巻き戻りの石
「茶会に来たのが君だったらと何度も思ったよ。今だから言えるけどね」
良く手入れされた庭の一角に白い花をつけたスズランの植え込みがあった。それがよく見える位置に丸テーブルを置いて語らう男女。テーブルに紅茶が置かれる。茶を入れたメイドは音をたてずに後ろに下がった。
「その言葉、若い頃なら嬉しく思ったかもしれないわ」
そう言って紅茶のカップを手に取る女性。白髪の目立つ黒髪をきっちりと結い上げ後ろで髷を結っている。頭に乗せた黒レースのベールが日除けの役割を果たすほど今日の日差しは眩しい。銀色の眼鏡の奥にある瞳は灰色。若い頃はもっと黒くて輝いていた。纏った黒の喪服が似合っている。
今は葬儀が終わったばかり。弔問客への義理を果たし一息ついているところだ。女性は軽く目を伏せ若かった頃に思いを馳せた。
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クラム家の長女マリーは茶会を楽しみにしていた。13歳の春のことだ。
ところが茶会の前の晩に吐き気と腹痛を起こした。夜中に医者が呼ばれた。吐き気も腹痛も治まらず高熱が出た為お茶会に行けなかった。
それは毎年行われる王妃主催の茶会。13歳以上の男女が参加する集団見合いのようなものだ。貴族や準貴族の子の多くはこの茶会で異性と知り合い婚約に至る。
婚約相手を見つけるための会だと理解して良い。だから多くの親が事前の話し合いを済ませているのはもちろん家同士の根回しが行われていることも当然だ。
マリーの父親は
「茶会がはじまったらストローブ家の三男オニキス殿を探してみなさい。我が家は婿を取らなくてはいけないからね。婿入りについては先方も承知しているよ。でもまずは気が合うかどうかだね。彼を見つけたら話をしてみなさい」
と言った。夕食の席でのことだ。妹のマジェリスも参加するのに父は何も言わなかった。でも母は『二人とも良い出会いがあると良いわね』と微笑んでいた。
その後マリーは腹痛を起こしてしまった。具合が悪くてお茶会に行けなくなって悲しくてベッドの中で泣いた。
両親はマジェリスだけを連れてお茶会に出かけた。
マジェリスはマリーと同い年の妹だ。マリーが生まれて間を置かずに授かった子だ。そのうえ月足らずで生まれてしまった。産声を上げなかったので死産かと思ったが息を吹き返したのだと母は機会がある度に話している。
結局マリーは一か月半も寝込むことになり布団から出られるようになった後も弱った体を元に戻すのに時間がかかった。その間にマジェリスの婚約が決まった。ストローブ家の三男オニキスと。
マリーは翌年14歳の時にもお茶会に出席した。これといった出会いはなかった。お茶会の他にも家を通じて紹介はあったけれど結婚したいと思える相手は現れなかった。
マリーは結婚せずクラム家の切盛りに精を出した。そもそもマリーは自分で婿を取りクラム家を仕切るべく育ったのだ。婿を取ったのはマジェリスだったけれど彼女に我が家を任せられなかった。子どもを育て上げたのもマリーだ。マジェリスが産んだというだけで放置するわけにはいかない。クラム家の大切な子どもなのだ。マリーはオニキスとマジェリスの間に生まれた子を何より愛した。
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マリーは紅茶を一口飲んでカップをテーブルに置きオニキスに目を向ける。スズランの茂みを見つめるオニキスの表情に憂いが含まれているのを見れば過ごしてきた年月が同じだけあったのだと実感してしまう。
「おじいさま~」
そう叫びながら駆けて来るのは六歳の少女。リリーだ。光沢のある黒い生地で仕立てた膝丈ワンピースを着ている。茶色の髪を纏めている黒のリボンが走るのに合わせて元気よく揺れた。
「おやおや、お行儀は何処に置いて来てしまったのかな?」
跳びついてきた孫を受け止め膝に抱き上げながらオニキスは少女に微笑んだ。背が高く痩せて見えるオニキスだが年を取ったとはいえ子どもに跳びつかれたくらいではびくともしない。毎朝息子のジェームスと一緒に剣を振って鍛えている。グレーの髪は若い頃と同じように見えるけれどセットに手間取るくらいには量が少なくなってしまった。
「あのね、おとうさまのお使いなの」
少女は手を伸ばし抱き着きながら言う。
「おきゃくさまのおみおくりはどうなさいますか?って!」
最後まで残っていた客はオニキスの兄の息子だ。ジェームスとは従兄弟になる。海の向こうにある隣国に住んでいるから会うのは久しぶりだった。
ちゃんと伝えられたぞとばかりに得意そうな笑顔をみせる女の子。ぱっちりとした青い瞳が利発そうに輝いている。オニキスは自身と同じ色の瞳を優しく見つめながら孫の頭を撫でた。
「見送りは任せると伝えておくれ」
「はい!つたえますわ」
祖父の膝から降りた少女はようやくお行儀を思い出したらしい。言葉を改めスカートを摘まんで淑女の礼をした。くるりと踵を返し屋敷に戻っていく。十歩ほどはしずしずと歩いていたけれど再び駆けだしてしまった。あの年齢ならばそんなものだろう。
優し気な眼差しで少女を見送るオニキス。後ろに控えていた老齢の執事がさりげなく喪服から土を払い落している。少女の靴で汚れたのだろう。
「ジェームスは当主として立派にお葬式を仕切りましたわね。これであなたも安心して隠居できますわよ」
喪服の手入れを終えた執事が後ろに下がったタイミングでマリーが口を開いた。
「ああ、ジェームスも一人前になった。それにしてもマジェリス関連で問題が起きない事など初めてではないかな」
「あらまあ、辛口なおっしゃりようですわね」
ほほほと笑いながらマリーは再び紅茶を口にした。
「ところで尋ねたいことがあるのだが」
ほんの少し間をおいてオニキスは隠しからハンカチを取り出した。それをテーブルの上に置き開くと中から虹色の宝石が現れる。
「マジェリスの遺品だ。亡くなる直前に渡してきた。大事な物だったのか肌身離さず持っていたのだそうだ」
マリーは石を見ながら話の続きをするよう促す。訝し気な表情になってしまうのはそんな石を今まで見たことが無かったからだ。
「死ぬ間際だったから幻覚でも見えていたのだろうか。おかしなことを言っていた。・・・あいつは自分のことを転生者だと言ったのだ。転生者とは何なのだと聞いたのだが返事はなく一方的に話すばかりだった」
妹は話を聞かず一方的に自分の事ばかりしゃべる人だ。昔から。彼女から宝石を手に入れたという話など聞いたことがない。そもそも宝石を買うのであれば夫か姉に頼まなければ金銭を用意できなかったはずだ。そう思いながらもマリーは黙って話を聞いている。
「転生するときにチートをもらった。それがこれなのだと言って渡された。たった一度だけ時間を巻き戻せるという」
「チート?」
「転生者だのチートだの聞いたことのない単語ばかりだったから姉であるあなたなら知っているかと思ってな」
「いえ。私も妹の事は良く知っているつもりでいましたが。初めて聞く言葉ですね」
『私は石を使わなかったけれどあなたか姉さんが使いたいと思ったなら使って』
そう言っていたという。
妹だけれど年の同じマジェリスのことを思い起こす。
机を並べて家庭教師から学んだのは5歳くらいからだったと思う。妹はまじめに勉強する質ではなかった。そのせいか大人になっても淑女として褒められるような行動ができなかった。
家格という物を理解できていないマジェリスは社交場に出かけてはトラブルを起こす。そのくせ外には出たがるものだから外出の際にはオニキスかマリーが張り付くようにしていた。尻拭いに奔走することも多かった。
当主夫人の仕事をマジェリスに教えたのだけれど使用人が何人も辞めてしまった。あれは失敗だった。マリーは出て行った使用人を探し出して頭を下げて謝り戻ってくれるように頼んだ。何人かはマジェリスと顔を合わせないように取り計らうことで戻ってくれた。どうしても戻りたくないという者には慰謝料を払い紹介状を与えた。
そもそも使用人は終身雇用が原則だ。若い頃から雇い入れ手間をかけて一人前に育てる。情をかけて育てた使用人は雇い主の家族に情をもって仕えてくれる。しかしそうやって育て上げた使用人は雇い主の秘密も多く知っている。雇っているうちは雇い主にダメージを与えるような暴露はそうそうしない。雇われている自分にも被害が及ぶのだから。しかし雇い主が理不尽なことをした挙句首を命じたらどうだろう。元雇い主の足を引っ張ることにためらいがなくなるだろう。あることないこと悪い噂を広めたりはしないだろうか。妙な噂が広がれば普通に暮らすことにさえ支障が出るかもしれない。使用人というのはそうそう替えの効くものではない。そういったことをマジェリスによくよく説明したのだけれど理解できなかったらしい。
そのくせ妹には変な知識があった。珍しい料理を厨房で教えたりもした。おかげでクラム家の食卓は賑やかだった。これについては皆でマジェリスを褒めた。
グラフというものを教えてくれたこともあった。帳簿を見ていた私の手元を覗き込み
『こういうのって視覚化すれば解りやすいんじゃないの?』
などと言いながら棒グラフだの折れ線グラフだのをチョイチョイと書いて見せた。数字をこんなふうに表現するなんてこと家庭教師は教えていなかったはず。こういう知識を何処で仕入れるのだろうと不思議に思ったものだ。
「マジェリスったら懺悔をしたいって私だけベッドの脇に呼んだのよ」
ふと思いつきマリーはマジェリスとの最後の会話について話しはじめた。
『マリーお姉さまごめんなさい。13歳のお茶会の時病気にさせてしまったのは私なの。お姉さまのスープにほんのちょっぴり鳥の糞を落としたの。ほんのちょっぴりだったのよ。だってあんなにひどい事になるなんて思わなかったのだもの。ごめんなさい。あのお茶会の少し前にお父様がお客様と話しているのを聞いたの。それでお姉さまには素敵なお婿さんが来るようにお父様は考えていて、なのに私のことはあまり考えてくれていないみたいだったから羨ましかったのよ。ほんのちょっぴり嫌がらせをするだけのつもりだったの。それなのに結局オニキスまで私が取っちゃって。ほんとうにごめんなさい』
懺悔というものを他人に語るのは良くない事だと知っているけれど今はオニキスに聞いて欲しかった。
「マジェリスったら自分の事しか考えていないのよ。私がどんな気持ちになったと思う?糞を食べさせたなんて事実は胸に抱えたまま逝って欲しかった。懺悔で言われたら『許します』しか返答のしようがないじゃない。すっきりした顔で死んでいったわよね。あの子。さぞかし楽になったのでしょう。謝って欲しい事は他に山ほどあったというのに。私が尻拭いに奔走したあれこれは気になっていなかったのかしら。よりによって私が鳥の糞を食べたなんて話、知りたくなかったわ」
オニキスが苦笑しながら問う
「時間を巻き戻したいと思うかい?」
「いいえ」
マリーは間髪入れずに答えた。
「時間を巻き戻したらマジェリスが生き返ってしまうわよ。やっと平和になったのに」
「全くだ」
思わず二人して笑ってしまった。マリーは問いかける
「そんなこと言ってもあなたはマジェリスを愛していたのでしょう?」
「妻として大事にしていたよ。浮気もしていない」
「ふふふ、そうね。でも夜中に私の部屋のドアを開けようとしたことあったでしょ?」
「気が付いていた?いつも鍵がかかっていて忍び込めなかった」
「鍵をかけておいて良かったわ」
カップのお茶が冷めてしまったのに気が付いたマリーは熱いお茶が欲しいとメイドに声をかける。メイドはポットのお湯を取り換えるために屋敷に向かった。その後ろ姿を目で追いながらマリーは呟く。
「たった一度だけ、あなたの寝室の前まで行ったことがあったの。マジェリスが出かけていたから…若かったのだと思うわ」
数秒間沈黙が流れた。
静かにオニキスが口を開く。
「私は寝室に鍵をかけたことがないよ。扉を開けてくれたなら迎え入れたと思う」
「そうね。私もそう思ったから入らなかったの」
「なぜ?…来てくれたならきっと…」
「言わないで。私、正直者でいたかったんだと思う。朝起きてジェームスに挨拶をするでしょう?後ろめたいじゃない。だって悪い事だもの。あの子、昔も今も私に対して実の子のように接してくれるでしょ。僕には母親が二人いるなんて言って。それがとても嬉しいの。幸せなの。でも私があなたの浮気相手になってしまったら、きっとあの子は私から離れて行ってしまう。子どもって感が鋭いのよ」
「なら、茶会の前まで戻ればいい。夕食を食べる前なら。スープを飲みさえしなければ…」
そう言いながらオニキスの手が宝石に伸びる。マリーは慌ててその手を押さえた。
「だめよ。そんなことをしたらあの子が消えてしまう。やり直しをしてあなたと結婚するのが私になったとして、そうなるとマジェリスの産んだ子が消えてしまうわ。ジェームスは苦労して愛情をかけて育てた子よ。その思い出も積み上げてきた時間もなかったことにするなんて耐えられない!
だいたいあなたの部屋の鍵が開いていたのはジェームスが子ども部屋で寝るのを寂しがっていたからでしょう?寂しいときはいつでもパパのところにおいでって。子煩悩なくせに」
「そうだった。マジェリスに似てやんちゃで手のかかるジェームスがよくもまあ一人前の当主に育ったものだ。ほとんど君のおかげだよ。父親として悔しいくらいに。そのジェームスが父親の顔をしてリリーを可愛がっている。子ども達が消えてしまったら私も悲しい。ごめん。考えが足りなかった」
「どうしようもない子だったけど、それでも妹だから。見放すことも裏切ることもできなかったわ」
そう言いながらマリーは涙をこぼす。ハンカチで瞼を押さえ椅子に座りなおした。
再び沈黙が訪れる。メイドが戻ってきて熱いお茶を淹れた。
「ところでマジェリスはこの宝石の使用方法を教えてくれたの?」
お茶を含み気持ちを落ち着けてからマリーは口を開いた。
「そういえば聞いてないな」
「手に取って念じればいいのかしら?怖いわね。子ども達が悪戯半分でやりそう」
「それは怖い。マジェリスの棺に入れてしまいたくなった」
「葬儀が済んでいるのだから無理よ。掘り返すなんてできないもの。そもそも形見だって言って渡されたのでしょう?形見を棺に入れられないわ」
「困ったね」
「困ったわね。まったくマジェリスったら死んでも厄介ごとを残すんだから」
その後二人は話し合った末、石を教会に収めることにした。石が故人の所有であったこと、形見に残されたこと、死の間際に石について語られたことまで全部話したうえで。
教会はその石をいわくつきの品として教会本部のある大聖堂に預けた。石は大聖堂の宝物庫に厳重に保管されたという。
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数日後、マリーは妹の遺品を整理していた。化粧机の鍵のかかる引き出しを開けると数冊のノートが仕舞ってあった。古くて草臥れたものが下に、新しいものが上にと重なっている。パラパラと捲ってみたけれど見たことのない文字で書かれているようだ。どうしようかと悩んでいるとジェームスが部屋にやって来た。
「どう?母さんの部屋の片づけ終わりそう?」
「形見分けする物と捨てる物に仕分けしているところよ。これ見てくれる?ノートが出てきたんだけど古い物から重ねてあるから日記かしら?読めない文字で書いてあるのよ」
「ああ!この文字!母さん得意の暗号文書だよ。子どもの頃に見たことがある。当時は諜報部に憧れていたからコレを覚えれば役に立つかもって思ってね。そう言ったら少し教えてくれたんだ。ひらがなっていうのだけ。捨てないで屋根裏部屋にでも置いといて欲しい。時間が出来たら解読してみたい」
「暗号で日記を書いていたの?なぜ普通じゃない方法ばかり選ぶのかしら?あの子。そもそも努力の方向が斜め上なのよ」
マジェリスの思考パターンはどうやっても読めないとつくづく実感してしまう。
「ところでマリー母さん、父さんとの結婚はいつ?」
「ななな!何をバカな事言ってるのよ」
突然の爆弾発言にマリーは年甲斐もなく真っ赤になり狼狽えてしまった。頬を隠すように両手で押さえる。
「オレは結婚して欲しいな。マリー母さんは子どもの頃から二人目の母さんだからね。今更マリーおばさんとか呼べないよ?喪が明けたら入籍しなよって父さんにも言っとくね。父さんも今は独身なんだから問題ないでしょ?」
ジェームスは言いたい事だけ言って戻っていった。マリーはバクバクしている心臓が平常運転になるまで頬を押さえたまま立ち尽くしていた。
その後ノートは箱に収められ屋根裏に置かれた。やがてノートの存在は忘れられた。
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マジェリスの日記(抜粋)
○○年▽月×日
今日、頭の上に鳥の糞がボトッて落ちて来た。ショックで前世を思い出した。最悪。ハンカチで拭いたけど取れなくて泣いた。お母様にお風呂に入れてもらった。前世の言葉を忘れたくないからこの文字で日記を書こうと思う。
〇〇年▽月〇日
お父様ったらひどい。マリー姉さんの心配しかしていない。私だってお茶会に行くのよ。知らない人とお話しするなんてとても不安なのに。
鳥の糞がついてカピカピになったハンカチが庭の隅っこに落ちていた。今更洗濯室に出してもきれいになりそうもない。捨てようかな。そうだ!いいこと思いついた。
〇〇年▽月△日
マリー姉さんごめんなさい。こんなにひどい病気になるなんて思わなかったの。死なないで!神様助けて。お願いします!
〇〇年▽月◇日
ようやく姉さんが起き上れるようになった。良かった。そしていつの間にか私とオニキスが婚約していた。えっと婿取りをして家事を仕切るの?できるかな?
〇〇年▽月〇×日
姉さんがいなきゃ無理。本当に無理。
〇◇年▽月×日
今日の新聞を読んで此処が乙女ゲームの世界だって思い出した。攻略する人物の記事が載っていたから。ゲームが始まるのは15歳からなのに私はもう18歳になっている。ヒロインの結婚式が行われる年齢だ。まあいいやって思ったのに掌に虹色の宝石が落ちてきた。これ巻き戻りの石だ。一度だけ時間を巻き戻せるアイテム。ゲームのオープニングで手に入るやつだ。私は転生した時にもらっていたような気がする。忘れていたのにどうして今頃現れたんだろう。巻き戻せってこと?でもダメ。嫌だ。だってそんなことをしたら家族が死んでしまうもの。
ゲームのシナリオだと、13歳でマリー姉さんがオニキスと婚約する。お祝いを兼ねて家族で旅行に出かけ事故に遭う。そしてマジェリスだけが生き残る。たしかそうだった。その後マジェリスは隣国のストローブ本家の養女に入って学園に入学するのよ。そこから王子様とかを攻略するんだった。現在のストローブ本家にはオニキスの二番目の兄さんが養子に入っているはず。結婚式の時紹介されたから覚えているわ。
巻き戻りの石が出て来たけどこれは使えない。巻き戻したら家族がいなくなる。ゲームなんか始まらなくたっていい。
姉さんに鳥の糞を食べさせたことは反省してるけどあれで何かが変わっちゃたのかも。オニキスは私を大事にしてくれるけど時々視線で姉さんを追いかけてる。ごめんね。本当の相手は姉さんなのに。
◇〇年△月◇日
何をやっても上手にできない。ゲームを始めなかったせいなのかな。不安になる度に巻き戻りの石が目の前に現れる。引き出しに隠しておいたのに。こんな不思議現象をだれかに見られたら大変。小袋にいれて持ち歩こうかしら。携帯していれば石が突然目の前に現れたりしなくなるよね?
◇◇年◇月◇日
今日も姉さんにダメ出しされた。頭ではどうすれば良いのか分かっているのに体が言うことを聞かない。思っているとおりに話せない。巻き戻りの石がやたらと存在を主張しているのがわかる。携帯するようにしてから突然目の前に現れたりしなくなったけど。
周りにものすごく迷惑をかけている。ごめんなさいって言いたいのに口が動かない。解っているわ。巻き戻りの石を使えってことなんでしょう?嫌よ!使わないわ!
姉さんはこんな私でも見放したりしないもの。ありがとう姉さん。オニキスが優しすぎて辛い。ありがとうオニキス。ジェームスが可愛い。良い母親でなくてごめんね。
×☆年▽月△日
もう長くないのかもしれない。せめて迷惑かけてごめんなさいって家族に謝りたい。何かに操られているような気がするほど体が思うように動かない。記憶がトビトビになっていて怖い。思ってもいないことをしゃべっている最中に意識が戻ることもある。巻き戻せって何かに強制されているみたいだ。今まで日記だけは思うように書けていたけど。力が入らなくてペンを持つのもやっとだ。
私はこんなだけど家族には幸せになってもらいたいの。だから巻き戻りの石は絶対に使わない。
お読みいただきありがとうございます^^
誤字報告ありがとうございました;