女子会
翌日、今の自分の写真になり名前も鈴木有紗と明記された新しいIDを受け取ると、
それをすぐに首からぶら下げた。
そしてトイレに向かって歩いていたら、正面からやってきた乾に出くわした。
その乾は自分が誰だか気づいていない様子だ。
ちょっとからかってみるか。
「乾くん、お疲れさま」
「あ、お疲れさまです」
誰だろうという顔をしながら乾は軽く会釈をしてすれ違った。
やっぱり気づいてないな。
有紗は振り返り、乾を呼び止めた。
「乾、誰だかわかんないのかよ?」
乾は振り向いてから首を傾げている。
そんなにわかんないもんか?
「鈴木だよ、営業部にいた」
「え??マジっすか??だってこないだの鈴木さんと全然違うし…戸籍を女性に変えたって話は聞いてたけど」
「まあ…な、メイクもしてるし服装も違うからな」
「それもそうだけど、胸小さくなってるじゃないですか。わかりませんよ」
「どこ見てるんだよ、バカか!まったく…」
とはいえ、男なら見るよな。
「とりあえずそういうことで、改めてよろしくな」
そのまま女子トイレに入ろうとしたら、乾が言ってきた。
「鈴木さん、その見た目でその言葉遣い、すげー違和感ありますよ」
「うっ…うるさい!」
つい昔の癖でしゃべってしまった。
気を付けないと…
トイレから戻り席に着こうとしたら、栞が「有紗さーん」と呼んできた。
どうも昨日から栞が親しげに話しかけてくる。
座りながら「ん?」と返事をした。
「今日、千帆と飲みに行くんだけど一緒に行きません?」
「えーと…」
千帆って誰だ??
はてなマークいっぱいの顔をしていたら、栞が「あっ」と声を上げてから
「私の同期の三浦千帆です」と教えてくれた。
三浦千帆、確か企画部だったな。
そうか、同期だから仲がいいのか。
まったく知らないわけではないが、同じ部署になったことがないので
さほど面識はない。
「千帆に有紗さんのこと話したら、一緒に飲みたいって言い出したんですよ」
「うーん…」
気まずいような…でも断る理由もないし…そうだ!
「相原も行かない?」
隣にいる聖菜を巻き込もうとしたが、断られてしまった。
「わたし基本平日は用があるからダメなの」
平日はNG、なるほど。
「彼氏か」
すると聖菜は首を横に振った。
「残念、違うよ」
そうか、相原はまだ彼氏を作らないのか。
すると栞が横から口を挟む。
「聖菜さん、平日はヨガに行ってるから、前もって予定いれないとダメなんですよ」
「へー、そんなの行ってるんだ。じゃあこないだの用っていうのも」
「うん、本当はヨガだったの」
聖菜は細くてスタイルがいい。
なるほど、食事だけ気を付けているわけじゃないんだな。
「それより有紗さん、行きますよね?」
「あ、ああ…わかったよ」
この状況じゃそう返事するしかないだろう。
まあ、同じ会社の人間だしいいか。
あまり深く考えずに仕事をして定時を迎えることになった。
「有紗さん、行きましょう!」
「はいはい」
バッグを持って栞と一緒に職場を出ると、ロビーのところで千帆が待っていた。
千帆は背が高くてすらっとしていて、入社当時から大人っぽい雰囲気がある。
どちらかというとかわいい系の栞とは真逆な感じだ。
「千帆、お待たせ」
栞が手を振ると、千帆も手を振り返してから有紗には会釈をしてきた。
「お疲れさまです。すいません、無理言っちゃって」
「お疲れ。別に気にしなくていいよ。ただの会社の飲み会だし」
軽い気持ちで答えると栞が否定した。
「違います、女子会です。ね、千帆」
「そうですよ、鈴木さん」
これには有紗も苦笑いしかなかった。
3人で歩き出すと、3人ともパンプスなのでコツコツという音が
ロビーに響いて、それだけで女性が歩いているというのがわかる。
そこへ「あれ?」と声をかけてくる男性がいた。
「鈴木さん、帰りっスか?」
「なんだ、乾か。そうだよ、これから3人で飲みに行くの」
栞も千帆も乾の後輩なので「お疲れさまです」と会釈をし、
乾も「お疲れ」と軽く返していた。
「飲みに行くんだ。いいなぁ、俺も行っていいっスか?」
俺は構わない。
乾は営業部の後輩だし、気まずさも減る。
でも…きっとダメなんだろうな。
「乾さん、すいませんけど今日は女子会なんです」
やっぱりな。
女子会と言われると、乾も諦めるしかなかった。
「もう鈴木さんも女子っスもんね。じゃ、お疲れさまでした」
軽くお辞儀をして乾は帰っていった。
そうだ、もう俺は女子の部類に入る。
「じゃあ今度こそ行きましょう」
気を取り直して3人でイタリアンのお店に入った。
どちらかというと女性やカップルのほうが多く、まさに女子会向けだった。
こういうお店よりも普通の居酒屋が多かった有紗にとっては少し新鮮。
「鈴木さん、ワイン飲めます?」
「うん、別に嫌いじゃないよ」
「じゃあワインで乾杯しましょう」
千帆は率先して行動するタイプのようだ。
メニューもこれがおいしい、あれもおいしい、と次々に注文している。
見た目通りって感じだな。
ワインで乾杯をしてから、有紗は疑問だったことを聞いてみた。
「三浦はどうして一緒に飲みたかったの?」
「栞がすごくキレイだっていうから、昨日チラッと見に行ったんです。そしたらホントにキレイで、これがあの鈴木さん?って思ったんですよ。そしたらいろいろ話してみたいなと思って。迷惑でした?」
「見られてたの気づかなかったよ。別に迷惑じゃないけど、でもキレイって言われるのは…」
なんとなく恥ずかしい。
まだまだ目標のところまでは達していないし、
もっとキレイになって女を磨かないと復讐することはできない。
とりあえず苦笑いで誤魔化しておくことにした。
最初の頃は仕事の話だったが、
そのうち栞と千帆は男性社員の話をするようになっていった。
「総務部は若い男性がいないからつまんないよ」
「でも企画部も既婚者とかばっかりだよ。うちの会社ってあまりいい男性いないよね」
なるほど、女子もやっぱりこういう会話をするのか。
でも少し違うな。
男同士なら、「○○がかわいい」とかのあと、「ヤレる、ヤレない」という
下系の話になるが、彼女らは「いい」「悪い」レベルで止まっている。
そう思いながらワインを口に運んだところで千帆が聞いてきた。
「鈴木さんはうちの会社の男性、どう思います?」
「いや、どう思うと言われても…」
男性を異性と見れないので、そういう判断はできない。
「千帆、有紗さんはまだそういうの無理だよ」
栞がフォローしてくれてホッとしたが、千帆はどんどん質問してくる。
「でも鈴木さん、女性として生きるって決めたなら男性と恋愛したいってことですよね?それに離婚したらしいし」
離婚したことを知ってるのか。
意外と情報通?違うな、きっとこういう噂はすぐに広がるんだ。
多分社内のほとんどの人が知ってるだろう。
事実だから気にする必要もないけど。
「別に男と恋愛したいわけじゃないよ」
復讐のためにそうなっただけだ。
とりあえず半分は正しいと思っていることを言っておこう。
「病気とはいえ、女になったのに男として生きていくのもどうかと思うようになったんだよ。男物着るのも似合わないし、男っぽい髪型も似合わないし、だったら今似合う格好をしたほうがいいって。それを相原に相談したらこうなったんだけどね」
そういって笑うと、千帆も納得したようだったが、「でも」と言ってから言葉を続けた。
「せっかくなら恋愛したほうがいいですよ。恋すると女はもっとキレイになるんですから。本当にいいと思う人いないんですか?」
「だから…」
もう答えるの面倒くさい。
「そうだね」と軽く答えて終わらせようとしたら、とんでもないことを言い出した。
「乾さんとかどうですか?仲良さそうじゃないですか」
「は?」
なんで乾が出てくる。
「絶対に無理!」
即答すると、栞が「わかる!」と言い出した。
「乾さん、口調が軽すぎるんですよね。なんかいつまでも学生気分が抜けないっていうか。それに体育会系だし。わたし、ああいうタイプ苦手です。有紗さんも同じでよかった」
いや違う、俺が乾は無理というのは、ただの後輩だし異性としてなんて
絶対に見ることができないからであって…
それを言い出せずにいると、勝手に話が進んでいく。
「確かにそうだよね。今日一緒に行くとか言い出したときマジで迷惑だったもん。だから即答で断ったし」
「そういうところさすがだよね、千帆は」
言いたい放題だな…っていうか三浦。
「そういう言い方をするなら、なんで乾を勧めた?」
「親しげに話してたからです。鈴木さんはとりあえず恋したほうがいいから、身近な男性なら誰でもいいかなって」
「おい!」
突っ込むと千帆が笑っていた。
「どうせなら誠実で頼りがいのある男性に恋してもらいたいな。有紗さんには」
もうなんでもいいや…
こんな感じで盛り上がった有紗の初女子会だった。




