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憎しみの果てに  作者:
29/34

陥落

アラームで目を覚ますと、同じようにアラームで起きた有紗が眠そうに眼を擦っている。

「んっ…亮、おはよ」

そういってから、いつもの笑みを浮かべてくる。

昨日のことは夢じゃなかった。

俺は何度も有紗を抱いたんだ。

「おはよう。支度しないと」

冷静を保つようにベッドから起き上がり、シャワーを浴びに行く。

すると、有紗が追いかけるようにやってきた。

「一緒にシャワー浴びよ」

「ダメだよ」

一緒にシャワーなんて浴びたら…

「またしたくなっちゃう?」

そういって寄り添ってきた。

完全に見透かされていたようだ。

今の三ツ屋の頭の中は、有紗で埋め尽くされている。

真子のことも忘れて。

そして、一緒にシャワーを浴びながら、有紗を抱いた。


出張から戻り、別れ際に有紗から言ってきた。

「この関係は2人だけの秘密ですよ」

当然だ。

こんなことが外に漏れたら、真子にバレたら俺は終わる。

完全に有紗と別れてから、家の前に着く。

自分の家なのに、入るのを躊躇ってしまった。

人生で初めての浮気だったが、バレないか不安で仕方なかった。

さすがの三ツ屋も、有紗と別れたことで冷静になっていた。

しかし、帰らないわけにもいかない。

意を決してドアを開ける。

「ただいま」

その声を聞いて、真子が顔を出す。

「おかえりなさい」

いつも見る真子の顔。

思わずホッとした。

「出張どうだった?」

「うん。うまくいったよ」

そういいながら靴を脱ぎ、中に入る。

「ならよかったね」

「ありがとう。着替えてくるね」

なるべく自然な感じで自分の部屋に行く。

「ふぅ…」

こんな思いをするくらいなら、あんなことするんじゃなかった。

今さらになって本当に後悔した。

もう2度とあんなバカなことをするのはやめよう。

着替えてリビングにいくと、テーブルには唐揚げが並んでいた。

「お、唐揚げだ」

「うん。たくさん作ったから、いっぱい食べてね」

ご飯とお味噌汁、それにサラダなども用意された後、

「いただきます」と言って唐揚げを頬張った。

「うん。おいしい」

「よかった」

おいしいというと、真子は必ず笑顔になる。

しかし、三ツ屋は思った。

有紗の作る唐揚げのほうがおいしいと。

もう過ちは犯さないと決めたにも関わらず、

三ツ屋の頭の中にはハッキリと有紗の存在が残っていた。


なんとなく亮の様子がおかしい。

何がおかしいと聞かれると困るが、そんな気がしていた。

本当に1人で出張だったのだろうか?

実は、あの鈴木という女が一緒だったのではないだろうか?

聞いてみたい気もするが、仮に聞いたところで否定するだろう。

そう少しだけ様子を見よう。

それに、亮がバカなことをするはずがない。

そう自分に言い聞かせるしかない真子だった。


翌日、出勤して秘書室の前で立ち止る。

無視をするわけにはいかない。

彼女は俺の部下であり、秘書だ。

ノックをしてからドアを開ける。

すると、昨日のことなど嘘のように、いつもの笑顔で立ち上がった。

「社長、おはようございます」

「お、おはよう。昨日の契約書をまとめておいてくれる?」

「もうやってますよ。終わったらお持ちしますね」

言わなくてもやってくれる。

頼んだことも的確にやってくれる。

ホテルの予約を間違えたというのは有紗らしくないミスだったが、

彼女は優秀な秘書だ。

それ以上でも、それ以下でもない。

それなのに…どうして彼女を見るとドキドキしてしまうんだ。

いや、身体が疼いてしまうんだ。

「よろしく」

それだけ言って、三ツ屋は逃げるように社長室へ入った。

30分ほど経ち、部屋がノックされる。

「どうぞ」

ドアが開き、有紗が入ってきた。

「失礼します」

そのまま三ツ屋のいる机の前まで歩いてきて、資料を渡してくる。

「まとめ終わりました」

「ああ、ありがとう」

なるべく平常心を保ちながら対応しているのに、

有紗の顔を、身体を見る度に胸が高鳴っていた。

「いいえ、それより…」

そう言いかけながら、有紗が妖艶な笑みを浮かべていた。

そして、顔を耳元に近づけて小声で言う。

「次はいつにします?」

「お、おい。ここは会社だぞ」

「わかってますよ。だからここではちゃんと社長って呼んでるじゃないですか」

もうあんなことはしないと誓ったはずなのに、気持ちが揺らぐ。

「わたしはいつでも平気なので、社長からの連絡待ってますね」

そこまで小声で言ったあと、普通の声で「失礼します」と言って部屋を出ていった。

また抱いたら…本当に歯止めが利かなくなる。

かろうじて理性が上回ったので、なんとか耐えることができた。


ところが、これが何日も経つと耐えられなくなってくる。

仕事で土日以外に、毎日有紗に会うのも完全に逆効果になっていた。

特に社長と秘書という間柄なので、行動をともにすることも多い。

一緒にいればいるほど、欲望が抑えられない。

そしてついに三ツ屋はメールをしてしまった。

(今夜、8時にホテルで待っててほしい)

これを見た有紗はニヤリとした。


夜の7時50分。

有紗はホテルにいた。

あと10分で三ツ屋がやってくる。

予想通り、亮はわたしを忘れられなかった。

来たら、最大限甘えてやろう。

そして抱かれてあげよう。

そうすれば、亮は完全にわたしのものになる。

そんなことを考えていたら、ドアの鍵が開いた。

まだ8時前なのに。

三ツ屋は部屋に入るなり、有紗のことを抱きしめてきた。

「有紗…有紗!」

「落ち着いて、わたしはここにいるよ。亮」

それでも亮の興奮は収まらない。

何度も激しくキスをしてくる。

「いつも目の前に有紗がいるのに…10日…10日も我慢したんだ」

「わたしも10日我慢した…亮に抱かれるのを…だからいっぱい抱いて」

「もちろんだ。いっぱい有紗のことを抱く」

三ツ屋は飢えて干からびていた胃が、

一週間ぶりに食事をして満たされていくような気分で有紗を抱いた。

何度も何度も、有紗をむさぼりつくした。

有紗は、その三ツ屋のために全力で、全力で演技をした。

自分から離れられなくするために。

おおげさに喘ぐと、「有紗」と名前を呼びながら夢中で腰を動かす。

抱かれながら心の中で笑っていた。

この美貌とスタイルに感謝しなきゃね。

亮はこんな簡単に落ちてくれたんだから。

この日から、有紗と三ツ屋は完全な不倫関係になった。

有紗の狙い通りに。


三ツ屋は、3日に1度のペースで有紗を抱いていた。

もう有紗なしの生活なんて考えられなかった。

それほどまでに、有紗の虜になっていた。

真子という妻がいながら。

今も隣には、セックスを終えて裸の有紗がいる。

三ツ屋はそっと抱きしめた。

「こういう風に抱きしめるの珍しいね」

そうかもしれない。

いつもは性欲のために有紗を抱いていたが、今は有紗が愛おしい。

「有紗、愛してる」

初めて口にした言葉だった。

言わずにはいられなかった。

完全に有紗を愛してしまったから。

有紗がギュっと抱きついてくる。

「わたしも…亮のこと愛してる。誰にも負けないくらい」

真子はいい奥さんだ。

家のことをしっかりやってくれるし、俺のことも立ててくれる。

妻としては申し分ないだろう。

しかし、有紗は真子にない部分を持っている。

燃え上がるようなセックス、甘え、美貌とスタイルが、俺を常に刺激する。

何度抱いても抱きたくなる。

こんな経験は有紗が初めてだ。

もう一度言う。

俺は本気で有紗を愛してしまった。

時計を見ると、夜の10時を過ぎていた。

それに気づいた有紗が言ってくる。

「もう帰る?」

その表情は、切なそうな寂しそうな感じだ。

こんな顔の有紗は見たくない。

三ツ屋は横に首を振った。

「帰らない。朝まで一緒にいよう」

俺は有紗と離れたくない。

この言葉で、有紗がうっすら涙を浮かべていた。

「ホントに?」

「うん」

「嬉しい!」

そしてキスをしてきた。

三ツ屋はそれを受け止めながら考えた。

真子、ごめん。

俺は有紗を選んでしまった。

妊娠までしてくれたのに、俺は有紗を愛してしまったんだ。

「亮とずっと一緒にいたい…」

「俺も有紗とずっと一緒にいたい。だからずっと一緒にいよう」

「すごく嬉しい…けど、奥さんはどうするの?」

三ツ屋はもう答えを出していた。

そして、今ならそれを口にすることができる。

「妻とは離婚するよ」


最高の結果になった。

亮は完全にわたしのものになった。

あとは真子を奈落の底に突き落とすだけ。

これでわたしの計画はすべて完了する。

ちらっと横を見ると、三ツ屋が出勤する支度をしていた。

目が合ったので、あえてニコッと笑顔を振りまいてやった。

それを見て、亮は少し照れ臭そうにしていた。

一応、最終確認しておくか。

「ねえ、本当に奥さんと別れてくれるの?」

すぐには答えず、ややあってから口を開いた。

「別れる…よ。俺は有紗と結婚する」

「嬉しい!」

わざとらしく抱きついた。

しかし、抱きつくのはこれが最後。

セックスは昨夜で最後、もう亮に触れることもない。

「今夜、帰ってから妻には話をする。そうなったら、きっと有紗のところに泊ることになると思う」

「これからずっと一緒に暮らすんだから気にしないで。わたしの家が亮の家だよ。狭くて嫌かもしれないけど…」

「俺は、有紗と一緒ならどこだって構わないよ」

優しく微笑む三ツ屋を見て、胸が少し痛んだ。

わたしは…真子に復讐するために、この人を巻き込んだ。

しかし、もう後戻りはできない。

することなんてできないんだ。

「ねえ、今日は仕事休んでもいい?」

「構わないけど…体調でも悪い?」

「ううん、亮が帰ってくるまでに部屋をキレイにしたいの。しばらくはわたしのところで一緒に暮らすことになるから」

「気にしなくていいのに」と言いながらも、休むことを納得してくれた。

これでわたしは自由に行動できる。

会社に向かう亮を見送り、ドアを閉めた。

これからフィナーレだ。

家に戻り、いつもより念入りにメイクをして服を着替える。

あえて露出の高いものを選び、胸は少し谷間が見えていて、下はミニスカートだ。

男を誘う女のようになったのを、鏡で確認する。

これなら怒りを刺激することができるだろう。

待っててね、今から会いに行くから。

そう思いながらも、心のどこかにむなしさがあることに、

有紗は気づかないフリをしていた。

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