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行方知れずを望んだ王子と、その結末 〜王子、なぜ溺愛をするのですか!?〜  作者: 長岡更紗


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30.二十日目。疑わない王子様

ブクマ116件、ありがとうございます!

 いよいよ明日は建国祭だ。

 昼前まで宿でゆっくりしていた私たちは、さすがに腰を上げて王都を目指した。

 知り合いに会う可能性もあるので気を揉んだけれど、パレード目当てにあちこちから人々が集まっていて、うまい具合に人に紛れることができた。

 町外れだったけれど宿も手配できて一安心だ。

 リスクを減らすべく、城下には行かずに宿で時間を潰す。

 移動だけでほとんどの時間が消えてしまった。

 もう明日がパレードだなんて……イライジャ様とお別れだなんて、信じられない。


 狭く質素な宿ではあったけれど、ここもあの小屋と比べれば天国のような場所だ。

 雨で濡れたマットはもう乾いているだろうなと思いながら、荷物を整理する。

 ふと手に触れる、冷たい感触。取り出すと、からになった香水の瓶が姿を現した。


「その香水にも世話になったな」


 後ろから顔を覗かせるイライジャ様。私の手に握られた瓶を、同じように後ろから伸ばされた手が、私ごと優しく包んでいる。


「まさか、この香水がなくなる日が来るとは……」

「ほぼ毎晩であったからな」


 はははと笑うイライジャ様に、私は少し呆れ顔を向けた。

 これはイライジャ様と別れた後も、大事に置いておきたかったのに。


「足りぬようなら、またプレゼントするが」

「そういうことではないのですが……」


 イライジャ様が私の後ろ髪を撫で、そのまま前へと寄せた。うなじが外気に触れると同時に、イライジャ様の吐息を感じさせられる。

 ほんのり湿り気を帯びたくちびるが、私の左耳に寄せられてぴくんと動いてしまう。


「イライジャ様……っ」

「そなたはもう、香水に頼る必要はない。違うか?」


 最初は香水のせいにしていた交わり。始まりの合図となっていた香水。

 確かに今はもう、必要としていない。

 月下の踊り子がなくても、私たちは自然と体を重ね合える関係になってしまった。


 それでも後ろから鎖骨に手を這わせられると、乙女のように鼓動が鳴るのです。


 今日で最後。

 明日の今頃は、互いに違う道を歩まなければならないのだから。


「愛している」


 何度も言ってくれたこの言葉も、もう聞けなくなる。

 ちゃんと覚えておかなくては。そうすれば、一人になっても生きていく糧になる。

 寄せられる想いを噛み締めていると、イライジャ様が息を吐いた。


「クラリス……そなたは……一度も好きだと言ってくれないな」


 悲しげな声が出されて、私は慌てて振り返る。

 私がなにも応えていなかったこと……気にしておられたのか。


 見上げた先の瞳に、いつものような煌めきはなくて。凛々しいはずの眉が、ゆるりと下がっていて。


「そなたの、心が知りたい」

「イライジャ様……」

「俺のことを好いていると思っていたのは、俺の勘違いか? 俺が王族だから、断れなかっただけか?」


 まさかイライジャ様がそんなことを思い悩んでいただなんて、気づきもしなかった。

 いつも楽しそうで、嬉しそうで、幸せそうだったから。

 いつだって自信満々だったから、疑っていないと思っていたけれど……。


 私はなんと答えれば良いのだろう。

 素直に愛しています、と?

 そうすれば、きっとイライジャ様は喜んでくださるだろう。けれど明日が永遠の別れになるのだ。なんでも素直に伝えれば良いというわけではない。


 ならば、愛していないと答えるか。

 イライジャ様のために、仕方なく抱かれていたのだと。

 傷つけるとわかっている。けれどそう言った方が、別れた後に前を向けるかもしれない。


「答えられないのか、クラリス」

「私……私は……」


 言わなければ。

 愛してなどいないと。

 イライジャ様の勘違いで、仕方なく抱かれていたのだと。

 伝えなければ。鉄の意志を持って。


「クラリス……俺はそなたを、心の底より愛している」

「イライジャ様……私も愛しております……!」


 なにを! 言っているというのか!! 私は!!

 鉄の意志はどこへお散歩中ですか!!!!


 あああ、イライジャ様のほっとしたお顔が可愛らしゅうございます……!

 愛してないだなどと、言えようはずがないではないですか……!

 だって、これほどまでに愛してしまっているのですから……っ


「まったく、そなたは焦らすのがうまい」


 部屋に花が咲きそうなほどの笑顔で、私の髪を指でなぞるように撫でていく。

 そのままゆっくりと腰まで下ろされたかと思うと、ぐんっと体を引き寄せられた。


「イライジャさ、ま」

「愛している。そなたももっと言ってくれ」

「そんなこと、恐れ多くて……」

「言わなければ、こうだ」

「んっ」


 イライジャ様に強くくちびるを塞がれてしまう。こんなの、ずるいのですが!


「ぷはっ」

「言う気になったか?」


 言わなければ、キス攻撃が終わらないということですね!?

 もう、この王子様は……!


「……私も、愛しております」


 あああ、顔が熱い。

 想いを伝えるというのは、こんなにも嬉しくて恥ずかしい。


「クラリス、もう一回」

「……愛しています」

「もう一回」

「愛しています!」


 一体何回言わせるのですか!

 嬉しそうなんですから、もう。


「ははっ、少しは慣れたか?」

「な、慣れません……っ」


 愛してると言うたび、心臓が飛び出すのではないかと思うほど跳ねているのですから!


「かわいいな、そなたは。顔を真っ赤にさせて」


 誰のせいだと思っておいでですか……! イライジャ様のせいなのですからね!?


「もう一度言ってくれるか」

「何度言わせるおつもりですか!」

「何十回でも、何百回でも、何万回でも聞きたいが?」

「そんなに言えません!」

「言える。俺は一生、クラリスのそばにいるのだから」


 私が一生そばにいると信じて疑わない言葉。

 明日私が消えれば、裏切られたと思うだろう。きっと、たくさん傷つける。

 なのにもう、愛していないとは言えなくて。


「イライジャ様……私はあなたを愛しています」


 きっと、一生。

 イライジャ様が私ではない誰かと結婚しても。

 私はきっと、イライジャ様だけを想って生きていく。その確信がある。


「クラリス。俺もそなたを愛している」


 そうしてまた塞がれるくちびる。

 結局、愛していると言っても言わなくても、キスはなさるのですね。


 明日は建国祭。

 これがイライジャ様と過ごす、最後の夜になる。


 何度伝えても足りないくらいに、私の想いは溢れ続けて──


 私たちは初めて、月下の踊り子をつけることなく、愛を交わし合った。


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ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。
サビーナ

▼ 代表作 ▼


異世界恋愛 日間3位作品


若破棄
イラスト/志茂塚 ゆりさん

若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
この国の王が結婚した、その時には……
侯爵令嬢のユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。
政略ではあったが、二人はお互いを愛しみあって成長する。
しかし、ユリアーナの父親が謎の死を遂げ、横領の罪を着せられてしまった。
犯罪者の娘にされたユリアーナ。
王族に犯罪者の身内を迎え入れるわけにはいかず、ディートフリートは婚約破棄せねばならなくなったのだった。

王都を追放されたユリアーナは、『待っていてほしい』というディートフリートの言葉を胸に、国境沿いで働き続けるのだった。

キーワード: 身分差 婚約破棄 ラブラブ 全方位ハッピーエンド 純愛 一途 切ない 王子 長岡4月放出検索タグ ワケアリ不惑女の新恋 長岡更紗おすすめ作品


日間総合短編1位作品
▼ざまぁされた王子は反省します!▼

ポンコツ王子
イラスト/遥彼方さん
ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。
真実の愛だなんて、よく軽々しく言えたもんだ
エレシアに「真実の愛を見つけた」と、婚約破棄を言い渡した第一王子のクラッティ。
しかし父王の怒りを買ったクラッティは、紛争の前線へと平騎士として送り出され、愛したはずの女性にも逃げられてしまう。
戦場で元婚約者のエレシアに似た女性と知り合い、今までの自分の行いを後悔していくクラッティだが……
果たして彼は、本当の真実の愛を見つけることができるのか。
キーワード: R15 王子 聖女 騎士 ざまぁ/ざまあ 愛/友情/成長 婚約破棄 男主人公 真実の愛 ざまぁされた側 シリアス/反省 笑いあり涙あり ポンコツ王子 長岡お気に入り作品
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▼運命に抗え!▼

巻き戻り聖女
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ロゴ/貴様 二太郎さん
巻き戻り聖女 〜命を削るタイムリープは誰がため〜
私だけ生き残っても、あなたたちがいないのならば……!
聖女ルナリーが結界を張る旅から戻ると、王都は魔女の瘴気が蔓延していた。

国を魔女から取り戻そうと奮闘するも、その途中で護衛騎士の二人が死んでしまう。
ルナリーは聖女の力を使って命を削り、時間を巻き戻すのだ。
二人の護衛騎士の命を助けるために、何度も、何度も。

「もう、時間を巻き戻さないでください」
「俺たちが死ぬたび、ルナリーの寿命が減っちまう……!」

気持ちを言葉をありがたく思いつつも、ルナリーは大切な二人のために時間を巻き戻し続け、どんどん命は削られていく。
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最後に訪れるのは最高の幸せか、それとも……?!
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
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▼行方知れずになりたい王子との、イチャラブ物語!▼

行方知れず王子
イラスト/雨音AKIRAさん
行方知れずを望んだ王子とその結末
なぜキスをするのですか!
双子が不吉だと言われる国で、王家に双子が生まれた。 兄であるイライジャは〝光の子〟として不自由なく暮らし、弟であるジョージは〝闇の子〟として荒地で暮らしていた。
弟をどうにか助けたいと思ったイライジャ。

「俺は行方不明になろうと思う!」
「イライジャ様ッ?!!」

側仕えのクラリスを巻き込んで、王都から姿を消してしまったのだった!
キーワード: R15 身分差 双子 吉凶 因習 王子 駆け落ち(偽装) ハッピーエンド 両片思い じれじれ いちゃいちゃ ラブラブ いちゃらぶ
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異世界恋愛 日間4位作品
▼頑張る人にはご褒美があるものです▼

第五王子
イラスト/こたかんさん
婿に来るはずだった第五王子と婚約破棄します! その後にお見合いさせられた副騎士団長と結婚することになりましたが、溺愛されて幸せです。
うちは貧乏領地ですが、本気ですか?
私の婚約者で第五王子のブライアン様が、別の女と子どもをなしていたですって?
そんな方はこちらから願い下げです!
でも、やっぱり幼い頃からずっと結婚すると思っていた人に裏切られたのは、ショックだわ……。
急いで帰ろうとしていたら、馬車が壊れて踏んだり蹴ったり。
そんなとき、通りがかった騎士様が優しく助けてくださったの。なのに私ったらろくにお礼も言えず、お名前も聞けなかった。いつかお会いできればいいのだけれど。

婚約を破棄した私には、誰からも縁談が来なくなってしまったけれど、それも仕方ないわね。
それなのに、副騎士団長であるベネディクトさんからの縁談が舞い込んできたの。
王命でいやいやお見合いされているのかと思っていたら、ベネディクトさんたっての願いだったって、それ本当ですか?
どうして私のところに? うちは驚くほどの貧乏領地ですよ!

これは、そんな私がベネディクトさんに溺愛されて、幸せになるまでのお話。
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
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▼決して貴方を見捨てない!! ▼

たとえ
イラスト/遥彼方さん
たとえ貴方が地に落ちようと
大事な人との、約束だから……!
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当主の息子セヴェリは、誰にでも分け隔てなく優しいサビーナの主人であると同時に、どこか屈折した闇を抱えている男だった。
そんなセヴェリを放っておけないサビーナは、誠心誠意、彼に尽くす事を誓う。

志を同じくする者との、甘く切ない恋心を抱えて。

そしてサビーナは、全てを切り捨ててセヴェリを救うのだ。
己の使命のために。
あの人との約束を違えぬために。

「たとえ貴方が地に落ちようと、私は決して貴方を見捨てたりはいたしません!!」

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誰より自由で、幸せにするために。

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キーワード: R15 身分差 NTR要素あり 微エロ表現あり 貴族 騎士 切ない 甘酸っぱい 逃避行 すれ違い 長岡お気に入り作品
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キーワード: R15 残酷な描写あり 魔法 日常 年の差 悲恋 騎士 じれじれ もだもだ 両思い 戦争 継承争い 熟女 生きる指針 メリーバッドエンド


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