第百二十四話 立ちはだかる巨大な壁 その二
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長文となっておりますので予めご了承下さい。
まるで夏の嵐を彷彿とさせる風の音は相も変わらず俺達の鼓膜を継続しており、辟易したお耳ちゃんが一刻も早く此処から離れろと体と頭に警告を促し続ける。
俺もその警告に素直に従って退却したいのですけれども己に課された責務を果たすまでは此処を立ち去る訳にはいかぬ。
今は只前に向かって愚直に進むべきなのだが……。
「う、うぅむ……。これを登って行くのか……」
聳え立つ壁が心に湧く熱意とやる気を大いに削いでいた。
ほぼ垂直に立つ山肌は四六時中吹き荒れる風によって至る所が尖り、壁の前には風食によって形成された剣山が俺達の道を阻む。
数ある山を踏破して来た登山家達もこの山を捉えたらきっと俺と同じ様にポカンと口を開けて砂のカーテンに遮られてその影すらも見えない頂上部を見上げる事だろうさ。
「剣山らしき箇所を乗り越えてそれから山肌に沿って登りましょう!!」
「あのね?? お前さんは飛べるからいいけれども俺達はハンナを除いて飛べる事が出来ないんだぞ」
ハンナの右肩に留まり難しい行動をさも簡単そうに叫んだ小鳥にそう言ってやる。
「大体、その入り口とやらはどの程度の高さにあるんだよ」
風食によって掴まり易そうな箇所は山肌の至る所に沢山あるが、それでも落下の危険性は大いにある。
登頂の距離と比例する様に危険性が増して行くのでそれ相応の標高になるのなら相棒に無理を言って飛ぶのもやむなしって感じかしらね。
「そうねぇ……。平屋十五階から二十階の高さ程度と言えばそのすっからかんの頭でも理解出来る??」
「と、言う事は約四十五メートルから六十メートルの間って所か」
一々突っ込むと貴重な体力を消耗してしまうので後半部分には噛みつかずに言ってやる。
「そういう事。さぁ!! 行きましょう!! 時間は有限なのよ!!!!」
チュルが勢い良く羽ばたくと俺達の先導役を担う為に山肌へ飛び立って行ってしまった。
「皆の者、今聞いた通り我々はこれから危険な登頂を開始する。落下の危険性を考慮して横一列の横隊で登頂を開始する。何か質問はあるか??」
本日も大変険しい瞳のグルーガーさんが此方に振り返ってそう問う。
「異論な――し。ってか俺達は鼠の姿になって誰かの肩に乗っていればいいんじゃね??」
「そうなると誰がフウタの荷物を担ぐんだい??」
さり気なく俺の側に近寄り横着を働こうとする彼を御してやる。
「ちっ、あわよくばとは思ったけどそうは問屋が卸さないか」
そう言う事。
それにお前さん達は体と心を鍛える為に俺達に帯同したのでしょう?? それを鍛えるのに絶好の機会じゃないですかっ。
「シテナ、お前の荷物は俺が背負ってやる」
「うん!! お父さん有難う!!」
「これ以上の登頂は無理だと思ったら下山しろ。無理強いはせん」
「大丈夫だって!! 登り易そうな感じだし!!」
「シテナお嬢様、登り易そうに見えても風食によって崩れやすい箇所が見受けられます。登頂時には細心の注意を払う様に。いいですね??」
少女の軽快な声を咎める様にリモンさんが厳しい口調を放つ。
「私は子供じゃないんだからそれ位分かっているよ!! よし!! 皆の者!! 私に続けぇぇええ――――!!」
誰よりも先に強力な風が吹き下ろしている山肌へ向かって駆け出して行くと、思わず唸ってしまう身の熟しで背の高い剣山を乗り越えて行った。
その技量は中々のもので??
「ほぅ、身の熟しだけは大したものだな」
「某もそう感じていた所だ」
ハンナとシュレンの口から感嘆の声を勝ち取った。
「俺達も行こうぜ。子供に負けちゃ示しがつかねぇし」
「了承した。万が一誰かが落下した場合、俺が魔物の姿に変わって拾ってやるがそれはあくまでも最終手段と捉えてくれ。これだけの強風の中だ、上手く拾える自信は無い」
強面の彼が上手く拾えないと申す程の風ねぇ……。
体がデカイ分、風の扱いに苦労するのだろうさ。
「おう、分かった。頼りにしているぜ」
珍しく俺達の身を案じてくれた彼に礼を言うと通せんぼをしている剣山に向かって歩み始めた。
天然自然の力ってのは全く以て強力だよなぁ……。目に見えない風の力で頑丈な岩を削り、こぉんな鋭い剣山を形成してしまうのだから。
「よっと……。うっへぇ、剣山の表面はザラザラしているな」
剣山の間に体を捻じ込み拙い合間を通り抜けつつ表面を確認すると、風によって運ばれて来た砂。若しくは猛風によって削られた残り滓の砂粒が付着しているのが確認出来た。
「恐らく山肌も此処と同じく表面に砂粒が付着しているだろう。滑って落下しない様に一歩ずつ確実に岩肌を掴んで登るぞ」
直ぐ隣の剣山の間を器用に進み続ける相棒がそう話す。
「へいへい、忠告通りにぃ……。う、うぉぉ……。真下から見上げるとやっぱり迫力が違うな」
剣山の一帯を通り抜け、山肌の眼下に到着して終わりの見えない頂上を見上げて素直な感想を漏らす。
これを今から登って行って……。万が一落下したらこの剣山に突き刺さってしまうんだよな??
己の体を穿つ岩の剣山を想像すると背に冷たい汗が流れ落ちて行った。
「んだよ!! ダン!! ビビっているのか!?」
既に山肌を掴んで数メートル登頂しているフウタが俺を見下ろす。
「ビビッてはいないさ。只、まだまだ先は長いなぁって思っていた所だよ!!」
山肌に沿って吹き下ろして来る風の勢いに負けない様に叫ぶと登頂の第一歩を踏み出した。
おぉ!! 何だ、意外と登り易いじゃん!!
右足を乗せ易そうな山肌の出っ張りに乗せ、右手で掴み易い箇所をしっかりと握って力を籠めるとすんなり登る事が出来てしまった。
「はっ、楽勝過ぎて欠伸が出ちまうぜ!! よう!! シューちゃん!! 俺様と勝負しねぇか!?」
「話し掛けるな。某は某の進度で登る」
「つまんねぇ奴!! ダンはどうだ!? 一口乗るか!?」
「けっこ――。落下したくねぇからシュレンと一緒で慎重に登っていくさ」
右手上方から軽快な声が落ちて来たのでそれに端的に答えてやった。
これは競技では無く確実性が重視される救出任務って事をアイツは忘れていないか??
それに競う事で焦りが生まれ落下する危険性が増してしまうのだから馬鹿げた賭けに乗る必要も無い。
「どいつもこいつもビビりやがって。そんなに俺様に負けるのが悔しい……、うぉっ!?」
フウタの驚きの声を受けて右上方を見上げると彼の右手が掴んでいた岩が崩れ、下方へ落下して行く様を捉えた。
「言わんこっちゃない。もしもテメェの下に誰かが登って居たら今の落石を受けていたんだぞ」
「うっせぇ!! そんな事位分かってんだよ!!」
何で忠告したのに怒られなきゃいけないんだ……。同郷であるシュレンが辟易する理由がそれとなく理解出来てしまった瞬間であった。
「「「……」」」
それから俺達は口を開く事も無く無心で登頂を続け。
「古代遺跡の入り口までもう少しの辛抱よ!! 頑張りなさい!!」
ハンナの右肩から放たれるチュルの言葉を励みにして一歩一歩確実に目的地へと進み続けていたが、どうやら山の険しさはまだまだ続く様だ。
山の麓ではそこまで苦にならなかった吹き下ろす風が登頂するに連れて威力を増して行き、今となっては体を下方に押し返す力にまで成長してしまっている。
「ふぅっ……。シテナ、大丈夫か??」
俺達よりも先に登頂していた彼女の隣に追いつき、この強力な風によって進行を阻まれて苦い顔を浮かべている彼女に声を掛けてやる。
「風が強過ぎるからねぇ……。今はちょっと休憩中だよ」
頑張って笑みを浮かべているがその顔は大量の汗に塗れ、両手は鋭い岩肌によって傷付き指先には微かな出血が確認出来た。
ふぅむ……。こりゃちょっと旗色が悪そうだな。
「そっか。それなら俺も少し休憩しようかな」
「皆はもう随分と上に居るし、別に待つ必要は無いんだよ??」
「これは競技じゃないんだし、安全にそして確実に登れればいんだ」
「へへっ、そっか。ダンが隣にいるなら力強いよ」
シテナが微かに笑みを浮かべると再び力強い姿勢で登頂を開始する。
うむっ!! 萎れかけた気力に火が灯りましたね!!
良い傾向じゃないか!!
「体に負担を掛けないで登って行こう。それに……、ほら。見えるかい??」
自重を確実に支えてくれる岩の突起に身を預けて上方へ右手を差してやる。
「え?? あぁ!! お父さん達もう登り終えたんだ!!」
「お――い!! こっちだぞ――!!」
「シテナ!! そのままゆっくり登って来い!!」
俺と彼女を除く五名は既にこの危険極まりない岩肌を登り終えて此方に向かって声援を送っていた。
恐らくあそこには両足を突き立てられる広い空間があるのだろう。そしてその先に俺達が向かうべき遺跡の入り口がある筈……。
「残り約十メートル。最後まで気を抜かずに登って行こうや」
「うん!! 頑張る!!」
その調子だ。
そんな感じの温かな笑みを浮かべてシテナと共に登頂を再開させた刹那。
「よぉぉおおし!! これを登り終えて里の皆に自慢して……。へっ!?」
彼女の右手が掴んだ岩肌が崩れ落ち、そして上方から吹き下ろして来る風に煽られた体が岩肌から離れて行く姿を捉えてしまった。
不味い!!!! 落下する!!!!
「ッ!!!!」
頭が判断するよりも早く、素早く右手を伸ばして彼女の襟を指が千切れても構わない勢いで握り締めてやった。
「わぁっ!!!! ふ、ふぅ――!! ダン有難うねっ!! た、助かったよ!!」
「で、出来れば早く山肌を掴んでくれるかい??」
左手で掴む岩肌ちゃんは大変機嫌が悪そうな顔を浮かべて俺の皮膚を貫き、肉を美味しそうに食みながら苦言を吐いていますのでね……。
「あっ!! ごめんっ!!」
はぁぁ……。何んとか落下は防げたみたいだな。
「ビックリしたぁ。こんな簡単に崩れるとは思わなかったよ」
「それだけ自然の力が強力なのさ。そしてぇ……!!!!」
本日も砂のカーテンによって遮られている太陽の光よりも軽快な笑みを浮かべ。
「到着ぅぅうう!!」
先行していた五名が待つほぼ平らな地面に両足を突き立てて叫んでやった。
一時はどうなるかと思ったけど全員無事に登頂出来て何よりですよっと。
「ぜぇっ……、ぜぇっ……。着いたぁ……」
俺より微かに遅れてシテナが到着。
「無事でしたか!? 怪我はしていませんか!?」
恐らく落下する様を捉えていたのだろう。リモンさんが珍しく狼狽えた姿勢で彼女の身を案じた。
「ダンが助けてくれたからね!! 本当に助かった……。え?? その傷って」
「あぁ、これ?? 掠り傷みたいなもんだから大丈夫だよ」
えぇっと、傷口を塞ぐ当て布はどこかなぁ――。
背負っていた背嚢を地面に置き、件の品を探す為に背嚢の口を開く。
「ダン、某が治癒魔法を使うか??」
「この程度の傷はどこぞの白頭鷲ちゃんの所為で日常茶飯事だからね」
「ふんっ、その程度の傷は傷と呼ばぬ」
いやいや、結構深い位置まで突き刺さったからね?? ここはお世辞でもいいから俺の身を案じる場面だってのに。
「シテナ、お前の失敗がダンの体を傷付けたのだ。此処から先は隊一人の失敗が全滅に繋がる恐れがある。油断、怠慢、驕り……。心の隙が捨て置けぬなら即刻立ち去るがいい」
「分かっているよ、お父さん……」
実の娘に厳しい言葉を掛けると。
「ほら!! 登り終えたのなら次の行動に移る!! 入り口までは私が案内するから着いて来なさいよ!!」
山の奥へ続く薄暗い道の先に羽ばたいて行ったチュルを追う様に進んで行ってしまった。
「……っ」
あらあら、久し振りに叱られた所為か。随分と落ち込んでいますね。
彼女はまだ齢十二の子だから仕方が無いと声を掛けてやりたいが……、残念な事にグルーガーさんが仰った言葉は事実という名の的のド真ん中を正確に射貫いている。
「ダン、先に行くぞ――」
「おう、分かった」
他の面々もその事を十二分に理解しているのか、項垂れて悔しそうに唇を食む彼女に何も声を掛ける事無く暗き闇が待ち構える道の先へ進んで行ってしまった。
さてと……。フウタだけが声を掛けて来たって事は、後始末は任せたぞという意味でしょうね。
その大役を務められるかどうか分からないけど俺なりの考えを与えてみましょうか。
「着いてこれそうかい??」
背嚢を背負い直して彼女の視界に入らない様に声を掛けてやる。
「うん、まだ行ける」
「そっか……。グルーガーさんはシテナの成長を願って厳しい声を掛けたんだと思うぞ」
「子供じゃないんだからそれ位分かっているもん」
うふふ、大人に反抗する思春期特有の子供ってどうしてこうも同じ反応を見せるのでしょうねぇ。
全く以て永遠の謎ですわ!!
「いいかい?? 危険と隣り合わせの冒険が楽しいかも知れないけど、俺達は遊びで此処に来た訳じゃないんだ。此処に来る前に何度も死が襲い掛かって来ただろう??」
砂嵐の中の竜巻、登頂中の落下。
たった二日程度の行程なのにもう既に二度の死が訪れようとしていた。
その危険性を理解していない訳ではないだろうが、それでも言わずにいられなかった。
「二度の死から免れたのは偶然か将又幸運の女神様の思し召しか知らないけどさ。運良く避けられる事が出来たけどこれから先はもっと危なくなる蓋然性がある。その危険度によってはシテナを守ってやれなくなるかも知れない。グルーガーさんはシテナの身を案じると共に、それでも着いて来る覚悟はあるのかと尋ねて来たんだよ」
「危ない事は分かっているよ。でもね?? 私は……、強くなる為に此処に来たんだ。いつかお父さんみたいに立派な里の代表になれる為にさ」
うっし!! 良く言えましたねっ!!
「それを理解しているのなら大丈夫!!!!」
「きゃあっ!?」
今も項垂れているシテナの小振りな臀部をピシャリと叩いて道の先へと進んで行った。
「も、もう!! 女の子のお尻を叩いたら駄目なんだぞ!!」
「いつもの太陽の申し子みたいな元気が陰りを見せていたからさ。景気付けって奴だよ」
俺の隣に並んで憤る少女にそう話す。
「そりゃ誰だって叱られたら凹むでしょ。っていうかさ、本当に着いて行っていいの??」
「さっき言っただろ?? 強くなりたいって。あそこでウジウジした言い方をしたり、後ろめいた発言をしたら体中を縛って山の麓まで送り届けたよ」
生半可な気持ちで着いて来られても迷惑でしかない。恐らくグルーガーさんはその事も懸念していたのだろうさ。
「えぇ……。酷い事するなぁ……」
「中途半端な決意と行動は隊全体を死に至らしめる。それと何より確固たる強き想いが人を成長させるんだ。俺もさ、生まれ故郷を出る前はウジウジしながら下らない日々を送っていたんだぞ??」
「へぇ――、そうなんだ」
「このクソッタレな日常を何んとかしたい。でも、前へ。新しい世界へ飛び込むのは億劫になる。しかし、そこで燻ぶっている様じゃあ新しい道は開けないと考えて生まれ故郷を出たんだよ」
懐かしき我が故郷の姿を頭の中で思い浮かべつつ話す。
「シテナは強くなりたい一心で今回の作戦に参加した。その心意気を認めてクルーガーさんは帯同を許可した。後はシテナがその確固たる決意を口に出して、行動で示せばお父さんも認めてくれる筈さ」
「そうだといいんだけどねぇ。んっ?? おぉ!! 何か見えてきたよ!!!!」
彼女の高揚した声を受けて前方に視線を移すとそこには大自然の中に突如として人の手が加えられた文化がドンと腰を下ろしていた。
古代遺跡内部へと続く入り口の高さは三階建ての家屋の天井付近にまで達し、その手前の両脇には石像とそれを乗せている土台があるのだが……。
この山の風は人の想像以上に強力なのか、既に石像は原型を留めておらず只の石の塊へと変貌を遂げ、それを乗せている土台も擦り減り原作者さんが思わず嘆いてしまう程の崩れ具合を露呈していた。
あそこが古代遺跡の入り口、ね。随分と辺鄙な所に作ったものさ。
「ダン!! おせぇぞ!!」
俺達の姿を捉えたフウタが威勢よく叫ぶ。
「わりぃ!! 遅れた!! さてと、シテナ?? グルーガーさんに何か言う事があるよね??」
まだ心の奥に弱気の火が燻ぶる彼女の背をそっと押して彼の下へと送ってあげる。
「えっと……。私はね?? 正直今回の冒険は本当に楽しく思っていたんだけど。父さんに叱られて改めて思ったんだ」
俯きがちであった面を上げると武骨で超ゴッリゴリの戦士の表情を浮かべている彼を決意の明かりを灯した瞳で見つめた。
「私はいつかお父さんの跡を継ぐかも知れない。その時、里の皆が私の事を認めて首を縦に振ってくれる様に強くなりたい。だからお願い、私を連れて行ってくれないかな」
「――――。その言葉に嘘偽りは無いか??」
こっわ!! 実の娘に掛ける口調じゃないですよ!?
まるで喧嘩腰で向かって来る相手に凄む様な口調に彼女は一瞬だけたじろぐが。
「うん、嘘じゃない。皆に迷惑を掛けない様に最善を尽くす」
シテナはそれを跳ね除けて彼の言葉を、想いを真正面から受け止める堂々足る姿勢を保った。
「最善を尽くす、か。それは負け犬の言葉だ。真の勝者は熱き想いを胸に秘め、勝利を手に取り家に帰る。それを努々忘れぬ事だな」
戦士の表情から父性溢れる表情に変化した彼が愛娘の頭へそっと頭を乗せる。
「わっ……」
「よし、これから突入するにあたって陣形を決めるぞ」
そして一つ優しく撫でると再び戦士の顔に戻り、俺達に召集を掛けた。
『ほらね?? 許してくれただろ??』
まだ頬がほんのりと朱に染まっている彼女に耳打ちをする。
『う、うん。有難うね?? 色々と助言してくれて』
「成長を願う子供に手を差し伸べるのが大人の役割なのさ」
「ふふっ、そう言っている割にはダンって偶に子供っぽい所があるよ??」
「ば――か。男ってのはクソ真面目に生きるばかりじゃなくて偶には遊び心を持って行動しなきゃいけないの」
「おい、早くしろ」
俺達の会話を捉えたハンナが大変苦い顔で召集を促す。
「あれが悪い大人の例だ。何事にもずぅぅっと顰め面で臨んでさ。いつか疲労で胃と心を痛めてコロっと逝っちまうのがあぁいう顔を浮かべているんだぞ」
「ハンナ、そうなの??」
しゃがんでいるハンナの隣に座る彼女が首を傾げて問う。
「下らん。グルーガー殿、隊列を決めるぞ」
あらまぁ、子供の他愛のない絡みを即刻拒絶しちゃって。
クルリちゃんも苦労するぜ。
将来子供が出来たとしても彼は己の子よりも自分の強さを求めて家事を蔑ろにするのが目に見えているからなぁ……。
「隊列は先頭、左翼から俺とハンナ。二列目はシュレン、シテナ、フウタ。そして殿はリモンとダン。これでどうだ??」
悪くは無いけど……。
「明かりを灯す役であるシュレンは先頭の方が良いんじゃないかな?? どうせ中は真っ暗で何も見えないんだし、前方が明るければ後列も迷う事は無い。それでも大丈夫かい??」
全身をすっぽりと黒装束で覆い、地面に描かれている陣形をジィっと見下ろしている彼に問う。
「某は問題無い」
「そうか、ではハンナとシュレンの位置を変えよう。この陣形を維持して古代遺跡に突入する。敵襲の際は適宜対応し、要救助者であるティスロへの先導は……」
グルーガーさんがそう話すとハンナの右肩で引き締まった面持ちを浮かべている小鳥へ視線を送る。
「私に任せなさい!! 愛しのハンナの肩から指示を出すわ!!」
「よし、決まったな。各員装備を整え次第古代遺跡に突入するぞ」
「おおう!! へへっ、漸く面白くなって来やがったぜ!!!!」
フウタが勢い良く立ち上がると喜々とした瞳で古代遺跡の入り口へ視線を送った。
「お前さんは面白いかも知れないけどよ、俺は少し億劫になっちまうぜ」
背嚢の口を開き、荷物が整っているかの確認作業を続けながら話す。
「どうしたよ?? まさか恐怖で漏らしたのか??」
「賢い者は自ら進んで危険に立ち寄らないの。なぁんでこんな危険な場所に遺跡を建てたのか、その理由を考えてみろよ」
ルクトちゃんから頂いた薬草に保存の利く食料、それと着替え数枚に怪我をした時用の当て布。残りは生活雑貨か。
「理由?? んぅ――……。高くて目立つから!!」
どうやったらその考えに行き着くのか甚だ不思議でならない。
機会があればコイツの頭をカチ割って中身を覗いてみたいぜ。
「ば――か。危険過ぎる場所に建てたのは誰にも近寄って欲しくないからだよ」
「はぁっ?? じゃあ何で態々建てる必要があるんだよ」
ふぅむ……。そう来ましたか……。
「そうだな……。例えば信仰深い者が神を奉る為に祠とか作るだろ?? それと同じ理由でここにもそれと同等の神性なモノが祀られているんじゃねぇの」
これなら納得がいきますね!!
「ちょっと待てよ。じゃあこの先にはぁ、誰にも近寄って欲しくない神性格を持った何者かが祀られているって事??」
「多分な。しかもこれだけ危険な場所に建てられているからべらぼうにヤベェ奴が祀られている筈さ」
よっし!! 準備完了!!
これで心置きなく危険が跋扈する古代遺跡内に突入出来るぜ!!
「そ、そう言えば昔婆ちゃんが言っていたな。風の神様に悪戯すると祟りがあるぞ!! って。そんなものある訳がねぇっと高を括っていたが……。よもやこうして対峙するとはねぇ」
「はぁん?? 怖い者知らずのフウタ様がまさか臆病風に吹かれているんですかぁ――??」
装備を整え、既に遺跡入り口付近で待機している相棒の下へと歩んで行く。
「誰が腰抜け野郎だ!! 神性格持った野郎だか、べらぼうにヤバイ奴だろうが!! 俺様の前に立ち塞がるのなら皆すべからくぶっ飛ばすのみっ!!」
「その言葉を忘れるんじゃねぇぞ。何かあったら俺はお前の後ろに隠れてソイツにお前を差し出してやる」
腹を空かせた神性格を持つ生命体が襲い掛かって来たらこう述べよう。
『ささ、お腹が空いていますでしょう?? 少々小さい体ですがこの肉は噛み応えも良くきっとご満足して頂けるかと!!』
お馬鹿鼠が人身御供となる代わりに俺達は助かるのだ。安い買い物でしょう??
「はぁ!? そん時は一蓮托生だろう!?」
「嫌なこった!! 俺はまだまだきゃわい子ちゃん達と遊びたいもん!!!!」
神聖な遺跡の出入口付近でギャアギャアと騒いでいると。
「ねぇ、皆揃っているんだから早く来てよ――」
シテナが溜息混じりに召集命令を下した。
「はぁ――。なぁんか急に大人がダサく見えて来たなぁ」
「シテナちゃん。あれは悪い大人の例だから見ない方が賢明よ??」
「だよねぇ――」
「「誰が悪い大人だ!! 遊びは男の華だろう!!!!」」
しみじみと頷く小鳥一羽と少女に対してフウタと共に一字一句違わず叫んでやった。
「騒ぐな、馬鹿者共が」
「某が先行だったな。では、突入するぞ」
俺達の到着を待たずに強面の四名の男性が隊列を形成して暗闇が蔓延る遺跡入り口へと向かって行くので。
「シューちゃん待って!! 私を置いて行かないで!!」
「相棒!! そりゃないってぇ!!」
懸命に追いつこうとして走り、そして互いの相棒の背にヒシと抱き着いてやった。
「「鬱陶しい!!!!」」
うふっ、こういう時も同じ反応を見せてくれる辺り。ちみ達も結局は同じ穴の狢なのよ??
お母さんが口を酸っぱくして言っても聞かないんだからっ。
俺の両腕の拘束を立派な腕力で解こうとする彼に抗いつつ、素敵な危険と死の香りが漂う古代遺跡へ記念すべき第一歩を刻ませて頂いた。
お疲れ様でした。
長文となってしまい申し訳ありませんでした。
中途半端に区切ると流れが悪くなる恐れがあり、どうせなら遺跡突入前まで書いてしまおう!! と。病み上がりには少々辛いノルマを己に課して書き上げました。
先日罹患した風邪なのですが、漸く真面に生活出来るまでに回復する事が出来ました……。久々に酷い状態だったので正直辛かったですね。
皆様も乾燥した季節が続きますので体調管理には気を付けて下さいね。
そして、ブックマークをして頂き有難う御座います!!
読者様達の温かな応援のお陰で連載が続けられていると改めて感じ、執筆活動の嬉しい励みとなりました!!!!
それでは皆様、お休みなさいませ。