雨の日、あなたを甘やかしたい(百合。女子大生)
とある大学。華道部の部室。
部室と言っても、半物置と化した部屋で、花器の入った箱や本などが所狭しと並べられている。
実花は今、その部屋の真ん中を陣取る長机に突っ伏していた。長い髪が、机の上に流れている。
窓の外は、雨。ざあざあ降りを通り越して、もはや銃弾のごとき強さを誇るゲリラ豪雨である。
「うぅ~……」
「大丈夫……?」
叶子が、心配そうに実花を見やる。こちらは、長机に腰かけていた。すっきりした短髪は、一部刈り上げていることもあって涼やかな印象がある。
「うん、だいじょうぶ、だいじょうぶ……薬飲んだから、しばらくしたらマシになる……なると……思いたいな……」
「大変だね……」
「頭痛持ちに梅雨は大敵だよ……ずっと体調不良だよ……」
「今日、会議無くて良かったね」
「本当それ。部長の話、長いからねぇ……」
「彼はねぇ……本当もうねぇ……演説だからねぇ」
「あああ、それにしても額を取り去りたい……この圧迫感から解放されたい……」
「そこまでなんだね。それは辛い」
実花は、ちらっと視線を上げて。
「ごめんね。愚痴に付き合わせちゃって」
ぽつん、と呟くようにそう言った。
今日は会議が終わったあと、新しく出来た和菓子屋に行こうと約束していたのに。自分がこのザマで、流れてしまった。
しょぼくれる実花とは対照的に、叶子は明るく笑って首を振る。
「いいよ、これくらい。なんてことないよ。むしろ、嬉しいくらい」
「嬉しい?」
「だって実花は、いつも弱音を吐かなかったから」
さら、と実花の頭を撫でる。
二人の付き合いは、高校一年からだから、もうかれこれ五年になる。同じ大学に受かったときは、ちょっと運命を感じたものだ。
「頼りにされてるみたいで、嬉しい」
実花が、顔を上げた。
二人の視線がぱちりと合う。
ふ、と叶子の目元が和らいだ。
甘く、優しい笑みは、今まで見たものの中でいちばん綺麗だと、思った。
「私、ちょっと下の購買でパン買って来るけど、実花は何か欲しいものある?」
「……飲むゼリー。みかんか、ぶどうのやつ」
「わかった。みかんか、ぶどうのやつね」
買って来るまで、これ飲んでていいよ。
コトン、と叶子が置いたのは、スポーツドリンクだった。
「じゃ、行って来る」
さっと部屋を出て行った後ろ姿は、颯爽としていて恰好良かった。
「……スパダリかよ」
スポドリのメーカーは、叶子が気に入りで飲んでいるものだ。
自分のために買ったものだろうに。
さっき、お腹いっぱいって言ってたのに。
「もー……」
顔が、朱い。
頭は重いままだし、身体も怠いけれど。
不思議と心の方は温かく、ふわふわと飛んでいきそうだった。
END.