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憎しみの果てに  作者:
13/34

お泊り

聖菜の家はオートロックのワンルームマンションだった。

中に入るとふんわりとローズの香りが漂ってくる。

ディフューザーを置いているらしい。

部屋自体はシンプルで、フローリングは木目、ベッドは白、

シンプルな色で統一されていたが、指し色としてところどころに赤がある。

予想通りオシャレだなと思った。

「先にお風呂入っていいよ。着替え用意しておくから」

「ありがとう」

お言葉に甘えて先にお風呂に入らせてもらった。

シャンプーやボディソープなどは高級品を使っている。

有紗は、その辺はさすがにドラッグストアで済ませていたが、

やはり聖菜は違うんだなと感じた。

前から思っていたが、お金は大丈夫なんだろうか?

給料はおそらく有紗とほとんど変わらない。

それでいてコスメは全部デパコス、しかも頻繁に買い換えていて、

バスグッズも高級品、服もどちらかというと高いのを着ている。

そしてヨガ代、家賃、それらを計算すると絶対に足りないはずだ。

そんなことを考えながらお風呂から出るとルームウェアが置かれていたので

手に取る。

これ、クリームムースのだ。

クリームムースは、若い女性に人気があるルームウェアのブランドで

ハッキリ言って高い。

普通に上だけで6000円以上するので、有紗もさすがに持っていない。

ああ、高いだけあって着心地がいい。

頭を拭きながら戻ると聖菜が「サイズ大丈夫?」と聞いてきた。

「あ、うん。ありがとう」

「化粧水とかドライヤー置いておくから。さて、わたしも入ってこようかな」

入れ替わるように聖菜が今度はお風呂に入っていった。

スキンケアは同じものなので安心して使える。

相原に勧められて買ったんだから、そりゃ同じだよな。

スキンケアを終え、ドライヤーで髪を乾かしながら考える。

わたしは貯金を切り崩して、現状の生活をしている。

相原は給料だけで現状の生活をしている。

おそらく出費は聖菜のほうが多いだろう。

謎だ…それとも給料が違うのかな?

いや、それは考えられない。

例えば営業とかで大きな契約を結んで金一封が出るとかならわかる。

そうはいっても、実際は出ない会社なんだけど。

聖菜はずっと総務部、お金を生む部署じゃないうえに役職もないのに

同期の有紗よりも給料がいいというのはありえない。

「あー気持ちよかった」

ドライヤーの音で聖菜が戻ってきたことに気づかなかった。

聖菜がスキンケアをし終わるタイミングで髪が渇いたのでドライヤーを渡した。

そして聖菜も乾かし終わってから、明日の服を選ぶといってクローゼットを開けたとき、

有紗は「ん?」と思った。

端のほうにドレスが掛かっている。

しかもパーティードレスのような感じではない。

これは…キャバ嬢が着ているようなやつだ。ひょっとして…

「相原、バイトしてる?」

「あっ」

聖菜はドレスのことを言っていることにすぐ気づいた。

「会社には内緒だよ。金曜の夜と祝日の前日にね」

これで謎は解けた。

足りない分はキャバクラのバイトで補っていたのか。

しかしこのバイトでいくらくらい稼げるんだろうか?

「どれくらいもらえてるの?」

「んー…平均で10万くらいかな。そんな出勤できてないから」

それでも充分だ。

この生活を維持するにはそれくらいプラスでもらってないと不可能だし、

正直羨ましいと思った。

「有紗ちゃんもやってみる?」

顔に出ていたのだろうか、まさかこれも誘われるとは思わなかった。

やりたいとは思わない。

でもお金は欲しい。

もっとキレイになるためにお金は必要だ。

このままでは貯金も底をついて、厳しくなってくるのは目に見えている。

聖菜は回答を待たずにドレスを取り出してきた。

「これなら有紗ちゃん着れると思うから、ちょっと着てみなよ」

黒いミニのドレスだった。

着てみるくらいならいいか。

「わかった」と返事をして、その場で着替えてみる。

着てみてわかったが、予想以上に胸元が開いていて谷間が思いっきり見えていた。

それでいて、ミニ丈なので太ももも全開だ。

「相原、こんなの着てるの?」

普段の聖菜が着る服とはまるで違う感じだ。

「こういうお店では女の武器は最大限利用しないとね。有紗ちゃんはわたしより胸が大きいから、絶対にこういうドレスを着たほうがいいよ」

着たほうがいいよって…まだやるとは言ってないんだけど。

そう思いながらも鏡でちゃんとチェックしてみる。

スッピンだし、髪もただ乾かしただけなので少なくともキャバ嬢には見えない。

ただ首から下だけを見れば間違いなくキャバ嬢だ。

有紗は過去の記憶を辿ってみた。

男の頃、何度かキャバクラに行ったことがある。

そこにいたキャバ嬢は、みんな今有紗が着ているようなドレスを着て、

しっかりとヘアセットをしていて、どの子も可愛かった。

店内が少し薄暗くてハッキリ見えないから、余計に可愛く見えるのかもしれない。

それとも雰囲気のせいか。

思ったことは一つ、もしキャバ嬢になったとしたら、

少なくとも見た目だけは彼女たちと同じような雰囲気に見えるだろう。

それどころか、胸が大きい分こういうお店では解くかもしれない。

全員とは言わないけど、男は胸が大きい女性が好きな人のほうが多いから。

問題があるとすれば、トークの部分だろう。

有紗は女になってから、男性と接したのは職場の人間だけで、

あとはほとんどないのが現実だ。

しかも、職場の男性は有紗が男だったのを知っているので、

特に意識せずに会話しているけど、キャバクラではそうもいかない。

客は女の子と話したくてくるのに、男同士のような会話をしたらダメだと思う。

どんな話をすればいいんだ?

しかし、そこで有紗は考えた。

復讐を実行するためには、見た目だけでなく内面も女になる必要がある。

これはそのスキルを身につけるための絶好の場所では?

でもなぁ…、俺がキャバ嬢なんて。

密かにやる気になっていたが、やっぱりためらいもある。

そんな有紗の気持ちとは関係なく、聖菜が言ってきた。

「常時体入募集してるし、明日がちょうど金曜日だから行こう。ドレスはひとまずわたしの貸してあげるし、ピンヒールやポーチとかも貸してあげるから。ね」

もう聖菜の中では決定事項になっている。

どうも最近は相原のペースなんだよなぁ。

でもやっぱりお金欲しいのは事実だし、女全開で客の男と接すればスキルアップにも

繋がるはず。

もう一度鏡で姿を見た。

努力をしたおかげで、このドレスをキレイに着こなすことができている。

自信が湧いてきたかもしれない。

よし!

「わかった。とりあえず体験してみるよ。けど無理だと思ったらやらないからね」

それを聞いた聖菜の顔がパァっと明るくなる。

「うん!有紗ちゃんなら間違いなくやれるから大丈夫。一緒に出勤するの楽しみだなぁ」

「やれるかどうかわかんないけど。それより一緒に出勤するの楽しみなの?」

「そりゃそうだよ。何をするにも1人より友達と一緒のほうが楽しいじゃない?お店にも何人か仲がいい子はいるけど、お店で話す程度でプライベートで一緒に遊ぶほどじゃないから。その点有紗ちゃんはプライベートでも遊ぶ友達だし」

その言葉に違和感を覚える。

もう友達というのは否定しない。

職場でも職場外でも一番仲がいいのは聖菜だから。

でも違う部分もある。

「ねえ、プライベートで遊んでないよね?」

「あ、そういうこと言うんだ。一緒にヨガ行ったり、こうやって泊りにきたりしてるのに」

そうか、相原にとってこれらも遊びになるのか。

聖菜が拗ねた顔をしている。

やっぱりキャラが変わってきている気がするんだよなぁ。

「わかった!相原の言う通りだよ。私が悪かった、ゴメンね」

有紗の顔がニンマリする。

「わかればよろしい。じゃあそろそろ寝よっか」

時計の針は深夜の1時を指していた。

「あ、もうこんな時間!寝ないと」

有紗は着ていたドレスを脱いで、再びルームウェアを着た。

やっぱりクリームムースは着心地がいい。

さて、寝るかな。

有紗がソファーへ向かうと、聖菜が止めた。

「ベッドで寝なよ。セミダブルだから女の子2人なら余裕だよ」

相原ならそう言うよね。

まあ、散々一緒に着替えたりしてるし、裸だって見てるもんな。

それでも変な気は起きたことないし、今さら一緒に寝たところで何がどうとかないか。

「じゃあお言葉に甘えて」

聖菜のベッドに、入ろうとしたところで、「待って」と再び止められた。

「このファブリックしてから寝ると、すごくいい香りに包まれながら寝られるんだよ」

そういって、聖菜はベッドにファブリックをかけてから、顔を近づけて香りを嗅いでいる。

「うん、いい感じ。どうぞ」

聖菜の許可が出たので、やっとベッドに中に入る。

すると、ふんわりと甘い香りが漂ってきた。

「うわ、これすごくいい香り」

「でしょ」と言いながら、聖菜もベッドに入る。

「これシャーロットフランシスだよ。定番だけど、このホワイトフローラルの香りがすごく好きなの」

シャーロットフランシスは若い女性に絶大な人気を誇るコスメブランドで、

特に20代前半の女性のイメージが強い。

可愛いなとは思ったけど、可愛すぎるから有紗は買ったことがなかった。

「相原ってシャーロットフランシスも買うの?」

「たまにね。といってもこの香水系とリップくらいだけど。他のは別のブランドの使ってるよ」

それはよく知っている。

なにせコスメを有紗に教えたのは聖菜で、

その中にシャーロットフランシスはなかったから。

「有紗ちゃんも欲しくなった?」

「うーん。コスメはそうでもないけど、この香りはすごく好きかも」

「女子はこの香り好きな子多いからね。それに、ザ・女子って香りだもん」

つまり自分も、ザ・女子ってことか。

考えてみれば、女性のものを当たり前のように使うようになってから

男性のものに一切興味がなくなったかも。

見る服も全部レディースだし、小物にしてもアクセサリーにしても全部レディースだ。

そっか、自然と趣味や思考も女性になっていたんだ。

復讐のためとはいえ女として生きると決めたんだから、それはそれで構わない。

むしろ順調に進んでいるのかもしれない。

「相原のおかげで気持ちよく寝られそう。おやすみ」

そういうと、「おやすみ」という言葉が返ってきた。

隣で聖菜が寝ていても、思った通り全く気にならない。

有紗はホワイトフローラルの香りに包まれながら眠りについた。

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