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憎しみの果てに  作者:
28/34

陥落

1か月が過ぎた。

あれから有紗は、3日に1度のペースで三ツ屋にお弁当を作っていた。

最近では渋ることなく、「ありがとう」と言って食べている。

それどころか、

たまに「からあげおいしかったよ」「たまご焼きおいしかったよ」と

言ってくるようになった。

間違いなく、自分が作る弁当の味を好きになっている。

それを確信したタイミングで、願ってもないチャンスが訪れた。

いや、有紗はこれがくるのを待っていた。

「出張ですか?」

「そうなんだ。本当は1人で行こうと思っていたんだけど、先方がうちより大きい会社だから、一応鈴木さんも同席してもらったほうがいいかなって」

「わかりました。では、ホテルのほうを手配しておきますね」

「よろしく頼む」

有紗は腹の底から笑みを浮かべていた。

ついにこの日がやってきた。

あとは作戦通り決行するだけ。

あまりに楽しいので、鼻歌を歌いながらパソコンを操作していた。


「出張?」

「うん。明後日行ってくる。1泊2日だから」

「そっか。1人?」

真子は間違いなく有紗のことを聞いている。

三ツ屋はそれがすぐわかった。

「1人だよ」

そう言っておかなければ、変な疑いをかけられかねない。

1人でもよかったが、1人だと小さい会社と舐められるかもしれない。

代わりに他の部署の人間を連れていくことも考えたが、

秘書を連れて行ったほうが、格好がつく。

三ツ屋は自分で作った会社がまだまだ新参者というのを理解しているので、

見栄を張りたかったのだ。

それに部屋も別々。

過ちなんて犯すはずがない。

そう自分に言い聞かせたが、真子は少しだけ疑いの目で見ていた。


新幹線の隣には三ツ屋が座っている。

といっても、パソコンを広げて仕事中だ。

三ツ屋が移動中でも無駄なく仕事をするスタンスなのを

有紗は知っているので、ここではあえて無駄な会話はしない。

すべては仕事が終わった今夜だ。

それだけを楽しみに、有紗もパソコンを開いて仕事をした。


先方との打ち合わせも無事終わり、明日、正式に契約する運びとなった。

これで一安心だ。

気が楽になったところで、有紗が言ってきた。

「契約おめでとうございます」

「ありがとう。鈴木さんがいてくれたからだよ」

「わたしなんて何もしていませんよ。社長の力です」

ことあるごとに有紗は三ツ屋を持ち上げる。

できた女だなと思った。

「先にチェックインします?それともご飯食べます?まさかこんなときまでお弁当なんていいませんよね?」

さすがに三ツ屋も、それはないと思った。

せっかくなんだから夕食はおいしいものを食べたい。

それが有紗と一緒だとしても。

「チェックインすると出るの面倒くさいから、このまま食べに行こう」

「わかりました」

相変わらずの笑顔に、ドキッとしてしまった。


お店に入り、三ツ屋は真っ先にアルコールのメニューを見ていた。

「鈴木さんは何飲む?」

「わたし、ワインしか飲めないんです。社長はやっぱりビールですか?」

ビールと言いたかったが、ワインならグラスよりボトルがいいだろう。

「俺もワインでいいよ。ボトルで頼もう」

「本当ですか?社長って優しいですよね。嬉しい」

ニコニコしている有紗は、本当に可愛かった。

そして、そのグラマラスな体型が欲求不満な三ツ屋の性欲を刺激していた。

「乾杯」

そういってから、有紗はゆっくりとワインを飲む。

ニコッとしてから「うん、おいしい」と言った。

三ツ屋も飲んでから「そうだね」と返す。

「なんか社長とこういうのって初めてだから新鮮」

「そう?」

「そうですよ。だってお昼もいつもお弁当だし」

「それはあれだよ。その、パッと食べて仕事したいから」

慌てて言い訳をしたが、有紗は「わかってますよ」と言ってから続けた。

「本当に仕事熱心ですもんね。だからわたし、お弁当作ってるんですよ。仕事ばかりだと息が詰まるじゃないですか。だからせめてごはんくらいはおいしいもの食べてもらって、リラックスしてもらいたいなって」

確かに有紗の作るお弁当はおいしい。

正直に言ってしまえば、真子が作る料理よりも口に合う。

だから、三ツ屋も密かに有紗のお弁当が楽しみになっていた。

「鈴木さんのお弁当は本当においしいから感謝してるよ」

「本当ですか?嬉しい」

無邪気な笑顔が、三ツ屋を刺激する。

「ところで、奥さん妊娠してるんですね」

突然言われたので「そ、そうだよ」と返した。

「奥さんってどんな人なんですか?」

どんな人…?

真子のことを考えてから話し始める。

「明るくて、気が利いて、いつも支えてくれる感じかな」

「そうなんですね」

気のせいか、この返事は冷たく感じた。

それに、いつも笑顔なのに無表情だった。

まさか嫉妬…?

そんなバカな。

そのあとの有紗は、いつもの有紗だった。

終始ニコニコして、ときどき上目遣いで三ツ屋を見てくる。

独身だったら、間違いなく好きになっていただろう。

しかし、今の俺には真子という大事な妻がいる。

妊娠もしている、真子の話をしたことで、その気持ちを再確認した。

過ちは犯さないで済みそうだ。


食事も終わり、ほろ酔い気分でホテルに着いた。

「予約していた三ツ屋と鈴木です」

「はい。お待ちしておりました。三ツ屋様と鈴木様ですね」

少しすると、「三ツ屋様、鈴木様、ダブルの部屋でお間違いないですか?」

「ダブル?」

三ツ屋がそういうと同時に有紗も「シングル2部屋ですよ」という。

「いえ、ダブルのお部屋でご予約されていますが」

「そんな…わたし間違えたのかも…」

有紗が顔面蒼白になっている。

おそらく有紗のミスだろうと思ったが、この状態で責めるわけにはいかないか…

「シングル2部屋って空いてますか?」

「それがあいにく、今日は空いているシングルが1部屋もないんです」

「そうか…」

さすがに困ったな。

「社長…わたしのせいですみません。あの、どこか別のホテル探すので社長はここの部屋で泊ってください」

「いや、鈴木さんが泊まりなよ。俺が別のところ探すから」

「そういうわけにはいきません。わたしのミスだし…」

泣きそうな有紗を見て、「わかった」というしかなかった。

そこにホテルの受け付けの人が言ってくる。

「あの、大変申し上げにくいんですが、今日は近くで人気歌手のコンサートがあったため、どこのホテルも空いてないと思います」

それを聞いて、三ツ屋は頭を抱えた。

「あの、漫喫とかあります?わたしそこで寝ます」

いくらなんでもそれは可哀そうだ。

それに有紗が漫喫で寝るなんてイメージできない。

腹をくくるしかなさそうだ。

それに、俺が変なことをしなければ問題ない…。

「同じ部屋でいいです」

「そういうわけには…」

「仕方ないよ。それに普通に寝るだけだし」

そう、普通に寝るだけだ。

「すみません…ありがとうございます」

有紗はお辞儀をしつつも、申し訳なさそうな雰囲気だった。

カードキーを受け取り、部屋に入る。

ダブルというだけあって、大きなベッドがすぐ視界にあった。

とりあえず荷物を置きながら考える。

有紗も端に荷物を置いていて、着ていたジャケットも脱いでいた。

今の有紗はノースリーブのブラウスにスカートだけだ。

ジャケットを脱いだことで、より有紗の胸が大きいのがわかる。

三ツ屋は慌てて視線を逸らした。

まずい、まずい…何を考えてるんだ。

焦っている三ツ屋に、有紗が話しかける。

「本当にすみませんでした」

「いや、もういいよ。それにただ睡眠を取るだけだし」

そういったのに有紗が距離を詰めてくる。

「でも…本当は嬉しいんです。社長と同じ部屋で泊れるなんて」

有紗の言っていることに頭の整理が追い付かない。

気がつけば目の前まで迫っていた。

「す、鈴木さん…近いよ」

そういっている最中に、有紗が抱きついてきた。

「す、鈴木さん!ダメだよ」

なんでこういう展開になる!?

「なんでダメなんですか?同じ部屋なんですよ」

「それは部屋がなかったから…」

「わたしは漫喫でもいいっていったのに、同じ部屋にしたのは社長じゃないですか」

「漫喫は可哀そうだと思ったから…」

有紗が胸を押し付けるように抱きついてくる。

「可哀そうだと思うなら抱いてください」

「それとこれは…」

否定したいのに、三ツ屋の身体は違う反応を示していた。

三ツ屋の股間にあるものが大きくなって有紗に当たる。

「社長、身体は正直ですよ」

「これはたまたまで…」

ここで有紗は「ふふ」と微笑み、上目遣いで三ツ屋を見た。

「奥さん、妊娠中で欲求不満だったんじゃないですか?」

正解だったが、何も答えない。

答えたら本当に取り返しがつかないことをしてしまう。

「鈴木さん…本当にダメだって…」

払いのけようとするが、どうしても本気で払いのけられない。

俺は…妻がいるのに彼女を抱きたいのか?

「素直になって」

そういいながら、有紗がズボン越しに、股間に優しく触れてくる。

ああ…もう無理だ。

俺は彼女を抱きたい!

性欲に負けた三ツ屋は、力強く有紗を抱きしめた。

そのままキスをして、ベッドに押し倒す。

「鈴木さん…」

「有紗って呼んで…」

「有紗…」

名前を呼んでから、三ツ屋が覆いかぶさる。

そして、そのまま有紗を抱いた。

こんなに興奮し、こんなに気持ちが良かったセックスは初めてだった。


隣には、裸の有紗が寄り添うようにくっついている。

俺はとうとう過ちを犯してしまった。

性欲が満たされたせいか、一気に罪悪感が押し寄せてくる。

真子に一人で出張へ行くといっておきながら、実際は2人で、セックスまでしてしまった。

何をやってるんだ、俺は…

「社長っておおらかで優しいのに、エッチは激しいんですね」

そういいながら、抱きついてくる。

「鈴木さん、これは過ちで…」

「エッチしているときみたいに、有紗って呼んでくれないんですか?」

小悪魔のような笑みを浮かべながら、そう言ってきた。

さっきしたセックスが脳裏に蘇る。

三ツ屋は、確かに「有紗」と呼んでいた。

何度も何度も「有紗」と。

こんなに燃えるようなセックスは今までなかった。

大きな胸に、くびれたウエスト、それでいてほどよい肉づきがあって、

抱きしめたときの抱き心地がとてもいい。

そして大人っぽい顔立ちなのに、甘えるような目で見てくるギャップ。

こんな女性が相手では、燃えないほうがおかしい。

抱かないほうがおかしい。

無理矢理に正論づけると、もう男としての理性が完全に上回ってしまった。

「有紗…」

三ツ屋は有紗を抱きしめ、またキスをしていた。

「わたしも…亮って呼ぶね」

そういってから、今度は有紗がキスをする。

2人は愛しあう恋人のように、再び抱き合った。


4回もすると思わなかった。

でも、それだけしたというのは、欲求不満だけじゃなく、

わたしを抱きたいと思った証拠。

さすがに疲れたのか、今はぐっすり眠っている。

そんな三ツ屋を有紗は冷たい眼差しで見つめながら、

氷のような笑みを浮かべた。

こうするために、部屋をわざとダブルにした。

じゃないと、部屋を間違えるなんて単純なミスをするはずないじゃない。

そして、1度抱かれてしまえば、もうこっちのもの。

この男は絶対に、またわたしを抱く。

何度でも抱く。

最終的にわたしから離れられなくなる。

そうなったとき、わたしの復讐は完了する。

それを想像しながら、有紗は一人で笑っていた。

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