表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
憎しみの果てに  作者:
21/34

対面

有紗と聖菜が不安視していた件は、思いのほか何事もなく過ぎていった。

どうやら栞が広めないでおいてくれたらしい。

いらぬ心配だったかもしれないが、万が一ということもあるので、

これはこれでよかったことにしよう。


急いで身支度を整える。

今日はいよいよ長谷川を聖菜に合わせる日だった。

いつもと同じリップを付けようか迷ったが、長谷川と一緒なので

買ってからまだ2回しか使っていない赤のリップをつけることにした。

リップブラシで唇に塗ってから、鏡で確認する。

普段より、より大人っぽくなった気がした。

たまにはこういうのもいいよね。

バッグを持って、軽い足取りで家を出るともう長谷川は車で待っていた。

有紗を確認すると、前回のデート同様に運転席から降りてきて軽く手を挙げる。

「お待たせ」

「はいよ」と笑顔で答えてくれて、助手席のドアを開けてくれる。

「ありがとう」

ニコッとしながらそう言って、助手席に乗り込む。

これも前回と同様だ。

自分の指定席、改めてそれを認識して優越感に浸る。

車を発進させ、移動しながら長谷川が聞いてきた。

「なんか有紗の友達に会うの緊張するな」

「絶対に緊張してないでしょ」

長谷川は自分に自信を持っているタイプなので、知らない人に会うことに対して

緊張などするはずがない。

どんな人の前でも紳士に振る舞うだろう。

だが長谷川は「いやいや」と横に手を振っていた。

「俺だっていろいろ緊張するさ」

「じゃあわたしと初めて会ったとき緊張した?」

「うーん」と横に首をかしげる。

「有紗は別だよ。自然と惹かれていったから」

何度聞いても嬉しい言葉。

思わず「わたしも」と言ってしまいそうになったが、ギリギリのところで

その言葉を飲み込んだ。

今から浮かれすぎていると聖菜に会ったときに冷やかされる、

もしくは呆れられてしまう。

「ふーん」と返事をして、心の中でニコニコと微笑んでおく。

「そういえば英明の友達はどんな人がいるの?」

ふと思ったので聞いてみた。

長谷川はちょっと考えてから「既婚者が多いかな」と答える。

年齢を考えれば既婚者が多くても不思議ではない。

ただ友人の話とかはあまり聞いたことがないので、興味がわいてくる。

「親友とかいる?」

「まあ…男女1人ずついるよ」

親友に女友達がいるのが意外だったので少し驚いて「え」と声を出していた。

それを察した長谷川が慌ててフォローする。

「いや、その女友達はなんていうんだ、昔からの友達で腐れ縁みたいなやつ。それに頻繁に会うわけじゃないよ。ただ、久しぶりに会ったりしても昔と変わらないで話せるような。そういうのあるだろ?」

有紗は男の頃の自分を思い出そうとした。

当時、女友達も何人かいたが、親友とまではいかなかった。

決まって最終的になんでも腹を割って話せるのは男友達だ。

しかし、これはあくまでも男だったときの話。

次に女になってからのことを考える。

過去の知人とは無意識に絶縁してしまったので、

友達という友達は同僚の聖菜くらいしかいない。

栞は後輩でいい子だけど友達とは少し違うし、

キャバクラのはづきも同じ病気になった仲間で相談事もできるけど、

プライベートで会うほどではない。

そして男友達はゼロ。

つまり男のときでも女になってからでも、異性に親友はいない。

それでもたまに、異性で親友がいるという話も聞いたことがあるし、実際友達にいた。


大学1年の頃に知り合った野嶋尊、よく一緒に遊んでいたが、

ときどき木崎亜美という女の子を連れてきた。

最初に見たとき彼女かと思ったが、2人して違うと否定していた。

「やめてよ、尊と付き合うなんて想像しただけで鳥肌が立つ」

「それはこっちのセリフだ。それどころか亜美に彼氏ができたら奇跡だと思うし。啓介、お前亜美と付き合う?」

本人を目の前にしてなんてことを言うんだ。

ただ、亜美は明るくていい子だなとは思った。

裏表がなさそうで、誰とでも仲良くできるタイプ。

こういう子は男女問わず人気があるだろう。

けど、そのときの啓介は好きな子がいたので、笑って誤魔化しておいた。

「それより」と言葉を続ける。

「じゃあ2人はただの友達なわけ?」

「決まってるじゃん。別に異性の友達くらいお前もいるだろ?」

そりゃいなくはない。

しかし、男友達と遊んでいるところに異性の友達を連れていこうとは思わない。

少し不思議だなと思った。

それ以降も、たまに尊は亜美のことを連れてきて、3人で遊んだりもした。

見ていて思ったのが、2人とも異性なのに異性と思っていない、

まさに性別を超えた親友だった。


自分には少し理解できなかったが、考え方や捉え方は人それぞれ。

そういう友情があってもいいのかもしれない。

それにこの人は大丈夫!

有紗は笑顔を作ってから長谷川を見た。

「疑ってないから大丈夫だよ」

「よかった」

安心した顔が少し幼く見える。

そんな長谷川を見て、もし運転中じゃなければ手を繋ぎたいと思った。


車をパーキングに止め、有紗と一緒に待ち合わせのカフェへ向かう。

手を繋ごうか迷ったが、人も多いし自分がそんな若くもないので

並んで歩くことにした。

「やっぱり日曜ってみんな遊んだりしてるんだね」

「休みの人が多いからな」

「だよね。わたし休みの昼間ってヨガしか行ってなかったから」

有紗がヨガ好きなのは知っている。

理由は「美容のため」ということで始めたが、気がつけばヨガ自体が楽しくなり、

特に終わった後の爽快感が堪らないらしい。

実際に有紗の身体はスタイルがいい。

もちろんヨガだけでなく日頃の節制や美容にも気を使っているからだろうが、

ヨガも十分に効果を発揮しているだろう。

長谷川も昔通っていたジムのプログラムで3回ほどヨガをやったことがあるが、

インストラクターのスタイルがすごくよかったのを覚えている。

そのヨガを有紗に勧めたのが、これから会う相原聖菜という子だ。

彼女の話は有紗からいろいろ聞いた。

美容のこと、コスメ、ファッション、ネイル、それらのことを全部教えてもらった、と。

今の有紗を見て、美意識が高いし普通にかわいくて元男とは思えないくらいだが、

そういう有紗にした聖菜はそれ以上というのがわかる。

そんな子が俺を疑いの目で見てくる。

ちゃんと説明しないといけない、そう思うと緊張が走った。

「どうしたの?」

突然の有紗の声にハッとする。

「いや、別に」と言おうと思ったが、さっき緊張しているという話はしてあるので、

素直に言おう。

「だから緊張してるんだって」

「大丈夫だよ、相原はいい子だから」

有紗の数少ない大事な友達だからいい子なのはわかっている。

問題は自分が疑われている、ということ。

有紗は会う理由を具体的に言ってないが、

彼女はきっと俺を遊び人のような男かもしれないと思っている。

なぜそう思ったかというと、逆の立場なら俺もそう思うから。

初めて会ったのがキャバクラ、会って2回目セックス、3度目で日帰り温泉、

4度目は普通にご飯を食べただけ、そして今日が5度目だ。

つまり、今日を除けば4回中2回はセックスをしている。

多分、有紗はセックスをしたことを話しただろう。

普通に考えれば、身体目的じゃなければ2回目でセックスなど絶対にしない。

現に俺も今までそういうことをしたことがない。

ちゃんと付き合い、何度かデートをしてからという段取りを踏んでいる。

ただ、有紗は俺の中で特別だった。

初めて会ったときから惹かれ、愛おしくなった。

こんな経験は初めてだ。

だから男だったと聞いても、俺は変わらなかった。

それどころか、そのまま有紗を失うのが怖くて、抱いて自分のものにしたくて、

有紗のすべてが欲しくて、セックスをした。

触れるたび、身体を重ねるたびに有紗への想いは高まり、

セックスをしたあとのほうが、より愛情が増したことを今では実感している。

こうして一緒にいる今も、俺の内心は有紗への気持ちでいっぱいだ。

これを彼女にわかってもらうことができるのだろうか。


パーキングから5分ほど歩き、待ち合わせのカフェについた。

中に入ると壁はレンガ調になっていて絵などが掛けられている。

あまり美術には詳しくないが、いい具合にマッチしていて雰囲気の良さを醸し出している。

天井もほとんどがガラスになっているので、

優しい光が差し込んできて全体的に自然な明るさになっていた。

席はテーブルもあればソファーなどもあり、統一されていないが違和感がなかった。

大人っぽい、オシャレな女子が好きそうなカフェだな。

それを証明するかのように、女性同士やカップルが多いが

年齢層は20代後半から40代くらいまでがほとんどだった。

店員が声をかけてくる。

「2名様ですか?」

「いえ、3人で待ち合わせをしているんですが」

長谷川がそう答えると店内をみまわしていた有紗が「あっ」と小さな声を上げて

手を振り始めた。

その先を見ると同じように手を振っている女性がいる。

彼女が友達の相原聖菜か。

2人で彼女がいる席まで移動し、「お待たせ」といいながら有紗が対面の椅子に座る。

長谷川は「初めまして」とあいさつをして軽く会釈をしてから有紗の隣に座った。

彼女も「初めまして」と会釈をしたが、柔らかい表情はせず、

予想通り警戒しているようだった。

「あ、紹介するね。この人が」

有紗が紹介しかけたところで、自分から名乗る。

「長谷川英明です」

「はい。相原聖菜です」

正面から見る彼女は、予想以上にキレイだった。

顔は全体的に小さく、目は大きく二重でパッチリしている。

その上の瞼には少しラメの入ったアイシャドウが乗っていて、

余計に目全体を輝かせていた。

肌も透き通るような透明感があり、グレージュに染めたロングの髪は艶を放っていた。

キレイさだけでいえば、有紗を上回る。

それが長谷川の率直な感想だった。

「もう飲み物頼んだ?」

「ううん、2人がきてから頼もうと思ったから。はい、メニュー」

彼女がメニューを有紗に手渡した。

それを長谷川にも見えるようにして有紗が見ている。

「何にする?」

「俺はコーヒーでいいよ」

「じゃあわたしはソイラテにしようかな。相原は?」

「わたしもソイラテ」

いかにも健康を気にしている2人だなと思った。

店員を呼び、長谷川は注文を伝えてから再び聖菜に向き合った。

さて、俺から話して向こうの出方をうかがうか、それとも向こうからくるのを待つか。

いや、待つのは性分じゃない。単刀直入に聞こう。


予想以上に大人っぽい。

それが聖菜の長谷川の第一印象だった。

写真で見てはいたが、それとは別に堂々とした大人の男らしさを醸し出している。

かといって、自分がモテるとかカッコいいとか、

そういうことを想っているような感じではない。

年齢的なものなのか、それとも会社を経営しているからなのかわからないが、

少なくともしっかりしている男性に見えて、嫌なイメージにはならなかった。

でも問題は中身だ。

それをこれから探らなければいけない。

きっと長谷川もこっちの考えに気づいているだろう。

会った本当の理由を知らない有紗は隣でニコニコしていて楽しそうにしている。

この男が、この笑顔をずっと続けさせることができるか。

病気が原因で女になってしまっても、最初はそのまま男として生きると決めていたのに、

理由はどうあれ有紗は結果的に女として生きる決心をした。

そこからの努力はよく知っているし、今では男だった面影もない。

そんな有紗だからこそ、バカみたいな復讐を忘れて一人の女性として

幸せになってもらいたい、それが聖菜の望みだ。

だからこそ、この長谷川英明という男をしっかりと見極めないといけない。

有紗の友達として。

さて、どう攻めてみるか。

考えていると先に長谷川が聞いてくる。

「相原さんって呼んだほうがいいのかな?有紗はよく相原さんの話ばかりするんだよ。本当に仲がいいんだなって思って。だから逆に心配なんだよね。有紗が変な男と付き合ってるんじゃないかって」

やっぱり勘付いていた。

まさか単刀直入に聞いてくると思わなかったので、言葉に詰まってしまう。

それを聞いた有紗は「相原は心配性なんだよね」と他人事のように言っていた。

誰の心配をしていると思ってるの!と出かかったが、ここは飲み込んでおく。

向こうが率直に言ってくるなら、こっちも率直に返そう。

「その通りです。有紗ちゃんはわたしの大事な友達だし…」

「女性としての恋愛経験がないからって言いたいんだよね」

言い終わる前に言ってくる。

正直不快だ。

まるでそっちの考えは全部お見通しだよ、と言わんばかりに。

それでもお構いなしに、長谷川が言葉を続けてくる。

「ムッとさせちゃったらごめんね。相原さんが言いたいことは俺もわかるから。有紗が病気で女になったのを知ってるし、そこからまだ半年程度しか経ってない。そこから努力で見た目も中身も素敵な女性になったけど、男性との恋愛経験はゼロ。それで知り合ってこんな短期間で付き合ったりしたら遊びかなって思って当然だし、友達としては心配もするよね。でもね、こればっかりは言っても伝わらない気がするんだ。このお互いが惹かれあうっていうのを経験したことがない人には」

有紗からも何度も聞いている、この「お互いが惹かれあう」という言葉。

それを経験したことのない聖菜は「理解できない」とハッキリ言った。

そのタイミングで注文していた飲み物が運ばれてくる。

ソイラテを目の前に置かれたが、気にせず話を続けることにした。

「その言葉は有紗ちゃんから何度も聞きました。でもそれを聞いて「そうなんだ」って納得はできません。運命とでも言いたいんですか?もしそんなのが本当にあったら素敵なことだと思います。でも現実はそんなのありません」

「現実主義なんだね。ま、俺も基本的には現実主義なんだけど」

それもそうだ、20代後半になって現実を見ない人はいない。

ましてや恋愛なら結婚という大事なものも視野に入ってくる。

だから聖菜は昔のように気軽に付き合うようなことはせず、

この先本当に一生一緒にいられる人かどうかを見極めようとしているため、

しばらくは恋人がいなかった。

最後にいたのはもう何年も前になる。

なんか嫌な思い出なのに懐かしいな…でもあの件がなかったら、

こうして有紗ちゃんと友達になれてなかったかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ