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憎しみの果てに  作者:
32/34

有紗と真子

波の音と潮の香りが心地いい。

海を見ていると無心になれる。

有紗はぼんやりと海を眺めていた。

昔はよく、考え事をしたかったり、無心になりたいとき、この海に来ていた。

しかし、ここにくるのは本当に久しぶりだ。

女になってからは初めて…いや、真子と結婚するより前以来だ。

三ツ屋が真子とやり直すと言ってくれたのは、本当に安心した。

あれほど真子のことを恨んでいたはずなのに、真子への恨みももうない。

結局、わたしだけがすべてを失った。

でもこれは天罰だ。

あんなことをしてしまった自分自身への。

「これからどうしようかな…」

誰ともかかわらず、ひっそりと生きていくのが一番いいのかな。

ヘタに人とかかわって傷つけるよりそのほうが…

「やっぱりここにいた」

突然の声に驚いて振り返ると、更に驚く人物が立っていた。

「真子…どうしてここに」

「昔、啓介が何度も連れてきてくれたでしょ。考え事をしたりするときに来るんだって。それに、わたしはここで告白されたんだよ。亮に聞いて家に行ってもいなかったから、ここしかないなって思った」

そういえば、大好きなこの場所に真子を連れてきて告白したんだっけ。

「覚えてたんだ」

真子はお腹を押さえながら「よいしょ」と言って横に座った。

「当たり前でしょ。信じてもらえないかもしれないけど、わたしは本当に啓介のことが大好きだったんだよ」

そして、海を眺めながら続けてきた。

「だから、身体女性化病って聞いたときは本当にショックだった。わたし以上に啓介のほうがショックだったはずなのに、その気持ちを考えられないくらいに」

「真子…」

「わたしパニックになって、啓介がいなくなる、啓介が女になる、もう啓介との子供が作れない、頭の中がそれしかなくなっちゃったの。子供…本当にほしかったから」

確かに真子は、結婚したときから子供がほしいと言っていた。

有紗も、真子との子供がほしいと思っていたので

結婚生活が落ち着いたら…それは常に考えていたことだった。

「そこでね、子供が作れない啓介と一緒にいても意味がないって思えてきちゃって…それに女になった啓介を好きでいられる自信もなくて…気がついたら新しい人を探してたの。啓介の気持ちも考えないで…本当にごめんなさい」

「このことをもっと早く聞いてれば…お互い傷つかなかったのにね」

そして、真子の顔を見ながら有紗も言った。

「ごめん、真子」

「うん…」

ややあってから、2人は笑顔になった。

本当に心から許しあえることができた。

「それにしても…本当に女らしくなったよね。でも本当はそんな感じの服なんだ。それにスッピンだとやっぱり啓介だってわかる。しっかり面影あるよ」

今の有紗はスッピンでロングのワンピースを着ている。

もちろん露出なんてほとんどないデザインのものだ。

「そうだね、あんな格好はまずしないよ」

そういって自嘲気味に笑ってから続けた。

「女子力がすごく高い友達がいて、その子に教えてもらったの。かなりスパルタだったけど」

聖菜のことを思い出し、再び自分自身が嫌になる。

「その子に感謝だね」

うん、本当に感謝してるよ。相原には。

「おかげで真子気づかなかったもんね」

「そうでもないんだよ…最初、うちに資料を取りに来たとき、一瞬啓介の面影は感じたんだよ。けど、あの啓介がこんなに女らしくなってるはずないって思って、違う人だと思い直したんだけど…」

「だったらそのとき言ってよ!啓介?って。そうすれば復讐計画は頓挫したのに」

そういって有紗は笑った。

ちょっと意外だけど…そっか、あの状態でも面影は感じてくれたんだ。

やっぱり真子は真子だ。

わたしが、かつて男だったわたしが愛した人だ。

「亮とはやり直せそう?」

「うん。もうわだかまりもない。相手が見ず知らずの女だったらわかんなかったけど、啓介が相手なら…ね。でも、もう手を出したらダメだよ!」

そういって真子が笑い、有紗も笑った。

「出さないって。だから安心して」

「わかってるよ」といい、少し沈黙になる。

ただ波の音だけが聞こえてくる中、先に口を開いたのは真子だった。

「最愛の人がいたんだって?」

「いたよ…」

「その人は男の人?」

「うん。女になって、男の人を好きになるなんて思ってもいなかった。けどね、その人に会って思ったの。わたしはこの人に出会うために女になったんだって。男のわたしの最愛の人は真子だった。でも女のわたしの最愛の人はその人だった」

一瞬でも英明のことを忘れたことはない。

わたしは今でも英明のことが好きだ。

「啓介もやり直しなよ」

その言葉を聞いて、ゆっくりと横に首を振る。

「今さらそんなことできない。わたしはあの人にもひどいことをした」

「そんなの謝れば済むことだよ。わたしたちがそうだったように。それにね、わたしたち夫婦だけが幸せになるなんておかしい。啓介も幸せになってくれないと納得できないの」

そういってくれる真子の気持ちが嬉しかった。

「ありがとう。ちょっとだけ…考えてみるよ」

本当はやり直すことなんて考えていない。

いや、考えたくない。

そんな権利、わたしにはない。

これ以上真子と話していると、気持ちがブレそうになる。

有紗はゆっくり立ち上がった。

「そろそろ行くよ。元気でね、真子。元気な赤ちゃん産んでね」

それだけ言って歩き始めると、真子が怒るように言ってきた。

「わたしと2度と会わないつもり?」

「だってもう他人だし、真子には亮がいるから」

「そんなの嫌!わたしはこれからも啓介に会う。こうやっていろいろ話したりする。せっかく和解できたのに、なんでそうなるの」

「だって…」

和解したとはいえ、やっぱり自分がしたことを許すわけにはいかない。

けど有紗にも、これからも真子と会ったり話したりしたい気持ちは確かにあった。

恋愛感情はなくても、真子は大事な人だから。

「もう夫婦には戻れないけど…恋愛もできないけど…啓介は大事な人だから。これからは同じ女として仲良くしようよ」

真子も同じことを思ってたんだ。

やっぱり…わたしもこれからも真子に会いたい!

「だったら…もう啓介って呼ばないで。わたしは有紗っていう真子と同じ女なんだから」

その言葉を聞いて、真子がニコッとする。

「そうだよね。これからもよろしくね、有紗」

「うん、真子」

1人で生きると決めかけていたのに、有紗は結局それができなかった。

こんなに自分のことを思ってくれている人がいるのに、

それを再び手放すことなんて、それこそ本当にバカな選択だ。

有紗は、こうやって少しずつ前を向いて進みだした。

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