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とあるおっぱいフェチが脚フェチに変わるまでの平凡な物語

「もうおっぱいは懲り懲りだ」

「藪から棒にどうした」

「俺は脚フェチに移行しようと考えている」

「馬鹿なことを言う、僕は君ほど乳房に拘る男を知らないぞ」

「だがな、それ故に俺は多くの被害を受けてきたと思わないか? 流石にもう身体中の骨を折る羽目になるのはごめん被りたい」


 友人の神妙な面持ちに男は同調を示す。六畳一間の小さな和室で、男たちは過去の思い出を語り始めた。


「君は高校生の頃から『デブの二の腕はおっぱいの感触だと聞いた』と言い出して、太った友人に頼んで顔を挟んでもらうほどおっぱいが好きだったではないか」

「ああ、だが苦い思い出だ。デブの脇の臭さを甘くみていた。あの酸い臭さは辛いものだった」

「工学部紅一点に土下座をしてまで頼み込んで、胸のヤング率を調べて教えてもらっていたではないか」

「ヤング率を元におっぱいの柔らかさを再現したゼリーは作れた。だが、俺が求めるサイズを型から取り出すと自重によって儚くも崩れ去った」

「『時速六十キロメートルで受け止める風はDカップ』という噂を聞いて二輪の免許を取得していたではないか」

「だが全身でその柔らかさを感じるために、全裸でバイクから飛び降りたのはやり過ぎた」

「後悔はしていないのだろう?」

「私を包み込むその風は全てがおっぱいだった。そのサイズは正に無限大カップ。∞の記号は女性の乳房を表しているのだと私は睨むよ」


 友人は肩を回してみせる。飛び降りた際に折った骨の治療がやっと終わり、万全であることを男に示す。


「俺はおっぱいに対して盲信的過ぎた。自らが持たない乳房を求め、若さ故に突っ走り過ぎていたのだ。だから胸は卒業して、脚に興味を移そうと考える」

「ふうむ」


 男はなるほど、とは素直に言えず煮え切らない態度を見せていた。そもそも女性の乳房を男が求めるのは本能なのだから、その欲望を捨てるということなど出来ないのではないか、と友人を訝しんで睨む。


「故に、こういう物を準備してみた」


 友人が取り出したるはパッケージされた黒のニーソックス。そして──


「女子の制服ではないか! 君、まさかとうとう……」

「人聞きの悪いことを言うな。我が愚妹の夏服を拝借してきただけだ」


 それも殆ど犯罪ではないか、と男は言いかけたが、友人はそれを制するように話し続ける。


「絶対領域、とやらを再現してみたくてな」

「ニーソックスとボトムスの間に生じる太もものこと、だったか?」

「その通りだ。そして絶対領域には豊かな乳房も必要ない。我々だけでも十分に作り出すことは可能だろう」

「おいまさか」

「幸いなことに、貴様は身長も低く華奢な男だ。是非お願いしたい」


 男は一瞬だけ面食らった様子を見せはしたが、年頃の女子が身に纏った薄布を着る機会などそうはないことに気付き、了承した。


 男はまずスカートに手をつけた。足を通したとき、疑問が湧いた。


「これは……スカートが長くないか? これでは絶対領域が隠れてしまう」


 男はどうしたものかとスカートを上から折り畳んで短くしようと試みる。


「ええい馬鹿者。そんな適当に折り込んでしまえばプリーツが台無しになってしまうではないか。貴様のズボンのベルトを使うのだ」


 友人はスカートを高い位置に持ち上げて、ベルトで固定した。


「君、女子の制服事情に詳しすぎないか?」


 友人は答えず、ニーソックスを開封して男に手渡した。


「これは新品なのだな。妹君のニーソックスは持ってこれなかったのか?」

「貴様、変態か? 制服はともかく靴下を持ち出せばそれは犯罪だろう」

「君の倫理観がわからないよ」


 ──


「おお、これは……」


 友人は、男の姿を見て思わず息を呑んだ。

 ニーソックスは濃い黒色。華奢とはいえ男である。女性用のニーソックスを履けばその太ももの圧迫は強く、溢れた足の肉はソックスの上に乗る。

 女子高生の夏服はグレーのチェック。薄手の生地にもプリーツはピンと角が立ち、清潔感を思わせる。丈は膝上に二十センチである。

 ベルトを男の白いシャツで隠せば、もはや清楚な女子高生が男やもめの部屋に現れるのであった。


「仕上げに、貴様の全身に制汗スプレーをかければ完璧だ」


 これもまた友人が準備したものであった。柑橘系の香りである。オレンジより甘くなく、グレープフルーツよりキレがない。部屋には爽やかな柚子の香りが広がる。


「しかし、いくら華奢とはいっても僕は大和をのこだ。女装をしてもなお女々しくなどなれはしないぞ」


 自らを客観視できない男はそう嘯くが、友人はもう限界であった。


「素晴らしい……素晴らしいぞ! 俺は人の脚に興奮できる! 貴様は、貴様の足は興奮するに十分値する!」


 息荒く男に迫る。


「もう辛抱が堪らない。貴様の領域に顔を埋めるが構わないな?」


 男にとってそれは構わないことでなかった。間近にかかる友人の吐息、顎に残る剃り残し、かちゃかちゃとズボンを脱ごうとする仕草、全てが構うことであった。


「まて、落ち着け」


 それでも友人は落ち着かない。その引き締まった足は男を追い詰めるだろう。その太い腕は男を押さえつけるだろう。そしてそのいきり立った股間は……

 もはや友人を前にした男は、女であった。


「いやあああああああああ!」


 高く細い金切声は友人の鼓膜を揺らし、今まさに男へと覆い被さらんとした身体をも揺らした。その隙を突いた男は着の身着のままに部屋から逃げ出していった。

 着の身着のままに逃げた男は、深夜の公園で警官から補導を受ける羽目となる。


『もう脚フェチは懲り懲りだ』とは、今日の経験を省みた男の発言である。


 画して、男たちの性的興奮は今日も今日とて満たし切ることが無く終わりを告げるのであった。

ヤング率とは弾性率を表し、物質毎に存在する定数である

σ=Eεで表される応力σひずみε線図の傾きを示す

ヤング率が大きいほど大きな力を加えなければ変形が起こらないということ

即ち、柔らかいおっぱいのヤング率とは一般の材料に比べて大変に小さな数字となることが予想される

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