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僕の夏が終わるまで

作者: 藤森章仁

とある朝にそれは突然告げられた。

「ハルキ、来月引っ越しする事になった、念願の東京だぞ、友達に挨拶しておきない」

 僕はお父さんが何を言っているのかわからなかった。

 引っ越しの意味くらい分かる、東京も超デッカイ街ということもわかるし昔から両親は東京に行きたがっていたことも知っているし理解もしている、だが納得はできなかった。

「僕は、引っ越したくない」

 そういい僕は両親の間をすり抜けてリビングから飛び出した。

 両親が東京行きに浮かれるのは分かるけど、僕はこの十一年過ごした町を出ていきたくはない、そして何より、親友と別れたくない。

 しかし、引っ越しが取りやめにはならずに一週間経過した。


 ただでさえ憂鬱な月曜日がさらにつらく感じる、まだ親友に引っ越しのことを告げられていない。

 あと三週間後には僕はここからいなくなり、別の場所に放り込まれると思うと自然にため息が出てしまう。

「はぁ」

 また出た、早く伝えてせめて残りの時間を楽しく過ごしたいのに、あの無邪気な顔の前にするとなかなか切り出せない。

「どうしたハルキ、暗い顔して似合ってねぇぞ」

 俺の前の席に座って親友であるタクマが無邪気な顔してこっち見ている。

「……いや何でもないよ」

 タクマは「そうか」と言いじぶんのせきに戻っていく。

 そうこうしている内にまた一週間たってしまった、引っ越しまで残り二週間。


 先週以上の憂鬱な月曜日、僕は重たい足取りで、重たい教室のドアを開けた。

 なんか教室内がいつも以上にザワザワしている。

「お、来たなハルキ」

 タクマがこっちに駆け寄ってくる。

「おはようタクマ」

「おう、おはよう、なあハルキ、噂きいたか」

「え、なんの噂?」

 タクマはにやりと笑い顔を耳に近づけていった。

「最近この辺で、幸せの青い狸が出るらしい」

「……は」

 今日こそ伝えるという覚悟はタクマの一言によって砕かれてしまった。

「ほんとにいるの、青い狸」

 放課後の帰り道、部活をサボったタクマと横並びになって歩く。

「わからないが、この手の噂を聞くとワクワクしないか」

 思わずため息が出る、こんな時だというのによりによってタクマの好奇心が爆発するなんて、去年深夜の学校でやった七不思議検証でめちゃくちゃ怒られたのを懲りてないのかな。

「なあハルキ、一緒に幸せの青い狸探そうぜ」

 どうやらタクマは懲りていなかったらしい。

「構わないけどさ、ホントにいるのかな青い狸、そもそも鳥じゃないんだね、未来のロボットかな」

「それを確かめんだよ、しかも見つけてその後を付いて行くと幸せになれるらしいぞ」

 そういいタクマは走り出す、「例の場所に集合な」と言って、僕はその背中が見えなくなるまでそこに立っている。

 もし、幸せの青い狸を見つけられたら、引っ越しがなくなったりしないかな。

 そんなことを思いながら僕も自分の家に帰る。


 自転車をこいで十数分の場所に例の場所はある。

 小学三年生の頃から作っていた秘密基地の事だ、女子からよく馬鹿にさえているが僕とタクマにとって最高にかっこいい基地である。

 そこにはすでにタクマがいて、「お、来たか」と言ってこっちに振り向く。

「じゃあ早速行くか、今日は山を探すぞ」

 そう言い山の方向を指さして基地を出ていく。

 僕もそれに付いていく、こういう時タクマについて行くのはワクワクする。

 その日夕暮れ時まで探し歩いていたが結局青い狸は見つからなかった。

 また楽しい思い出が出来てしまい別れが辛くなる、引っ越しまで残り一週間と六日


 それから次の日、その次の日と山を徹底的に探しさがしたが、見つけるどころか毛の一本も落ちていないのだ、もともと存在するか分からないのだから見つからなくてもおかしくはないのだが。

「どうする、また山に行くのか」

 三日間探して影もつかめずタクマと共に基地でこれからの作戦を考えていた。

「山にするか、別の場所か……」

 タクマも普段使っていない頭をフル稼働しているようだ、そっとしておこう。

 市役所に置いてあっこの町の地図を見る。

「そういえば山行ったけど近くの神社行ってなかったね」

 小さく呟いたつもりだったがタクマには聞こえていたようで、大きな声で「そこだぁぁ」と叫んで飛び出していった。

 時刻は午後の四時半。

「ちょっと待って、そろそろ帰らないとだよぉぉ」

 こういうところもタクマらしい、あぁ引っ越しなんてしたく無いしまた思い出が増えて分かれるのが辛くなった……、引っ越しまで残り一週間と三日。


「これは……」

 タクマが言葉に詰まる。

「出そうだね」

 木々は萎れて元気がなく、鳥居や社は傷だらけでここ数年単位で手入れをされている様子はない。

「じゃあ、探そうか」

鳥居を潜って辺りを探し始める。

僕は神社の裏、タクマは神社の表を手分けして探すことになったが、僕の方は何もなかった、タクマの元に行くとタクマがしゃがみ込んで何かを凝視している。

「何見るの、タクマ」

 上からのぞき込む形でそれをのぞき込む。

 それはビー玉サイズの青い水晶玉だった。

「きれいだね」

「あぁ」

 二人してその水晶玉を見とれていた、どれぐらい見とれていたのかは分からないが、気付いた時には気が暮れ始めていて解散になった、引っ越しまで残り一週間と二日。


 土曜日になり朝早くから狸探しをする事が出来る。

「今日はあっちの方を探そう」

 昨日拾った水晶玉を見ながらタクマはある方向は指さした。

「そっちは海だけど、狸も海水浴するのかな」

 川や池で水浴びぐらいするだろうけれど、海に入るかな。

 そんな事を考えているとタクマは荷物を持ってさっさと行ってしまった。

「ま、まってよぉ」

 今日のタクマはなんか変だ、いつもの元気さがない。

 そんなタクマについて行く、しだいに潮のにおいがしてきた辺りにそいつはいた。

 全身海の様に透き通るような青い毛並みに空色の瞳の狸がこっちを凝視していた。

「本当にいた……」

 まるで付いて来いと言わんばかりの態度でこっちを見ている。

「どうする、捕まえるの?」

「いや、噂ではあいつの付いて行くと幸せになれるはずだ、付いて行ってみよう」

 タクマは狸の後をついて行く、僕もタクマの後を付いて行く。

 狸は俺たちを誘導して草むらに入っていき、だんだんと近くの林に入っていく、さらに進み通るのもやっとな獣道に入っていく、そして林の奥の奥にある変な洞窟にたどりつく。

「こんなところに洞窟が有るなんて知らなかったよ」

 タクマも首を振り周りを見渡す、辺りは木々が生い茂り、林というよりもう森にまで来ている。

 狸はこっちをじっと見つめる、まるで「早く来い」と言っているかのように。

 僕もタクマもまた狸について行き、洞窟に入る。

 洞窟は僕たちがやっと通れるくらいの大きさで前にいるタクマに必死について行く。

 やがて明かりが見えてきて洞窟を抜けるとそこは紺碧の世界だった。

 雲一つない太陽がサンサンと輝く蒼天に静かにかつ力強く波打つ過激で上品に透き通る海に僕とタクマは目を奪われた。

 何分、何時間その光景に見とれていたかは分からない、気付いたら青い狸もいなくなっていた。

「すごい眺めだな」

「うんそうだね」

 波の音が響き僕たちはなにも話さずにいる。

 だからなのか、この雰囲気に押されたのか分からないが、自然と口が動いていた。

「あのさ、タクマ」

「なんだ」

「ぼく……来週引っ越すんだ……」

 波の音と共に響き渡る、タクマは何も言わない、また沈黙が流れる。

「僕はここを、この町から離れたくない」

「そうか、だから最近様子が変だったんだな」

 真剣な顔になったタクマがこっちを見る。

「離れ離れになるけど、これが最後の別れじゃない、いつか必ず再会しよう」

 そういい微笑んだタクマからなにか手渡された。

「これ……」

 それは昨日神社で拾った例の水晶玉だった。

「これが俺たちの誓いの証だ」

「誓いの証……」

 水晶玉を強く握りしめてタクマを見る。

「そう再会の誓いだ、また会おういつか必ずな」

 その日どうやって帰ったかは覚えていないが気が付いたらいつもの帰り道に立っていた。引っ越しまで残り一週間と一日。

 

 それからの一週間は早かった、他の友人に引っ越しの事を伝えたり、荷物を纏めたりして時間はあっという間に過ぎていった。引っ越し当日。

「タクマ君、見送りに来なかったね」

 母さんがそういい肩に手をのせる。

「挨拶はしたし、約束もしたから」

 それだけ告げて車に乗り込む、母さんも「それならいいけど」と言い助手席に乗り込み動き出す。

 今日十一年間暮らした海と山のある町から旅立つ、だがもう寂しくはないし、これから行く東京への不安もなくなった、今あるのはいつか来る誓いの日に思いをはせて証を覗きながら、今までの思い出を水晶の中に映し出す。


 その日僕の夏は十一年間の思い出と共に終わりを迎えた。


これからは俺の夏が始まる。

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