MELLOW
カフェラテを飲みながら時計を見る。
待ち合わせの時間まであと10分。
会ったら何を話せばいいんだろう。
本当に許してくれるのかな…
有紗は、待ち合わせをしていた。
大事な親友と。
ずぶ濡れになった2人は、有紗の部屋に行き、
一緒にシャワーを浴びてから愛しあった。
いっぱい愛しあったあと、長谷川は三ツ屋から聞いた話をした。
「そっか…英明はわたしに幻滅しなかったの?」
「まったくしなかったといえば、嘘になる。けど、それ以上に有紗を手放してしまった自分自身が一番許せなかった」
「英明は悪くない!悪いのは全部…」
「もういいって。過去の話はやめよう。俺たちは元に戻ったんだし」
そうかもしれない。
本当に長谷川と元に戻れたことに、幸せを感じている。
「ありがとう」
有紗は嬉しさのあまり、英明に抱きついた。
その英明が言ってくる。
「もう一人、有紗は元に戻らないといけない子がいるんじゃないのか」
それが誰だかすぐにわかった。
けど、英明よりもこっちのほうが絶対に元に戻れないと思う。
泣きながら本気で止めてくれたのに、わたしは止まらなかった。
わたしが女として生きていけるように、あれだけ協力してくれたのに。
一緒に買い物をしたり、ホットヨガにいったり、キャバクラで働いたり、
家に泊ったり…女になってから本当に一番の親友だったのに。
「今さら無理だよ…」
「そんなことないよ。実は三ツ屋さんから伝言があって、連絡すれば許すって」
信じられない…
「ホントに?ホントにそんなこと言ってたの??」
「ああ。けどいきなり有紗からだと連絡しづらいだろうから俺が連絡するよ。それで2人で会って話すんだ」
「でも…」
会う勇気も話す勇気もない。
「親友だったんだろ?なら大丈夫!」
そういって、クシャっと頭を撫でてきた。
わたしは…仲直りできるのだろうか。
あと5分…
時間が近づくたびに緊張が増してくる。
すると、店内に人が入ってくるのが見えた。
その人物こそ、有紗が待ち合わせていた人だった。
久しぶりにみたその姿は、以前と変わらず美しいままだ。
歩いてくる最中に目が合う。
しかし、向こうは無反応だ。
表情もまったく変えないので一気に気まずさが増してくる。
そして、無言のまま対面の席へ座った。
重たい空気だけが流れる。
「は、半年ぶり…だね」
やはり無反応だ。
この空気に耐えられない。
本当に許してくれるのかな…
いや、許してもらうために会ったんだ。
一度小さく深呼吸をしてから有紗は言った。
「本当にごめんなさい!わたしがバカでした…」
それを聞いた聖菜が「ふう」と一息ついた。
そして、やっと口を開く。
「だから言ったでしょ、バカなことはやめてって。三ツ屋さん、真子さん、それと長谷川さん、いろんな人を傷つけて。自分が傷ついたからって他の人を傷つける権利なんてないんだよ。それでいて自分が一番傷ついて」
その通りだ。
何も返す言葉がない。
「本当にバカだよ、有紗」
あの日の最後と同じように、聖菜は呼び捨てだった。
「ごめんなさい…」
「ちゃんと反省してる?」
「はい」
「ならいいけど」と言ってから聖菜は続けてきた。
「実はちょっとだけ嬉しいこともあったんだよ。有紗さ、あの日わたしのことなんて呼んだか覚えてる?」
それは鮮明に覚えてる。
親友のことを初めて苗字じゃなく、名前で呼んだから。
「覚えてる…聖菜って呼んだ」
「やっと名前で呼んでくれたって思ったよ。ずっと苗字でしか呼んでくれなかったから。あんな状況だったけど」
「相原…」
それを聞いて、聖菜がわざとらしく大きなため息をつく。
「人の話聞いてた?名前で呼ばれて嬉しかったっていったのに、なんでまた苗字に戻るわけ?わたしたち親友だよね?」
なんかこの感じ懐かしい。
いつも相原…ううん、聖菜のペースだったよね。
「ごめん…聖菜」
聖菜の顔が笑顔になる。
やっと笑顔を見せてくれた。
「いいよ、許す。そのかわり、今後はちゃんとわたしの忠告を聞くこと!わかった?」
「はい…」
そう答え、ややあってから2人は笑い出した。
そして、聖菜が立ち上がって有紗に抱きついた。
「会いたかったー」
有紗も聖菜に抱きつく。
「わたしもー」
やっと聖菜とも和解することができた。
これで全てが元に戻った。
今度こそ、女としての本当の人生を歩んでいける。
有紗はそう思った。
「かわいいなぁ」
有紗は、真子の赤ちゃんの大翔を抱っこしている。
「でしょ、でも有紗だってもうすぐお母さんになるんだから」
「まだ半年も先の話だよ」
そういってから、大翔を真子に渡し、自分のお腹をさすった。
長谷川と結婚した有紗のお腹には、新しい生命が宿っている。
しかしまだ妊娠が発覚したばかりなので、母親になるという実感はさすがに湧いてこない。
けど、お腹が大きくなるにつれ、そういう実感も出てくるだろう。
「まあ、子育てで悩んだら何でも相談して」
「うん、頼りにしてる」
和解したとはいえ、真子とこういう関係になるとは、本当に不思議だ。
たまにこうやって会い、話をして、笑いあう。
今の関係は2人にとっては最高の形だと思っている。
「じゃあ、そろそろ行くね」
「もう?もうすぐ亮も帰ってくるのに」
「また今度遊びに来るから。亮さんにもよろしくって言っておいて」
さすがに昔のように「亮」と呼び捨てにはせず、今は「さん」を付けて呼んでいる。
真子の家を出て、待ち合わせ場所へ向かう。
そこには、聖菜が待っていた。
「お待たせ」
「ううん、こっちも今着いたところだから」
聖菜とも仲直りしてからは、頻繁に会っている。
昔のようにヨガも行けば、買い物だって行く。
完全に昔と同じような関係に戻ったが、
唯一違うと言えば、妊娠が発覚してからヨガだけ
一緒に行けなくなってしまったことくらいで、
代わりにこれからはマタニティヨガを一人で受けるつもりだ。
並んで歩いていたら、足元を見た聖菜が言ってきた。
「お、ヒール履くのやめたんだね」
「なんかあって転んだら危ないからね」
「うんうん。それにしても有紗がお母さんになるのかぁ」
「さっき同じことを真子に言われたよ。もうそれ言わないで」
本当にまだ自覚ないんだから。
「それより聖菜こそ早く結婚して子供作りなよ」
「まだそこまでは考えられないよ」
聖菜もやっと、この人なら大丈夫と思える彼氏ができ、
今は付き合って8か月が経っていた。
「親友の有紗」と誰よりも最初に紹介してくれたときは、本当に嬉しかった。
「でもチンタラしてるとすぐにオバサンになっちゃうよ」
「ちょっと!自分が先に結婚したからって」
有紗は「あはは」と笑ったが、聖菜はいまだにずば抜けてキレイだ。
相変わらず女子力も高いし美意識も高い。
それでいて性格もいい。
こんな素敵な子が親友だなんて誇らしい気持ちになる。
それと同時に幸せになってほしい、と願っている。
「それより今日は買い物を楽しもう」
「そだね!」
こうやって自分の買い物を楽しめるのも今だけだ。
子どもが生まれれば、買うものは子供のものがメインになる。
けど、それはそれで一つの幸せだと思っている。
ただ、今日はそのことを忘れて、聖菜との買い物を満喫した。
やっぱり聖菜と一緒にいると楽しい。
わたしにとって、最高の親友だ。
「今度はゆっくりご飯でも食べようね」
「うん。おいしいお店探しておく」
手を振り、聖菜と別れる。
今度は家に帰って、夕飯の支度だ。
台所に立って料理をしていたら、夫の長谷川が帰宅した。
「ただいま」
「おかえり、休日なのに仕事ご苦労さま。もうちょっとでできるから」
「はいよ」
長谷川がくつろいでる間に、せっせと料理をする。
当たり前の日常だが、長谷川との生活のすべてが有紗にとっては幸せだった。
「できたよー」
「おお、いただきます」
おいしそうに食べる顔を見るだけで、自然と笑みがこぼれる。
「どうした?」
「ううん、おいしい?」
「もちろん。俺は有紗が作るものはなんでもおいしいって前から言ってるだろ」
「ありがと」
今思えば、身体女性化病になってよかったと思っている。
そうじゃなければ、この幸せは手に入っていない。
もし、男のままでいたら、それはそれできっと同じように
真子と幸せな家庭を築いていただろう。
結局、その時々の出会いを大事にしていれば、どっちの性別でも人は幸せになれる。
これが男も女も経験した有紗の学んだことだ。
こんな自分を心から愛してくれた長谷川英明という夫を、
結婚してからも変わらず愛している。
そのきっかけを作ってくれた聖菜、亮、そして真子、この3人には本当に感謝している。
わたしは最高の人たちに出会った。
「それよりお腹はどうだ?あまり無理するなよ」
「わかってるよ。わたしたちの大事な赤ちゃんだもん」
有紗はお腹に手を当てた。
2人の愛の結晶を愛でるように。
今まで読んでくださってありがとうございました。
これで完結になります。
再開したときにも言いましたが、2年以上も更新が止まってしまって
本当に申し訳ありませんでした。
楽しみにしてくれたいた方たちには謝っても謝り切れません。
更新しなかったので、離れてしまった方もたくさんいらっしゃると思います。
そういった方たちが、久々に開いたら完結してた!という感じで読んでもらえたら
少しホッとします。
ここからは軽く作品の解説をさせてもらいます。
まず、これを書いたのが5年くらい前なので
設定が少し古いかなと思うことろも多少ありましたが、
完結させたかったので若干の手直しをしつつ投稿を再開しました。
過去の作品は高校生や20歳前後の主人公が多かったので、
今作は大人っぽさを出そうと思い、主人公を社会人にしました。
そして、もう一つイメージしていたのはドロドロした像愛劇でした。
昔の昼ドラのように、嫉妬まみれで後味の悪いものを書こうと思って執筆したのですが、
書いているうちに、こうなりました笑
やっぱりハッピーエンドにしてしまうのが私の傾向です。
ちなみに最初の構想上では、有紗が真子に刺される予定でした笑
でも完成したのを読み返してみて、そうならなくてよかったのかなとも思っています。
あと、ホットヨガのくだりは6年半ホットヨガのお店に通っているので(現在進行形)
実体験を元に書いています。
次回作も現在執筆中で、書きあがったら投稿しようと思っているんですけど、
止まりがちなので時間がかかるかもしれません。
でもちょっとでも楽しみに待っていてくれたら幸いです。
ただ、次回作は私の趣味を題材にして書いているので、
受け入れてもらえるか不安なところもありますが…
それではまたお会いしましょう。




