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憎しみの果てに  作者:
15/34

不思議な男

「へー、まだ22歳なんだ。年上でごめんね」

「全然!俺、年上のほうが好きだし。ナミちゃんはかなりタイプ」

「ホントに~?ありがとう」

キャバ嬢になって1か月が過ぎたが、有紗は思った以上に順応できていた。

なんとなく極端に年上じゃなければ敬語で話す必要もないこともわかり、

今はタメ語ではなしている。

接客しているのは22歳で和寿という男だった。

なんでもパチンコで勝って、友達とキャバクラにきたらしい。

派手な茶髪に顎髭、ほどよい筋肉がついていて肉体労働をしている雰囲気がよくでていた。

それでいて女に慣れているのか、ちょいちょい有紗を褒めて喜ばそうとしてくる。

「今日って何時までなの?」

「閉店の4時までだよ」

「4時まで?長いな、あと5時間もあるじゃん。早上がりして遊びに行かない?」

そうか、お持ち帰りをしようとしてるのか。

残念だがその手には乗らない。

はづきに言われてから、ずっとエッチのことが頭にあっても、

そう簡単にお持ち帰りできると思ったら大間違いだ。

それに元男ということで、単純な考え方が手に取るようにわかる。

相手にトゲを刺さないようにやんわりと断りを入れた。

「それは無理だよ、いきなり早上がりなんかしたらクビになっちゃうよ」

こういう男でも客は客だ。

怒らせては元も子もないということぐらいはわきまえている。

「そっかぁ、じゃあ今度プライベートで飲みに行こうよ」

食い下がらないのか、面倒くさいやつだな。

行くつもりはないが、「いいよ」と言っておく。

「おお、いつ行く?」

「まだわかんないけど時間が合えば」

「ナミちゃんのためならいくらでも合わせるよ!LINE教えて」

しかたなくLINEを交換する。

これはキャバクラならよくあることだ。

ここから営業をかける子もいれば、最初だけやり取りして放置する子もいる。

有紗は後者を選択するつもりでいる。

こういうのは適当に相手をしてあしらえばいい、この1か月で学んだことだった。

「じゃあ日程わかったら連絡してね」

「うん、そうする」

この日はほかにも有紗のことをアフターに誘ってくる客が2人いた。

そのうちの一人、加山毅という男は最悪だった。

一人でお店にきていたんだが、まず100キロを超える巨漢で年齢は35と言っていた。

正直、もっと年上かと思うほど老けていた。

そして毛深く、汗臭く、隣にいてしんどかった。

「ナミちゃん、仕事終わったら遊びに行かない?」

冷たくあしらいたい、そういうわけにはいかないが。

「終わるの4時だよ。遊ぶところなんてないよ」

「カラオケなら24時間やってるし、早朝ドライブなんていうのも楽しいよ」

そんな時間から歌いたいやつなんていないだろう。

それにドライブって飲酒じゃ…

そう思ったが、加山は酒が飲めないといって水を飲んでいた。

酒も飲まず一人でキャバクラにくるということは、よほど女に飢えているということか。

まあ、無理もないよな。その見た目じゃ。

「ちょっと、わたしを寝させないつもり?」

「一晩くらい寝なくても大丈夫でしょ」

お前は遊んでるだけだから元気かもしれないが、こっちは仕事をしてるんだ。

やってわかったが、この仕事は決して楽ではない。

気も使うし、接客中も酒を作ったりグラスを拭いたり、ライターで火をつけたり、

これらを疎かにしないように注意していないといけない。

今だって会話をしながら加山のグラスに氷を入れている。

「わたし肌に悪いからオールはしないの。ただでさえこの仕事してると不規則で肌に悪いんだから」

「えー、全然肌きれいじゃん。問題ないって」

「ダメなものはダーメ」

「じゃあ一緒に寝ない?それなら肌にもいいよ」

肌以上に精神面が悪くなる。

想像しただけで吐き気がしてきた。

不思議なもんだな。

男の頃、加山みたいに太った友達もいた。

デブだが、友達なので気にもしなかったが、

女になってからこういう男は嫌だと思うようになっている。

抱かれるのを想像しているからだろうか…

まずい、思考がおかしくなっているのか、深く考えるのはやめよう。

「わたし自分のベッドじゃないとぐっすり眠れないの」

「俺、ナミちゃんの部屋行ってみたいな」

あー、マジ面倒くさい!

「わたしのマンション、女性専用だから」

これでも引き下がらなかったら、ボーイを呼ぼうと思ったが、

さすがに諦めて言ってこなくなったのでホッとした。

見た目は置いておいて、そういうしつこい男は好かれないぞ。

言ってやりたかったが、そこまで言う義理もないので、

帰るときに営業スマイルで見送ってやった。

そして最後に口説いてきた男が閉店近く、一人で深夜3時にやってきた

長谷川英明という、今までとまったく違うタイプの男だった。

年齢は加山と同じ35歳と言っていたが、30歳くらいに見える。

背は180近くあるだろうか、スマートで爽やか、着ているジャケットも高級感があって

絶対にモテる部類に入るだろう。

「一人で飲んでたの?」

「いや、最初は友達と飲んでたんだけど、そいつ終電で帰っちゃってさ、俺は飲み足りなくて一人でバー行ったりして、最後になんとなくキャバクラに行こうかなって。そしたらナミちゃんみたいなかわいい子が付いてくれたからビックリしちゃったよ。来てよかった」

「かわいくなんてないよ!でもありがとう」

こういう言い方をしておかなければ自意識過剰と思われる。

長谷川はほかの客と違い、質問ばかりしてきた。

「掛け持ちでしょ、昼間は何の仕事してるの?」

「今は総務だから事務職、営業から移動になってね」

「へー、ってことはOLなんだ。でもそっちのほうがしっくりくる感じかな」

「それってキャバは合ってないってこと?」

「うーん、合ってないとは思わない。ドレス姿とか普通にかわいいし。でもイメージ的にはバリバリ仕事してるほうが合ってるかなって」

今はそんなにバリバリ仕事をしていないが、本職はそっちだから

そう言ってもらえるのは嬉しい。

「長谷川さんは何の仕事してるの?」

「俺は一応会社を経営してるよ」

「ってことは社長さん?」

「肩書はそうなるけど、社員もあまりいないし現場を動き回ってるから、そんな大それたもんじゃないよ」

そういいながら苦笑いして手を横に振っていた。

謙虚な人間なんだな。

こういうタイプの人は人として嫌いじゃない。

「どんな会社なの?」

「アプリとかを開発してるよ。ゲームとかっていうよりは便利なツールとか、あとは企業から依頼されたものとか。それよりナミちゃんは何で掛け持ちしてるの?やっぱりOLだと給料安い?」

仕事の話はあまり好きじゃないらしく、話題を自分のほうにされてしまった。

長谷川なら嘘をつく必要もなさそうなので普通に話しておこう。

「普通に生活できるんだけど、それ以上に出費が多くて。服とかコスメとか…その辺をこだわってたらちょっときつくてね」

「ああ、なるほどね。確かに美意識高そうだ。ネイルとかもしっかりやってるし」

そう言いながら手を掴んで指先を見てきた。

あまりに自然だったので、振り払うこともできなかったが、

そこまで嫌な気持ちはしなかった。

「女性ってお金かかるから大変だね」

そう言ってから手を離した。

少ししか掴まれないが、まだ長谷川の温もりが手にはしっかりと残っていた。

「こだわらなければ、そこまでじゃないと思うんだけど」

「いや、こだわったほうがいいよ。そうやって自分磨きに頑張る女性は魅力的だから」

これって口説いてるのか?

キャバクラで口説いてくる客はごまんといる。

でもそれらとは少し違うような雰囲気が長谷川にはあった。

少し警戒しながら会話を続ける。

「ありがとう。そう言ってもらえると頑張っててよかったと思える。まだまだだけどね」

長谷川は何も言わず優しそうに微笑んでいた。

それを見た有紗は一瞬だけドキッとしていた。

なに、この感覚…まさか男にときめいたのか?

悟られないように「お酒作るね」と言って、慌てて氷を足していた。

「ナミちゃん、彼氏は?」

唐突に聞いてきたので、ちょっとびっくりした。

でも今までも彼氏は?と聞かれたことは何度もある。

「いないよ。いたらこういう仕事なんてできないし」

「それもそうか。こんな魅力的なのにいないなんてもったいないな」

いちいち褒めないでほしい。

ドキドキしてくるから…

「長谷川さんはいるでしょ?」

「俺もいないよ。もう1年近く経つかな」

「嘘だー、絶対にモテるから。そんないないなんて信じられない」

「俺から言わせてもらえば、ナミちゃんがいないほうが信じられないけどね」

「だって出会いないし」

「これは出会いじゃない?」

「え?」

長谷川はジッと目を見つめていた。

その瞳に有紗は吸い込まれそうになった。

なんなの、この男…

見つめられると自然に引き寄せられていく。

そんな不思議なオーラを長谷川はまとっていた。

いけない、このままじゃ危険だ。

「そういっていろんな子を口説いてるんでしょ」

「キャバクラで女の子を口説いたのは初めてだよ。なんとなくフラッと立ち寄ったら君がいた。見ていると引き寄せられそうな…こんなこと初めてだよ」

長谷川も有紗が思ってことと同じように、引き寄せられると言っている。

偶然…じゃない?

「もしよかったら、今度2人で食事でも行かない?もっと君のことを知りたい」

どこまでもまっすぐな目で有紗を見つめている。

本気ということをアピールしているのか、長谷川は有紗を源治名の「ナミ」と呼ばず

「君」と言うようになっていた。

こういうことってあるんだ…向こうも同じように引き寄せられてる…

この人からは源治名のナミや君ではなく、本名で呼んでもらいたい。

「有紗…わたしの本名」

「教えてくれてありがとう。ナミよりもしっくりくる、いい名前だね。有紗、答えを聞いてもいいかな?」

その口調は甘く優しく、心にしみるような言い方だった。

「ずるいよ、その言い方…」

「俺は真剣に言ってるだけだよ」

真剣というのはしっかりと伝わってくる。

今まで口説いてきた男とは明らかに違う。

お持ち帰り目的とかでもなければ、キャバ嬢のナミじゃなくて

有紗という人間を口説いている。

考えるより先に言葉が出てしまった。

「わたしも…もっと長谷川さんのこと知りたい…」

すると、長谷川はニコッと微笑んだ。

「英明、英明って呼んで」

恥ずかしくて顔を上げられないので、下を向きながら答える。

「うん…」

まさかここでこんなことが起こるとは思ってもいなかった。

男に恋をするなんて…

連絡先を交換したところで、お店は閉店となった。

帰るときの長谷川は普通の客のように「じゃあね」と笑顔で手を振っていたので、

有紗も「ありがとうございました」とお辞儀をして見送った。

それでも心はドキドキしっぱなしだった。

家に帰るとLINEが届く。

相手ははづきだった。

(最後のお客さんといい感じだったね 一目惚れ?)

一目惚れ…とは違うかもしれない。

お互いが引き寄せられた、運命のようなものかもしれない。

まだ知り合って会話したのも1時間足らずなのに、ずっと昔から知っているような、

それでいてドキドキするのに安心感があるような、不思議な感覚だ。

はづきにはいろいろ教えてもらってお世話になっているから、今の気持ちを素直に伝えた。

(いいじゃん!ナミちゃんに恋してもらいたかったし、普通に嬉しい)

本当にはづきはいい子だ。

元男とは思えないくらい、普通に女の子だ。

ありがとう、と返事をした直後にまたLINEがきた。

有紗をお持ち帰りしようとした和寿だった。

(仕事終わった?来週とか暇な日あったら教えてね)

どうでもいい。

でも邪険にするわけにはいかないので、明日の適当な時間に来週は忙しいと返事をしよう。

英明からはこないのかな…

スマホを眺めていたが、何もない。

遊びってわけじゃないよね…

あんなふうに口説かれて、有紗もその気になっているせいでヤキモキしていた。

30分待ってもこない。

自分から送ろうか迷っていたが、送る勇気がなかった。

すると、LINEの通知がきたので、慌ててスマホを見る。

相手は長谷川だった。

(有紗のことを考えていたら、なんて送っていいのかわからなくて時間かかっちゃった。もし寝てたらゴメンね。今まで生きてきたなかでこんな気持ちになったのは初めてでさ、まだ有紗のことそんなに知らないのに、ずっと昔から知っているような不思議な感覚なんだよね。もっと本当に有紗のことをいろいろ知りたい。だから次に会う日を楽しみにしているよ。おやすみ)

やはり長谷川も有紗と同じようなことを思っていた。

これってやっぱり運命なのかな…

男だった頃を思い出す。

何人か彼女がいたし、結婚もした。

でも、長谷川のような感覚になった相手は誰もいなかった。

結婚した真子ですら。

素直に返そう。

(わたしも同じようなことを思ってた。英明のことをずっと昔から知っているような、それでいて安心感があるような…わたしももっと英明のこと知りたい、だから会えるのを楽しみにしています。おやすみなさい)

送信してからベッドにもぐりこむ。

頭の中は、長谷川のことでいっぱいになっている。

このときだけは復讐のことも忘れて、ただ恋をする女性になっていた。

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