聖菜の過去1
入社して1か月、聖菜は同期の熊野竜という男性がいた。
部署は違ったが、同期会などで急速に仲が良くなり、
熊野の顔がタイプだったとうこともあり、深く考えないで付き合い始めた。
「付き合っていることは内緒ね」
これは熊野が言い始めたことだった。
それには聖菜も納得した。
会社に入ったばかりで仕事よりも先に同期と恋愛をしていたらイメージも悪くなるから。
ところが半月ほど経ったあと、あっさりと言われたのは今でもハッキリと覚えている。
お昼を買いに、近くのコンビニへ行ったら同期の鈴木啓介と出くわした。
部署は違うが、同期会で2回ほど一緒に飲んだことがあるので面識はあるし、
連絡などしないが一応連絡先も交換していた。
「お疲れ」
「お疲れさま」
お互い軽く挨拶をし、買うものを決めてレジへ向かうとその前が啓介だった。
すると啓介は振り返って突然言ってきた。
「そういえば熊野と付き合ってるんだってな」
いきなり言われたので頭の中が真っ白になってしまった。
「なんで知ってるの…?」
聖菜は会社関係の人には誰にも熊野と付き合っていることは話してないので、
そうなるともう答えは一つしかなかった。
「こないだ熊野から聞いた」
啓介はサラッと言っていた。
自分から内緒と言っておきながら同期の啓介にあっさりと言ってしまう。
怒りと失望が聖菜に乗りかかっていた。
ため息交じりに確認した。
「この話だけど」
「内緒っていうんだろ。別に誰にも言わないよ。あんままわりに知られたくないもんな」
そう言ってもらえたのがせめてもの救いだった。
それになんとなくだが、この人は言いふらさないという自信があった。
その日の夜、聖菜は熊野に電話をして文句を言った。
『なんで内緒って言ったのにいうの』
『話の流れだよ。つい言っちゃって。もう言わないって』
この言葉をどこまで信用できるかわからない。
けど、現在では啓介にしか話していないというし、
その啓介も誰にも言わないといっていたので我慢することにした。
それから3か月、社会人になってから初の夏を迎えた。
最近、聖菜は熊野と付き合っていることに疑問を持ち始めていた。
それは一緒にいて楽しくないこと。
あまりどこかにデートにいかず、ここ1か月くらいは週末に聖菜のところへ泊まりに来て
のんびり過ごすことばかりだった。
いろんなところへ出かけたいと思う聖菜にとっては、正直つまらない週末になっていて、
心のどこかで熊野が離れてきているのを感じていた。
顔がタイプってだけで付き合っちゃったけど…間違ってたかな。
そんな矢先、会社のみんなでバーベキューをやることになり、聖菜はそれに参加した。
そこには上司や先輩、同期の啓介たち、そして熊野もいる。
ビールを飲みながらみんなでワイワイと楽しんでいたら、
先輩の美穂がニヤニヤしながら隣にやってきた。
「そういえば熊野くんと付き合ってるんだって?」
なんで…美穂さんがそれを知ってるの?
追い打ちをかけるように、まわりも「そうそう、ビックリしたよ」などの声が聞こえてきて
聖菜は呆然とした。
みんな知ってる…
熊野はもう誰にも言わないと約束した。
ということは、啓介が言ったということになる。
だが、彼は口が軽いとは思えないし、同期会でしか接点がないけど
不思議と信用できる人間だと思っていた。
そうなると、やっぱり熊野が言いふらしたとしか思えない。
その熊野が上機嫌に聖菜のほうへやってきた。
「彼女のところに行くのか?」などと冷やかされ、余計に上機嫌になっている。
これを見て聖菜は確信した。
言ったのはこの男だ。
しかもこの様子だと社内のほとんどの人が知っている。
熊野が目の前まできて大きな声を出した。
「そうなんです、僕たち付き合ってるんです!ね、聖菜」
その瞬間、バチンと乾いた音が響き渡り、辺りが静まり返った。
「誰にも言わないって自分で言っておいて、こうやって会社のみんなに自分で言いふらして、最低」
一瞬で気まずい空気がまわりを支配した。
その空気を作ったのは自分だ。
それでも聖菜は我慢できず、この場にいたくなかった。
「すいません、帰ります」
誰も聖菜を止めることができなかった。
熊野も、頬を抑えたまま立ちすくむだけだった。
なんなの、一体。
こうなるのが嫌だったから内緒じゃなかったの?
それを自分からペラペラと言いふらして…
そのあと熊野から何度か電話とLINEがきたがすべて無視した。
もう聖菜の中に熊野と付き合う気持ちはなかった。
それ以降も同期の女の子や先輩などからも連絡がきたが、誰一人取り合わなかった。
しかし、夜の10時を過ぎたあたりで、ある男からかかってきた電話にだけは出てしまった。
なぜ出たのかはわからない。
ただ、彼になら何でも話せそうな気がした。




