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憎しみの果てに  作者:
19/34

現在と過去を重ねて

鏡を見て自分の姿をチェック。

髪もだいぶ伸びてミディアム手前くらいなので今日はハーフアップにしてみた。

服装はレースのスカートに薄手のニット。

メイクはあえてナチュラルにしておいた。

うん、OK!

パンプスを履き、バッグを持って家を出る。

下に降りると一台の車が止まっていた。

白い高級車でピカピカに磨かれている。

近づくと運転席が開いて長谷川が降りてきた。

「お待たせ」

笑みを浮かべながら助手席のドアを開けてくれた。

「どうぞ」

「ありがとう」

紳士的な振る舞いをされ、自分が女だと実感する。

乗り込むと高級車だけあって広い。

シートもレザーになっていて、こんな車に乗るのは初めてだ。

会社を経営しているだけのことはあるなと思った。

長谷川も運転席に戻り、2人ともシートベルトをしてから出発した。

男だった頃は、免許を持っているのが有紗だけで真子は持っていなかったので

運転はいつも有紗の役割。

助手席に乗ってドライブというのは新鮮だった。

「なんか楽しそうだね」

「そう…かな。なんか今までずっと運転で助手席ってあまり乗らないから」

男だった頃の話をする必要はないが、知ってくれているので、

こうやって自然に話すことができる。

「なるほどね。じゃあこれからはそのシートが有紗の指定席だ」

指定席…いい響き!

思わず微笑んでいた。

気がつけば車は高速を走っている。

有紗は行き先を告げられていなかった。

電話で日曜にドライブ行こうと言われ、行き先は着いてからのお楽しみ、とのことだった。

長谷川に限って、変なところへ行くはずはない。

きっとオシャレなプランがあるのだろう。

相手に完全にお任せ、というデートも初めてなのでワクワクしている。

運転している長谷川を見てみるとドキっとした。

好きな人が運転している姿ってこんなにカッコいいんだ。

その視線を感じた長谷川が聞いてくる。

「俺の顔になんかついてる?」

「んーん。ただ見てただけ」

「なんか照れくさいからやめろよ」

そういって笑っている顔が爽やかでまたいい。

きっと今の有紗は長谷川が何をしていても、どんな表情をしてもカッコよく見える。

恋というのはそういうものだ。

2時間ほど走って、着いた先は海が近い温泉街だった。

そのままホテルに入り車を駐車場に止める。

「到着」

「温泉だったんだ」

「有紗、結構忙しくて疲れてるだろ。だからゆっくりできるところがいいと思って」

疲れているのはむしろ長谷川のほうだろう。

有紗の忙しいは平日に毎日通っているホットヨガと金曜のキャバクラのせいだが、

長谷川は会社を経営している社長、忙しいの意味合いが違う。

それでもこうやって気を使って考えてくれているのは嬉しい。

受付で名前を言うと部屋のカードが渡される。

「部屋あるの?」

泊まりではないかと一瞬思ってしまう。

泊まる用意もしていなければ、翌日は仕事もある。

「日帰りでも部屋はちゃんと予約できるんだよ」

今までの日帰り温泉でちゃんとホテルの部屋など借りたことがなかったので、

知らなかったことが少し恥ずかしい。

カードを差し込み部屋に入ると中は広く、大きなダブルベッドがある。

それ以上にベランダから見える景色に反応した。

「海!」

そのままベランダまで移動して、身を乗り出すように眺めた。

上から見る海は、キラキラ光っていてほどよい潮の香を感じることができる。

「いい感じだろ?」

「うん!海っていつまでも眺めていられる。波の音も好きだし潮の香りも好きだし」

海を見ながら思わず過去のことを思い出した。

それはまだ有紗が大学3年の頃、啓介の頃だ。


真子と4回目のデート、ドライブで海を見に行った。

その場所は、啓介が元々お気に入りで一人でもフラッと来たりしている。

そこは、真子をどうしても連れていきたかった。

季節は冬だったが、2人で1時間近く砂浜に座って海を眺めていた。

「海って見ていて飽きないよね」

「うーん…」

真子は渋い表情をしている。

「海見るの好きだけど1時間はさすがに飽きるかな」

しまった…印象悪くなったかな。

まだ付き合っていないので、嫌われたくない一心で啓介は慌てた。

「そ、そうだよね。ごめん、そろそろ行こう」

立ち上がろうとしたら真子が手を掴んできた。

「でも…啓介くんとなら飽きないかも」

え?どういう意味だ…

真子を見ると恥ずかしそうに顔を下に向けていた。

そうか、待っていたのか…ここで言わなきゃ俺は男じゃない。

手を繋いだまま啓介はもう一度真子の隣に座った。

「真子ちゃん」

名前を呼んで顔を真子のほうへ向ける。

真子もゆっくりと顔を上げてから啓介のほうを見てきた。

「俺、真子ちゃんのことが好きだ。付き合ってほしい」

ややあってから、真子はコクンと頷いた。

「うん…よろしくお願いします」

こうして付き合い始め、4年半後に結婚をした。


懐かしいな…あれから何度も2人で海を見に行ったっけ。

幸せだった。

あの幸せは永遠に続くものと思っていた。

病気が原因とはいえ、まさかあの真子をこんなに恨むことになるなんて。

「有紗?」

「あ、うん」

「なんか思い出してた?」

「ちょっとだけ…ね」

でも内容まで話す必要はない。

長谷川もそう思ったのか聞いてこなかった代わりに

後ろから優しく抱きしめてくれた。

そうだ、今のわたしには英明がいる。

長谷川の腕をギュッと掴み、少しだけ身体を後ろに預けた。

荷物を置き、お昼を食べることになった。


すごく不思議な感覚がする。

まだ有紗と知り合って9日目なのに、ずっと昔から付き合っているような感じだ。

といっても、正式に告白をしていないので付き合ってはいないが。

「何食べたい?」

「んー、せっかく海があるんだから魚かな」

いたってありきたりな答えだが、長谷川も同じことを思っていたので

魚を食べることにする。

「だったらお寿司を食べよう」

「やった!」

日曜ということもあり、お店はそこそこ混んでいたが、15分ほどで中に入ることができた。

テーブルに座り、メニューを見る。

「好きなのなんでも頼んでいいよ」

「それは悪いよ。ランチにしよう」

「気にしないでいいよ。俺が誘ったんだからカッコつけさせてくれよ」

ここでケチるのはみっともない。

せっかくのすし屋だ、食べたいものを食べればいい。

それに長谷川は会社の経営者だけあって、

一般の人と比べればそれなりにお金はもっている。

「だけど…」

まだ有紗は遠慮している。

こういうときは先に高いものを頼めばいい。

そうすれば相手も好きなのを頼みやすくなる。

「俺は大トロだろ、あとウニと…お、ズワイガニもある、これも頼もう。有紗は?」

「本当にいいの?」と確認してから「じゃあ」と続ける。

「ボタンエビとイクラと…わたしも大トロも食べたいかな」

そう、それでいい。

長谷川は笑顔で返し、それらを注文した。

「なんかこういうお店に慣れてる感じだね。わたしはあまり回ってないお寿司屋さんに行ったことないから」

「でも行くようになったのは30代になってからだよ。あとは仕事とかでね」

「なんかそうやって聞くとわたし子供みたい」

ちょっとだけ頬を膨らませて拗ねている。

こういう仕草を見ていると本当に元男だったのかと疑いたくなる。

「有紗はこれからだよ。俺がいろんなところに連れていってあげるから」

「うん…楽しみにしてる」

上目遣いで微笑みながらそう答えていた。

少しして注文した寿司が運ばれてくる。

醤油を小皿に入れてから「いただきます」と言って2人とも大トロから口へ運ぶ。

「んー…おいしい」

「うん、うまいな!」

「すごい脂がのってて口の中で溶けちゃったよ」

人はおいしいものを食べると幸せな顔になる。

有紗の今の顔は、まさにその顔だ。

きっと俺も同じような顔をしているだろう。

長谷川は最終的に寿司を15貫食べたが、有紗はその約半分の8貫だけだった。

こないだのレストランでも思ったが、結構小食だ。

体系を気にしているのであえて減らしているのかもしれない。

今後のためにも聞いておいたほうがいいかな。

「有紗は小食?それとも食べ過ぎないようにしてるの?」

「どっちもかな。痩せるためにあまり食べないようにしていたら胃が小さくなって、これくらいでもお腹いっぱいなの。普段はサラダとかが多いしね」

「やっぱりいろいろ気を使ってるんだな」

「一応ね。最初は女になっても気にしないで男と同じような生活を送ってたんだけど…そのあと妻と離婚して、女としてちゃんと生きようって思ってからは慣れるまで大変だったよ。同僚で友達の子がいるんだけどね、その子がすごくキレイで美意識が高いの。相原聖菜っていうんだけど、相原にいろいろ教えてって頼んだら親身になって教えてくれたんだけど…思ったよりスパルタで」

そこで一度笑ってから話を続ける。

「スキンケアをちゃんとしなきゃダメだとか、おススメのコスメは高いのばかりだし、服も一から買い直して、こういう服がいいとか。髪もネイルも磨かないとって言われたし、食生活もそう、なるべくサラダを中心に。細くて女性らしい体つきになるためにホットヨガを紹介してくれたのもそうだし。おかげで今のわたしがいるんだけどね」

「そのおかげで出費がかさんでキャバクラのバイトを始めたのか」

「そういうこと。でも感謝してるよ。キャバクラで働いたことで、より女らしくなれたと思うもん。キャバクラは女の子に会いにくるお店、そこのお店で女の子として働いている。お客さんもわたしを元男と知らないので、完全な女の子として接してくる。だからわたしも女らしくしなきゃって思えて頑張れたし」

それは一理あるのかもしれない。

おそらくキャバクラで働く前から、相原聖菜という子のおかげで

だいぶ女らしくなっていただろうけど、それに磨きがかかったという感じか。

「あとキャバクラで働いたことで…」

そこで言葉を止め、ややあってからボソッと呟くように言う。

「英明に出会えた…」

恥ずかしながらも本音を言ってもらえるのは素直に嬉しい。

長谷川も素直に返す。

「俺も有紗に出会えてよかったよ」

言ってからお互いがなんとなく照れくさくなる。

エッチまでしてるのに何やってるんだろうな。

心の中で苦笑いしてから「そろそろ行こう」といって、再びホテルへ戻った。


部屋から温泉に向かう途中、浴衣のレンタルがあることを知り、

2人して浴衣を借りてから温泉へ向かった。

「おそらく俺のほうが早いよね」

「多分」

「ま、気にしなくていいからのんびり入ってきなよ。俺は上がったら部屋で待ってるから」

「うん、そうさせてもらう。じゃあまた後で」

長谷川は男湯へ、有紗は女湯へそれぞれ入っていく。

女湯…か。どう入ればいいんだろう。

タオルとかは確かダメなんだよね。

有紗は女になって初めての温泉になる。

といっても、普段ホットヨガに行って更衣室で普通に着替えているので

女性の裸には抵抗もなにもないし、自分は女だという自覚しかない。

ま、何とかなるか。

あまり考えないようにして脱衣所に入る。

中には何人かの女性がいた。

子どもいればお年寄りもいる。

有紗よりちょっと若い子などもいた。

これから入る人もいれば、上がって着替えている人などまちまちだ。

着ているものを脱ぎ、後ろ髪をクリップで留め、

一応タオルで前を軽く隠しながら浴室へ入った。

中も同じように子供や若い子、母親、お年寄りなどが入っている。

とりあえず浸かろう。

置いてある桶で身体に温泉をかける。

タオル邪魔だな…

タオルを外して、肩から掛け湯をして、桶を戻してから温泉に足を入れると

入れ替わるように大学生くらいの女の子2人が立ち上がって有紗の横を通り過ぎた。

「今の人、すごい胸大きかったね」

「ね、スタイルもいいし羨ましい」

会話が聞こえてしまった。

そう言われるのは嫌じゃない。

胸の大きさは別として、スタイルに関しては日々の努力の賜だ。

ゆっくりと肩まで浸かり、足を伸ばす。

あー…気持ちいい。

まさか今日温泉にくるとは思わなかった。

そもそも温泉なんて何年ぶりだろう。

1年…いや、2年ぶりくらいか。


結婚前に真子と婚前旅行をしようということになり、

近くの温泉へ一泊二日の旅行へ行った。

貸切の温泉を借りて、真子がはしゃいでいた記憶がある。

「やっぱり貸切っていいよね。わたしたちだけだよ」

「家のお風呂だってそうだろ」

「違う、お風呂じゃなくて温泉。しかも家のお風呂じゃ2人で湯船入って足伸ばせないでしょ!」

「まあ、足を伸ばせるっていうのは賛成かな」

「わたしと一緒っていうのは?」

真子がそんなこと言うなんて意外だったので驚いた。

正直、もう付き合いが長くなり結婚もする。

居て当たり前なので特別感はなかった。

でもそれを言うと怒るかもしれない。

「そこは当たり前のことなんだから聞くなよ」

そういってから抱きしめた。


あのときみたいに貸切だったら英明と一緒に入れたのに。

って何を考えてるんだ!エッチしたとはいえ、まだ知り合ったばかりなのに。

気を紛らわすために当たりを見まわしてみる。

まず近くに小さな女の子とお母さんが一緒に入っている。

きっと家族できているんだろうな。

その奥には一人で入っている有紗と同じくらいか、少し年上の女性がいた。

きっと同じようにカップルで来ている。

そしてずっと話している3人組がいた。

20代半ばくらいだろうか、友達同士できていてとても楽しそうだ。

恋バナがメインで、まるで女子会のような感じだ。

なるほど、女の子のお風呂っていうのはこういう感じなんだ。

それにしても…温泉ってやっぱり気持ちいい。

のんびり浸かり、身体を流してから浴衣に着替えて部屋に戻る。

きっと英明はもういるんだろうな。

案の定長谷川は部屋の中にいて、ベッドに腰を掛けながらスマホをいじっていた。

有紗に気づき、視線を向ける。

「おかえり。どうだった?」

「うん、気持ちよかったよ」

それを聞いて長谷川がニコッとする。

どうしようか迷ったが、とりあえず長谷川の隣に腰を掛けた。

「ここって何時までなの?」

「チェックアウトは6時、今が3時半だからあと2時間半くらいかな」

そういってから有紗のことを抱き寄せてきた。

ああ…きっとわたしはまた抱かれるんだろうな。

だが、それを有紗自身も密かに期待していた。

何度もキスをし、愛撫され、そして愛しあった。

その度に有紗は声を上げ、自分が女として愛されていることを全身で感じていた。

もうこの人しか考えられない…


「今日はありがとう。素敵な一日だったよ」

「そう言ってもらえるとこっちも嬉しいよ」

今日は家の前、まわりに人もいないしお別れのキスくらいしてもいいよね。

そう思って顔を近づけようとしたらLINEの通知がきた。

無視しようとしたが、長谷川が「確認しないの?」というので、仕方なくスマホを見る。

相原か、なんだろう?

読んでみて思わず「え?」と声を上げてしまった。

「どうした?」

「相原が…今度3人で会いたいって。なんでまた…」

きっと長谷川のことを信用していない、もしくはどんな人か会ってみたい、

ということだろう。

「相原ってさっき言ってた子だよね。いいよ、有紗の大事な友達なんでしょ」

「いいの?まだ知り合ってそんなに日も経ってないのに」

それを聞いて長谷川は笑っていた。

「日数なんて関係ないよ。要は俺たちがどれだけ通じ合ってるかなんだから。それにきっと彼女は俺のこと信用してないんだろうな。それならちゃんと会って、俺が遊びじゃないっていうのを知ってもらいたいし」

やっぱり英明も信用されてないって思ったんだ。

気を悪くしないかな…

「なんかゴメンね」

「謝るなよ。傍から見れば信用しなくて当然なんだから。でも…いい友達だな。普通ここまで心配してくれないよ」

そうかもしれない。

今、自分ことを一番親身になって考えてくれるのは聖菜だ。

その聖菜に、長谷川英明は信用できるっていうのを知ってもらうには

会うのが一番手っ取り早い。

「うん、なんだかんだ言って相原は一番大事な友達だから…ありがとう」

「だから気にするなって。けど平日は忙しいから日曜がいいかな」

「わかった、調整してみる」

「うん。有紗…」

そこまでいって長谷川がキスをしてきた。

うっとりしながら、ゆっくりと唇が離れる。

「おやすみ」

「おやすみなさい」

長谷川が車に乗り込み発進する。

その車が見えなくなるまで有紗はずっと眺めていた。

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