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憎しみの果てに  作者:
3/34

出勤

「おかしくないか…?」

「おかしくないよ。大きな胸はさすがに隠せないけど」

「だよなぁ…」

5日が過ぎ、啓介が会社に出勤する日がやってきた。

黒いシャツにベージュのパンツ、そしてジャケットを羽織って鏡を見ている。

メイクなどはせず、普通にすっぴんだ。

メイクなどする気はないのでそこは問題ない。

気になるのはやはり大きな胸のふくらみだ。

しかしこればかりはどうしようもない。

不慣れだったブラやショーツにも慣れたが、これだけはコンプレックスになりそうだ。

「まあいいや、行ってくる」

トートバッグを持ってヒールのないパンプスを履いて玄関のドアを握った。

「じゃあ先に行くよ」

「うん、わたしももう少ししたら行く」

真子のほうが出勤時間は遅いので、啓介のほうが先に出勤する。

いつもの光景だ。

家を出て歩き始めると、ブラをしていても胸が揺れるのが少し気になった。

あー…これマジで邪魔だな…

そんなことを思いながら電車に乗り、あっという間に会社に着いてしまった。

とりあえずIDをぶら下げてから社内に入る。

みんなどういう反応をするんだろうか…

気まずいなと思いながら啓介の部署、営業部へ向かった。

「おはようございます…」と小声で言いながら進むと、みんな誰?という感じで見てくる。

乾の横を通ったとき、乾は「あっ」と声を出した。

「ひょっとして鈴木さんですか?」

「あ、ああ…」

「マジで女になったんスね。それにしてもその胸ヤバくないっスか?」

「う、うるせーな!」

気にしてることを平然といいやがって!

乾を睨んでから部長の桑田のところへ行って挨拶する。

「おはようございます。ご迷惑おかけしました」

「あ、ああ。それより話があるからついてきてくれ」

桑田が立ち上がって歩き出したので、啓介はそのあとを追い、

着いた先は打ち合わせなどに使うルーム4の部屋だった。

中に入ってから桑田が内線で連絡し、5分ほどすると総務部長の羽田がやってきた。

総務部長が一体何の用だ?まさか…

「鈴木君、突然だが君は今日付けで総務部に異動になった。君が営業を好きなのは知っているが、そのなんだ…性別が変わっていろいろ大変だろうから、慣れて落ち着くまでは比較的勤務時間の安定している総務部に移動ということになった。総務部は女性も多いから困ったことがあったときに力になってくれるだろう」

言っていることは理解できるが、これは差別ではないか?

啓介は反論した。

「俺、全然平気ですよ。それにこの病気にかかった人を差別してはいけないっていう法律がありますよね」

そうじゃないと、不当な理由で解雇などもあり得るために、法律でちゃんと定められている。

「差別はしていない。リハビリみたいなもんだ。慣れて落ち着いたら営業部に戻れるんだから我慢してくれ」

「でも」と言いかけたが、啓介は諦めることにした。

言ったところで変わらないだろうし、いずれは戻すと言っているので

駄々をこねても仕方ない。

「わかりました。これからよろしくお願いします」

羽田にお辞儀をし、総務部へ移動することになった。

一度営業部に戻り、荷物をまとめていたら乾がやたら話しかけてくる。

「女の身体ってどんな感じですか?」

「いろいろ面倒くせーよ」

「胸がでかいのってどうっスか?」

「重くて邪魔だよ。うるせーな、仕事しろよ」

「はいはい。でも総務部って相原さんいますよね、いいなぁ」

「あのな、俺は既婚者だぞ。それに今は女になっちまったし…」

「鈴木さんのことじゃないですよ、俺が相原さんと仲良くなりたいんです。今度飲み会やってくださいよ」

「アホか、まったく…」

そう言いながらもこうやっていつもと変わらず話してくる乾はいい後輩だと思った。

総務部はこういう感じじゃないんだろうな…それに相原か。

相原聖菜、啓介と同期の女子社員だ。

社内一かわいいと評判で、美意識がすごく高い。

同期ということで、同期会などの飲み会で一緒になることもあり、それなりに面識はある。

過去にある事件があって、1度だけ2人で飲みに行ったこともあった。

まあ同期がいるというのは気持ち的にありがたいかも。

そんなことを考えながら総務部へ向かった。

総務部は全部で8人。

男性は部長の羽田を含め3人、全員年上で30代後半の新井と40代半ばの飯塚、

残り4人が女性で、一人は同期の聖菜、あとは40歳の大沢恵、30歳の安川美穂、それと2年目でまだ24歳の田島栞、そこに啓介が加わることになる。

「失礼します…」

こっそり入ると、全員の視線が啓介に集まった。

すぐに羽田が立ち上がる。

「ご存知の通り今日からここの部署へ移動になった鈴木君だ。彼は女性になってしまったが、戸籍は変えないので男性社員という扱いになる。といってもトイレは女性用のを使ってもらうことになるが、みんなよろしく頼むよ」

続いて啓介が「よろしくお願いします」とお辞儀をしてから案内された席に座ったが、

啓介の席は聖菜と栞に挟まれる場所だった。

聖菜が啓介のほうを見て、笑顔で言ってくる。

「鈴木くん、よろしくね」

「ああ、こっちこそ」

「それにしても大変だったね、なんかあったら気にせず言ってね」

「ありがとう」

すると逆側の栞も声をかけてくる。

「鈴木さん、すごく胸大きいですね…大変そう」

「ああ、本当だよ。こんな風になると思ってなかったし」

大変そうという言葉が乾と違うなと思った。

女性目線ということか。

再び聖菜が話しかけてくる。

「業務内容はわたしが教えることになったから説明するね」

「あ、うん。頼むよ」

聖菜から業務内容を聞き、言われたことを黙々とこなしていく。

時折確認するために聖菜に話しかけるが、基本みんな黙って仕事をしている。

なんか営業部とは違うな…でも不要な質問をされないだけマシか。

真面目に仕事をしていて気づいたことがあった。

それは聖菜と栞からいい香りが漂ってくること。

2人とも香水を付けているんだ。

その香りがさほど嫌ではなかった。

ちらっと聖菜を見ると、まつ毛が長く肌はとてもキレイだった。

髪もツヤツヤで、相変わらず美意識が高い。

ちゃんと自分磨きを続けてるんだな。

一方の栞も結構かわいくて、聖菜ほどではないにしろ、美意識は高いほうだと思った。

俺が男のままで独身だったら最高だったかもな。

そんなことを考えていたら、お昼の時間になった。

「聖菜さん、お昼ですよ!」

栞が嬉しそうに立ち上がる。

「じゃあ行こうか」

聖菜も立ち上がり、気が付くと恵と美穂と4人が一緒になっていた。

どうやら女性4人は一緒に食べに行くらしい。

羽田と飯塚は弁当を持参していて食べる準備をしていて、

新井は一人で出て行ってしまった。

そういう感じなのか、さて俺はどうしようか…

「鈴木くんも一緒に行かない?」

声をかけてきたのは恵だった。

「あっ…せっかくですけど」

さすがに女性4人と一緒に行くのは気まずい。

「そう、残念」

断ったことに少し罪悪感があったが、仕方ない。

4人が出ていくのを見てから啓介はコンビニへ買いに行き、簡単に昼食を済ませた。

そして午後も黙々と仕事をして、定時の6時になったらみんなすぐさま帰り支度を始めた。

勤務時間が規則正しいって言ってたもんな。

啓介もすぐに出ていくと、聖菜と栞が駅まで一緒だというので

駅まで一緒に帰ることになった。

さすがに方角が一緒なのに別で帰るわけにはいかないもんな。

「鈴木くん、戸籍変えないんだ?」

「まあな、こんなになっても俺は俺だって妻も言ってくれたし」

「ふーん、いい奥さんだね。じゃあ基本的には鈴木くんのことを今まで通りに接するから。でも困ったことがあったら本当に何でも相談してよ」

「ありがとう」

それに対してちょっと残念そうだったのが栞だった。

「あーあ、せっかく鈴木さんに女の楽しさを教えようと思ってたのに」

「そんなの知らなくていいよ」

そう答えると「ちぇっ」と言われてしまった。

あっという間に駅に着き、2人と別れて家路に着く。

急な移動はあったが、なんとかなったので明日からも仕事は問題なさそうだ。

家に入ると、啓介のほうが早かったようで真子の姿はなかった。

定時に帰れるのを考えると、今後は啓介のほうが真子より早い帰宅になるかもしれない。

それから1時間後、真子が帰宅して夕食を取った。


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