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ショート 白い家の女

作者: 間の開く男

特にテーマを決めませんでした。プロットなし一筆書き。

白い家の女


 その男は突然インターホンを鳴らし、私を玄関へと呼び寄せた。

「こんな素晴らしい家が近所にあるとは知らなかった。ぜひ家の間取りや窓から見える風景をこの眼に焼き付けたいのですが、いかがでしょうか」

 警察を呼ぼうと思っていたが、男が懐から分厚い封筒を取り出すのを見て、慌ててスリッパを一足分置いた。

 

 男は玄関をまじまじと見つめ、キッチンへと向かう。並べられた調理器具やガスコンロ、寸胴鍋が入っている戸棚などを見たうえで、二階へと上がる。

 まるで泥棒の下調べのようで気味が悪いが、胸に抱えた封筒を手放すつもりはない。

 和室の窓を開けて庭を見下ろし、遠くの景色を見る。その様子を後ろから見守っていると「ありがとうございます、これで十分です」と礼を告げて帰っていった。

 

 たった20分で、この封筒が手に入ったのだ。昼過ぎの暇な時間、茶を飲みながら煎餅をかじっていた私にとっては、テレビに映っているワイドショーなんかよりも刺激的な事件だった。

 封筒を洋服箪笥の奥へとしまい込みながら、夕食の準備へと取り掛かった。

 

「やけに最近は豪華なものが並ぶじゃないか。隠れて買っていた宝くじでも当たったのか?」

 何を言うにせよ皮肉を利かせるこの男は、感想も述べずに平らげていく。

 ただ自分が仕事をして金を入れる。そのための「万能家事ロボット」へ感謝を伝える必要など無いと割り切っているのだろう。

 やり場のない怒りが私の導火線に火を点けるまで、そう時間はかからなかった。

 じりじりと燃え進むその炎が爆弾へと接近する。そんなある日、郵便受けに分厚い封筒が入っていた。差出人どころか住所も書いておらず、いわゆる不審物だ。

 封筒、不審。この2つの単語からあの日の訪問者を連想した。

 飲んでいた紅茶を脇にどけて、封筒から中身を取り出してテーブルへと置いた。

「白い家の女」

 タイトルにはそう書かれていた。著者名にはまったく見覚えが無く、それがあの訪問者とイコールなのかも分からない。

 ページをめくりつつ、私は物語の中へと落ちていった。

 

 ある女が夫の殺害を計画している。押入れの中にあるロープで絞殺しようとしたり、事故を装って窓から突き落とそうと考えたり。

 ついカッとなって出刃包丁で刺してみようかと思いついたものの、家が汚れて掃除が大変になる事に気付いてやめた。

 調理器具の入れてある戸棚の奥に万能のこぎりと寸胴鍋があったとしても、料理をしない夫ならば気付かないだろうし、風呂場のシャンプーが置いてあるあたりに酸性の薬品が隠してあったとしても、詰め替えをするのは妻の役目だと気づきもしない。

 これほどまでに家事をこなしているのに褒められもせず、ただ家に張り付いている同居人。

 

 読み終えて、本を閉じた。あの人物は家の中だけではなく、私も観察していた。決して足を踏み入れていないはずの風呂場の薬品も言い当てていたし、押入れの来客用の布団の隙間にロープが隠してあることも知っていた。

 

 恐らくは有名な人物だったのだろう。書店には新作というポスターと共に先程読んだ本のタイトルが大きく書かれており、隅っこの写真の中には、封筒を渡してくれたあの男が、こちらをじっと見つめているかのように写っていた。

 間取り、庭に生えている木の本数。郵便受けに貼っている猛犬注意のシールが剥がれかけていることと、誰かのイタズラなのか3本の縦線が刻まれている事。そして何より白い外壁が"私の家"であることを示している。

 

 翌日には仲の良い肉屋の女将さんから。本屋の店員は「似てますよね、この本に登場する家と」などと声をかけてくる。

 こんな状況ではとても計画を実行に移せない。

 私は本の中に書かれていない方法であの男を始末しなければならない。皆の眼により封じられた方法以外の手段で。

 

 そのさらに翌日、降ってきた鉄骨が運悪く男の頭蓋を砕いてくれた。私自身が手を下す必要も無かったし、家が汚れることもなかった。

 遺影用の写真は既に用意してあるし、葬式の準備も頭の中で何回も繰り返した通り。喪服をクリーニングから受け取って、親戚一同へと涙を流してみせる。

 

 全員の見送りが終わり、業者と後片付けの打ち合わせをしている時だった。インターホンが鳴らされる。

 玄関のドアを開けると、二人組のスーツの男が立っていた。

「旦那さんを亡くされて辛いところかと思われますが、私達、こういうものでして」

 手帳は思ったよりも薄く、メモ帳は付いていないようだった。顔写真と金色に煌めく桜の紋が、私の眼に飛び込んで頭をかき混ぜる。

 

「私じゃ、ないんです。あれは事故で……」

「そうだと思いたいんですがね、周辺住民の方から"いつかやると思っていました"なんて話を聞いてしまいまして。詳しい事情などを宜しければ署でお聞かせ頂きたいな、と」


 私の中の爆弾は不発のままだった。

 それを信じさせる言葉が出てこない、あの著者ならどう言って女を逃げさせるのだろうか。

 あの時封筒を受け取っていなければ、こんな事にはならなかったのに。

 この場を無事に乗り切ったのなら、"近所に住む"はずの訪問者へと、お礼を伝えなければならない。

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