表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
憎しみの果てに  作者:
24/34

蘇える感情

んー…もう朝か。

横に首を向けると、長谷川はまだ眠っている。

起こさないようにベッドから起き上がり、朝食の支度を始めた。

今日はちゃんと作ろうかな!

鮭を焼きながらお味噌汁の準備をする。

料理にはだいぶ慣れたので、大抵のものは手際よく作れるようになっていた。

鼻歌を歌いながら作っていると起きた長谷川がリビングにやってきた。

「おはよう。いい匂いだね」

「おはよ。もうちょっとでできるから待っててね」

有紗はまるで新婚のような気分だった。

長谷川と知り合ってから半年が過ぎていた。

3か月前から、週末になると泊りにきて半同棲のような生活を送っている。

この頃になると有紗の生活も変わってきて、短い間ではあったが、

バイトしていたキャバクラは2か月前に辞めた。

だが、このバイトがなければ長谷川と出会うことがなかったし、

女性としてのスキルも上がったし、

同じ病気になったはづきと知り合うこともなかったので感謝しかない。

ホットヨガは今でも続けているが、スタイルはかなりよくなったので

週4回から週2回程度のペースに落としている。

それ以外は継続していて、美容には気を使っているし、

新作コスメなども必ずチェックしている、ネイルも髪も楽しむ

美意識の高い女性になっていた。

「お待たせー」

料理の乗ったお皿をテーブルへ運び、2人で朝食を食べながら

このあとどこへ行くか相談する。

「たまにはブラブラ買い物でもするか」

「そうだね、だったら買いたいものがあるんだ」

「また服か?」

「違うよ、この部屋が殺風景だから小物でも置こうと思って」

「殺風景で悪かったな。けどここは俺の部屋だからな」

「平日はね。土日は2人の部屋だから」

そんなことを言えるくらい、有紗と長谷川はごく普通の恋人同士になっていた。

このまま結婚する、そんな予感すら漂っていて、現にこないだ聖菜にも言われたばかりだ。

「なんか近いうちに結婚しそうだね。プロポーズされたらちゃんと報告してよ」

最初はあれほど疑っていた聖菜も今は応援してくれている。

有紗にとっては毎日が幸せだった。

そしてこの幸せが永遠に続くものと思っていた。

この日の朝までは。

長谷川と買い物に行き、部屋に置く小物などを買って、楽しい休日を過ごしていた。

「ちょっとトイレ行ってくる」

「うん、この辺で待ってるね」

トイレの付近で待ちながら、何気なく辺りを見回した。

カップルや家族などで賑わっている。

みんな楽しそうだな。

そう思いながらも、自分自身も楽しいので特に気にしないで眺めていたら、

腕を組んでいるカップルが有紗の前を通過した。

今のって…

有紗は慌てて目で追った。

間違いない…あれは。

有紗が見た人物、それは真子だった。

ということは、隣にいるのが三ツ屋亮…

三ツ屋は思った以上に普通の男だった。

背が特別高いわけでもなく、中肉中背といったところだ。

顔も普通、ただIT系の社長ということもあって、着ている服は高そうな感じがした。

その三ツ屋と腕を組んでいる真子は幸せそうだ。

一気に怒りがこみ上げてくる。

そうだ、わたしは復讐するために今の自分になったんだ。

女としての幸せを手にしたことで完全に忘れていたが、一気に過去の記憶が蘇ってくる。

有紗は見えなくなるまで2人の後ろ姿を目で追っていた。

「お待たせ」

後ろから声をかけられ、慌てて振り返る。

トイレから戻ってきた長谷川だった。

「あ、うん…」

そのまま長谷川が手を握って歩きはじめる。

もう慣れたこの手の温もり、歩く歩幅、見上げる目線。

当たり前のものになっていたのに、それらの幸せが心を苦しめる。

このままでいいのに…なんで今さら復讐のことを思い出すの?

そのあとのことはあまり覚えていない。

多分普通に買い物をして、食事をして、ごく当たり前のデートをしたはずだが、

有紗はほとんど上の空だった。

「なんか元気なかったけど体調でも悪い?」

「そんなことないけど…ちょっと疲れちゃったから今日は帰るね」

「そっか、じゃあ送るよ」

「ありがとう」

車に乗り込み、元々住んでる家に向かった。


どうも有紗の様子がおかしい。

話しをしていても空返事ばかりで、心ここにあらずといった感じだ。

今も助手席でうつむいたままなにも話さない。

出会ってからこんな状態の有紗は初めてで、どうしていいかわからなかった。

無言のまま10分ほど走る。

赤信号で停車したので、チラッと顔を覗き込んでみた。

それに気づいて、有紗は顔を上げ「ん?」と返事をした。

「いや、ホント元気ないなって思って。何か心配ごととか悩みがあるなら話してよ」

「本当にただ疲れただけだから。心配してくれてありがとう」

「ならいいけど…」

信号が青に変わったのでアクセルを踏んで発進する。

本人はそう言っているが、不安で仕方ない。

そもそもいつから態度が変わった?

朝は普通だった。

出かけ始めも普通だった。

俺がトイレに行ったあとからだ。そこから急に無口になって今のような状態になった。

まさかトイレに行ったから不機嫌になった?

そんなずない、と自嘲気味に笑いそうになる。

結局原因がわからないまま家の前までついてしまった。

すごく嫌な予感がする。

このまま有紗を降ろしたら二度と会えなくなるんじゃないか?

そんな不安が頭をよぎった。

考えすぎかもしれない。

けどこんな有紗は初めてだった。

有紗がドアに手をかけようとしたとき、長谷川はとっさに手を掴んでいた。

「ん?」

「あ、いや…」

行かないでほしい。そう言いたかったのに、出てきたのは別の言葉だった。

「俺がドアを開けるから」

運転席から降りて、助手席の外側にまわり、ドアを開けてしまった。

ここから降りたら有紗は帰ってしまう。

その有紗はゆっくりと車から降りていく。

「ありがとう。おやすみなさい」

「うん…」

後ろ姿を目で追い、とっさに声が出る。

「有紗!」

呼ばれてゆっくりと振り向いた。

「どうしたの?」

「あ…」

呼んで俺は何を言いたかったんだろう。

また会えるよな?

次はいつ会う?

今度どこ行く?

愛してるよ。

大好きだ。

いろんな言葉が頭をかけめぐる。

「ちゃんと…寝て、疲れを取れよ」

「うん、そうする」

有紗は再び背を向け歩いていった。

言いたかったことはそんなことじゃないのに…

後悔が一気に押し寄せてくる。

もう会えない、長谷川はそんな気がしてならなかった。




家に入り、冷静に考える。

わたしの目的は真子への復讐。

でも本当にそんな復讐をする意味はあるの?

英明という最愛の人を手に入れて、会社で相原たちと仲良くやって、

こんな幸せな日々を手放してまで復讐する意味が。

普通ならNOだろう。

しかし、今の有紗になったキッカケは真子への復讐心。

そして幸せそうな真子を見たことで、やはり憎悪は消えてなかった。

今のわたしは、立派に女性といえるだろう。

改めて鏡を見る。

もう男だった頃の面影はない。

おそらく今の自分を見ても、真子は気づかないはずだ。

このために、わたしは女になったんだ。

その瞬間、英明の顔を思い浮かぶ。

女になったから英明に出会えた…違う!

わたしは復讐のために女になったんだ。

無理矢理自分に言い聞かせ、ネットで検索する。

もし、これがダメだったら…復讐は諦める。

それが本当に一番いいことを有紗自身が気づいているからだ。

そう願いながらホームページを確認した。

それを見て有紗はつぶやいた。

「そっか…これが運命なんだね」

その目には、大粒の涙が溢れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ