いではない。そうでしょう?」

 信用していないと、はっきり言われたエイダはかなり落ち込んでしまった。用心棒を始めた頃を思い出す。女だから若いからと信用されなくてつらい思いは沢山した。いきなり、しゅんとして沈んでしまった様子にロイドが驚いたぐらいだ。

「分かった――色々と・・・ごめん・・・なさい」

 小さく謝る声が弱々しく可愛らし過ぎてロイドは、ドキリとしてしまった。


(ほ、本当に声だけは私好みなんですけれどね・・・)


「分かってくれれば良いです。今日から貴女は此処に住んでもらいますが、要るものは揃えます。だから金銭の必要は無いでしょう」

「ここに住むだって!」

「もちろん。何をそんなに驚いているのですか?当然でしょう?貴女は寝る暇も無い筈です」

「あ、あんたもここに住んでいるんだろう?」

「ええ、もちろん。―――ああ、何をそのように驚いているのかと思ったら」

 ロイドが愉快そうに笑い出した。

「な、何!」

「くくくっく・・・別に私と一緒の部屋で寝泊りする訳でも無いのですよ。部屋は多すぎる程あります。くくっく・・・それに貴女は私の趣味では無い」

 エイダは真っ赤になってしまった。意識し過ぎていた自分が恥ずかしくなった。

「ロイド卿、今のお言葉は女性に対して少し失礼かと思います。どうなさったのですか?卿らしくありませんよ」

 ジュードがロイドから何故か攻撃を受けるエイダが気の毒になって庇った。それを受けたエイダが少し、ほっとして嬉しそうな顔をした。険悪になりつつある雰囲気に揉め事を避けるアリスが庇うとは思えず、誰も味方がいないと思っていたエイダは嬉しかった。


(私らしくない?・・・・・・)


 ロイドは嬉しそうにジュードへ会釈するエイダを見て、ムッとした。

「ジュード、此処でぐずぐずして意見を言う暇があったら直ぐに行きなさい」

「は、はい!」

 ジュードはロイドから追い出されるように慌てて部屋を出て行った。

「アリス、彼女に部屋を用意してあげて下さい。西側の奥の客間が良いでしょう。そこなら広いから先生方を招き入れても大丈夫でしょうからね。お願いしますよ」

「西の客間ですか・・・はい、畏まりました、ご主人様」

 何かもっと言いたそうなエイダを引っ張るようにアリスが連れて出て行った。その後ろ姿をロイドは溜息混じりに見つめたのだった。


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