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憎しみの果てに  作者:
27/34

不安

翌日、会社に着くとすれ違う社員が「おはようございます」と挨拶をしてくる。

三ツ屋は社長だが、まだ36歳だし、自分を偉いと思っていないので、

年下の社員にも「おはようございます」と敬語でちゃんと挨拶をしている。

そのまま社長室の前まで行き、その隣にある秘書室を見た。

鈴木さんにも挨拶しないとな…

ノックをしてからドアを開ける。

今日の有紗は白いツイードのスーツを着ていた。

「おはようございます」

有紗は立ち上がり、髪を耳にかけてから「おはようございます」と返してきた。

もちろんいつもの笑顔だ。

その愛らしい笑顔に三ツ屋は、いつもドキドキさせられていた。

資料の整理をお願いして、自室に入る。

「はあ」とため息をついて、椅子に座ってからからカバンを開けた。

「あれ、資料が入ってない…あっ」

寝る前に会議の資料を見ていて、机の上に置いたままだった。

「あれがないとマズいな」

取りに帰りたいが、このあと別の打ち合わせがある。

真子に持ってきてもらいたいが、妊娠中なのであまり無理はさせたくない。

誰かに取ってきてもらうしかない…

そうなると、頼める人間は1人だ。

「仕方ないか…」

立ち上がり、再び秘書室へ行く。

「鈴木さん、資料を家に忘れてきてしまったんだ。申し訳ないんだけど、取ってきてもらえるかな?妻には来たら渡すように伝えておくから」

すると、すぐに返事をせず、ややあってから「かしこまりました」と答えた。

この間に少し違和感を覚えたが、有紗が支度をしていたので

あまり気にしないようにした。


有紗はタクシーに乗りながら考えていた。

まさか、こんなに早く真子に会う日が来るとは思わなかった。

会ったときに気づかれないだろうか?

もし気づかれたら全てが無駄になる。

手鏡で顔を確認した。

もう完全に男の頃の面影も、女になったばかりの面影もない。

バッチリとメイクをし、髪型もロング。

気づくはずがない。

そう思い、気を取り直した。


洗濯をしていたら、インターホンが鳴った。

「あ、亮の会社の人だ」

資料を持って玄関まで行く。

ドアを開けると、キレイな女性が立っていたので一瞬驚いた。

その女性は、笑顔でお辞儀をしていた。

「あの、三ツ屋社長の秘書をしている鈴木です」

「あ、主人がお世話になっています」

「こちらこそ、いつもお世話になっています」

すごく丁寧な言葉遣いと態度。

さすが秘書といったところか。

しかし、服装などを見て少し不安を感じた。

一言でいえば、エロい。

女の真子から見てもそう思うのだから、

男の三ツ屋はもっとそう感じているのかもしれない。

それにこのキレイなルックス。

その顔を見て、なにか違和感があった。

誰かに似てる?

「あの、奥さま?」

秘書の鈴木に声をかけられ、ハッとなる。

「あ、資料ですよね。これです」

資料を手渡したら、鈴木が言ってきた。

「妊娠されてるんですね。社長が何も言ってくれないので初めて知りました。今何か月なんですか?」

「5か月になります」

「そうですか。あまり無理なさらないでくださいね。それでは失礼いたします」

鈴木は再び笑顔でお辞儀をして出ていった。

あれが亮の秘書…ううん、亮に限って変なことするはずがない。

それにそんな人をわたしのところにこさせるはずがない。

気持ちを切り替えて、洗濯に戻った。


やっぱり真子は気づかなかった。

鈴木と名乗ったが、鈴木という苗字は日本に腐るほどいる。

だが、問題はそこではなかった。

真子、妊娠してたんだ。

わたしは愛する人を手放したのに、のうのうと幸せそうに妊娠なんかして。

今まで以上に怒りがこみ上げてくる。

でも楽しみにしていてね、真子。

「全部ぶち壊してあげるから」


打ち合わせが終わり、部屋に戻って5分くらいするとノックされ、有紗が入ってきた。

「失礼します。資料を受け取ってきました」

「ああ、ありがとう」

それを受け取ってから、有紗が聞いてくる。

「ところで社長、今日のお昼はどうなさいますか?」

「また弁当を」

「かしこましました」

有紗が出ていったのを確認してからため息をつく。

真子、変な誤解してないかな。

まあ誤解されても何もないから関係ないんだけど…

そんなことを考えながら仕事に取りかかる。

気がつくとお昼の時間になっていた。

そこで再び有紗が入ってくる。

「あの」

「ん?」

「社長っていつもお弁当ばかりなので、わたし作ってきました」

「え?」

有紗が机の上に、手作り弁当の入った箱を置いてくる。

「同じお弁当なら、たまには手作りのほうがいいかなって…迷惑でした?」

迷惑というか、困る。

それが率直な感想だ。

秘書が手作り弁当なんて普通ありえない。

何て言おうか考えながら顔を覗き込んでみると、

有紗は少し不安そうな表情をしていた。

こんな顔をされたら…しかたない。

「ありがとう。おいしくいただくよ」

それを聞いて、有紗がすぐ笑顔に戻る。

「お口にあったら嬉しいです。それでは失礼いたします」

それだけ言って、秘書室へ戻っていった。

なんか勘違いしてないかな…

いや、そんなはずないな。

俺なんかがそんなモテるはずないし、しかも結婚だってしている。

きっと思い違いだ。

そう言い聞かせ、有紗が作ったお弁当を食べることにした。

「お、うまい…」

普段食べている真子とは違う味だが、手作りの味がしっかりして、

個人的には好きな味付けだったので、三ツ屋はパクパクと食べていた。


バカで単純。

全部演技に決まってるじゃない。

ああいう顔をすれば、三ツ屋は絶対に食べる。

こうやって少しずつアプローチしていけば…

その先を考えると、笑いが止まらなかった。


家に帰ると、真子がいつも通り「おかえりなさい」と出迎えてくれた。

食事をしながら、真子が聞いてくる。

「あの鈴木さんっていう秘書の方、すごくキレイだね」

「あ、ああ…そうかもね」

「それにスタイルもすごくいいし」

これは疑ってる。

三ツ屋は慌てて否定した。

「言っておくけど、彼女はただの秘書だから!俺は真子しか好きじゃないからな!」

それを聞いて、真子が優しく微笑んだ。

「わかってる。ありがとう」

わかってくれたのでホッとした。

しかし、何もないとはいえ、有紗の手作り弁当を食べてしまった。

これを知ったら真子はショックを受けるだろう。

そのことだけは黙っておこうと思った。


何もなくて当然だよね。

それなのに不安が拭いきれないのはなんで?

それに、あの顔はどこかで見た記憶がある。

鈴木…鈴木…まさかね。

真子の旧姓は鈴木、というより結婚して鈴木という姓になった。

その結婚相手の啓介は、病気で女になってしまった。

考えてみると、顔は少し啓介に似ている気がする。

しかし、女になった啓介は、中身は確かに男だった。

離婚してからはどうなったか知らないが、女として生活するようになっていたとしても、

1年半くらいで、あんな女らしくなるとは考えられない。

あの仕草や話し方、元からの女性にしか見えなかった。

やっぱり別人だ。

そう思い、目を閉じた。

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