エクササイズ、そして
ヨガに通うようになって1か月が過ぎた。
なんとなく慣れてきて、最近では楽しいと思えるようにもなってきている。
ただ、まだそんなに経っていないので成果が出ているかはわからない。
レッスンは複数あり、強度も分けられている。
例えばベーシックなヨガは強度2、ピンポイントでお腹引き締めや美脚などのヨガは強度3、パワーヨガという筋トレみたいなものだと強度が4、逆にリンパをマッサージするものやリラックスしたい人向けのレッスンは強度が1.5など低くなっていて、
まだ初心者の有紗は比較的に強度の低い1.5~3のものをやっている。
今日は何を受けようか、仕事の合間にアプリでレッスン内容を確認。
うーん、今日はリラックスにしようかな。
予約を押そうとしたら聖菜が覗き込んできた。
「ストップ!」
いきなりそう言われて手を止めた。
「何、どうしたの?」
「今日さ、うちの近くのスタジオで受けない?」
「えー、一昨日そっちのスタジオ行ったし」
聖菜の家の近くのスタジオに行くと帰りが遅くなるから、
週1以上は行きたくないのが本音だ。
「有紗ちゃん、エクササイズ系のレッスンって受けてないでしょ?」
「そういえばそうだね」
なんちゃらヨガと書いていないレッスンがたまにあったが、強度が3.5とか4なので
有紗は普通にスルーしていた。
「だったら今日一緒に受けようよ。21時からなんだけど、これすごく楽しいんだよ」
「だって辛い系でしょ?まだそんな体力ないし無理だよ」
それに21時からなんて絶対に嫌だ。
終わりが22時でそこから帰り支度をしたら家に着くのが23時を間違いなく過ぎる。
そこからお風呂入りなおして、スキンケアやら髪を乾かしたりなどしたら
余裕で0時を超えてしまう。
寝不足は美容に悪いので、なるべく0時には寝るように心がけるようになっていた有紗にとって、
遅くなるのだけは避けたかった。
「辛いけど楽しいの!ダンスしてるみたいなんだよ。特に今日のは滅多にないから絶対に受けたほうがいいし」
そう言われても…
しかし有紗はわかっている。
聖菜は強引に誘ってくる。
そして有紗がそれを断れないということを。
なぜなら例の言葉を使ってくるからだ。
「わたしたち友達だよね?」
最初のヨガのとき以来、聖菜は事あるごとにこの言葉を使う。
有紗は、わかるように大きくため息をついた。
「わかった。行くよ」
「さすが有紗ちゃん!」
なんか完全に相原のペースなんだよな。
苦笑いするしかなかった。
滅多にないレッスン、それは正しかった。
中に入ると思った以上に人がいて、こんなに混んでいるのは初めてかもしれない。
30人くらいいるかな…
とても平日の一番最後のレッスンとは思えないくらいだ。
「有紗ちゃん、ここ空いてるからここでやろう」
いつもはヨガマットを敷く印に合わせるが、今回のレッスンにマットは不要なので
みんな適当に場所を取っている。
なんとなく聖菜と並んで場所を取り、軽いストレッチをすることにした。
そして時間になり、インストラクターが入室してくる。
熊田という初めて見るインストラクターだ。
結構若そうだな。
おそらく20代後半、有紗たちと同じくらいの年齢だろう。
もちろんスタイルは抜群にいい。
「皆さん、こんばんは!」
いつもはあぐらで座って「ナマステ」で始まるのに、今日は「こんばんは」だ。
やはりヨガとは違うものらしい。
生徒も元気よく「こんばんは」と挨拶をする。
「このレッスンを初めて受ける人はいますか?」
有紗のほかに3人の女性が手を挙げている。
「ではレッスンの説明をしますね。このレッスンはとにかく動いて楽しむものです。少しヨガのポーズもありますけど、基本的にはエクササイズです。最初にヨガのポーズをテンポよく取ってから、今度はリズムに合わせて動き続けます。これが終わったら筋トレをして、最後にボクササイズをやってもらいます。動きについていけなくても構いません、間違えても構いません、とにかく笑顔で楽しんでやりましょう」
なるほど、そういう流れなのか。
ボクササイズは楽しそうだ。
これは男の頃の感情だった。
男は格闘技が好きな人が比較的に多い。
有紗も男の頃は格闘技を見るのは好きなほうだった。
ワクワクしながらレッスンがスタートする。
最初からテンポのいい音楽が流れ始め、熊田が大きな声を出しながらやるポーズを
みんなで取っていく。
「はいウォーリアー2からリバースウォーリア、そこからサイドアングル」
どれも知っているポーズなので、ここまではなんなくこなすことができた。
だが、全身はもう汗をかいている。
一度水を飲んで汗を拭いてから、今度はひたすら動くパートになった。
これは有酸素運動だ。
リズムよく右足から2歩前に進んだら2歩下がって、今度は左足。
そのあとは横に動いたり、たまにジャンプなどもする。
有紗はいつの間にか意気が上がっていた。
これしんどいな…
ついていくのがやっとなのに、熊田は動きながら大きな声を出しているので
すごいなと思った。
「みんな笑顔が足りないよ!もっと笑って!」
そんな余裕ない…
女になってから動き回るような運動をしていなかったので、有紗はとにかく必死だった。
15分くらい動き続け、やっと休憩になった。
といっても、汗を拭いて水を飲んだらすぐに再開する。
今度は筋トレ、腹筋と足とお尻を鍛える。
股を閉じて膝を曲げて浮かせ、その状態から上半身を起こす。
それを繰り返したら今度は右に左にと捻じっていく。
ヤバい…お腹がプルプルしてきた…キツイ!
チラッと聖菜を見る。
聖菜も辛そうだが、有紗よりはちゃんとできていた。
ということは、聖菜のほうが筋肉があるということになる。
それはそれで悔しい。
元男のプライドで、なんとかその他の筋トレも最後までやり通した。
もうヘトヘトだが、この後は楽しみのボクササイズ。
「あとひと踏ん張りです。楽しく行きましょう!最初は顔の前でガードしてから2歩進んで右パンチ、2歩下がって、また2歩進んで左パンチ、2歩下がったら今度は右にキックです」
説明を聞いているとイメージしていたのとはちょっと違った。
ここでもリズムよく動きながらパンチをしたりする。
しかもボクシングのような鋭いパンチではない。
ボクササイズなんだからそうだよな。
期待外れな感じもしたが、実際にやっているとこれもきつかった。
疲れているので、どっちみち鋭いパンチなんて出せない。
結局はほかの女性たちと同じようなパンチしか打てていなかった。
やっと終わった頃にはもう疲れ切っていて息も相当上がっていた。
それなのに爽快感がある。
ヨガとは違った気持ちよさだ。
「楽しかったですか?」
「はい!」
「このレッスンはストレス発散の効果もあるので、また受けてください。今日はありがとうございました」
「ありがとうございました」
有紗もほかの生徒と同じように挨拶をしていた。
出ていくとき、熊田に話しかけられた。
「どうでした?」
「あっ、普通に楽しかったです。疲れましたけど」
「でも楽しんでもらえてよかった。また受けてくださいね」
笑顔で言ってきたので、有紗も笑顔で返事をして、聖菜と一緒に更衣室へ向かった。
「たまにはこういうレッスンもいいでしょ?」
「そうだね。たまにはね…」
けど頻繁には辛いかな…
そんなことを思いながらシャワーを浴びていたら、疲れがドッと出てきた。
着替えていると聖菜もシャワーを浴び終えて隣で着替えている。
さすがにもう慣れたので抵抗はない。
それにしても…ここから電車で乗り換えを含めて30分、そして駅から家まで歩いて15分。
そこまで遠いわけではないが、家の近所のスタジオなら歩いて15分かからない。
この電車で30分というのが憂鬱で本音をポロっと言ってしまう。
「あー疲れた…帰るの面倒くさいな…」
それを聞いた聖菜が予想もしなかったことを言ってきた。
「うちに泊まる?」
「え?」
「帰るの面倒くさいんでしょ、別に構わないよ」
「いや…」
そういうわけにはいかない。
いくら女同士になったし、こうやって平気で着替えとかも一緒にしているけど
元を考えるとマズいに決まっている。
聖菜は有菜の心の中を知っているかのように続けた。
「今さら気にすることないでしょ。それに女の有紗ちゃんを泊めたところで何かあるわけでもないんだしさ」
言っていることはそうだけど…
「でも着替えとかないし。それに明日も会社だよ」
それを聞いた聖菜が顎に右手を当てながら「んー」考える。
「わたしの貸すよ。サイズMだよね?わたしMとS両方あるから」
服の系統も似ているので、聖菜のを着ていっても違和感はないだろう。
でもなぁ…
やっぱり断ろうと思ったが、そうするとまたあの言葉を言ってくるに違いない。
毎度言われるのも面倒くさい、言われる前に言うか。
それに正直、聖菜の部屋は個人的に興味がある。
これだけオシャレなんだ、きっと部屋も相当オシャレだろう。
「じゃあ…泊めさせてもらうよ」
「うん!友達泊るの久しぶりだから楽しみ」
女の子ってそういうもんなのか。
「でも明日は仕事だから早く寝るよ」
「わかってるって」
楽しそうな聖菜を見て、わかってないだろうなという予感しかしなかった。




